文化祭考案-5-
「っぷはははははっ、あは、ぁはははははは!!」
一から飛鳥の話を聞いた悠里の第一声がそれだった。もうおかしくてたまらないといった様子で、まさに腹を抱えて笑い、今にも座っているパイプ椅子から転げ落ちそうになっていた。
渚と陽は照の日常茶飯事の行動だと割り切っていたのだが、此恵はあわあわとして落ち着きがなくなってた。
「ごめんな、飛鳥ちゃん。俺が余計なことをしたから」
「そ、そんなことはないですよ。助かりましたし……あんなことになったのはボクのせいですし……」
申し訳なさそうに瑛太は謝ってくるが、飛鳥は気にしてないといって自分を責めていた。
あのあと、飛鳥の周りに女子たちが集まり、慰めてくれた。遠目から男子たちも、うんうんと頷き合って女子と同調していた。
先生にも一声かけられ、若い内の喧嘩はいいけどちゃんと謝って仲直りしてくれよ、と大人らしく飛鳥に語ってもらった。
「で、その後遊木宮くんは帰ったの?」
「多分。授業にも顔を出さなくて……」
渚がそう言ってくるということは、この部室にやってこなかったということになり、つまりそのまま早退したと考えた方が正しいだろう。
「ま、喧嘩したままじゃ戻りづらいしな」
やっと笑いが取れた悠里が目に溜まった涙を拭いながら会話に参加した。
「にーちゃんと喧嘩するってさー、よく考えるとすげーことだなー」
ふと呟くようにしてだが実の妹の陽には感心された。唐突にそんなことを言われて、えっと飛鳥は思わず聞き返してしまった。
「だってさー、ちゅーがくの頃からにーちゃんって全然友達つくろーともしねーしさー、話してるのってオレとこのっちとえーたっちだけだったしー」
「そう言えばそうだよな。でもそれって中学二年あたりからじゃなかったか?」
陽に言われて瑛太は納得するも、そう言えばと思い返してみる。
そのことには此恵も同意していた。
「確かにそうです。此恵のこと最初はちびスケなんて言ってなかったです、むしろ優しかったです」
「まーまだしんちょーあんまり変わってなかったしなー」
どこかズレた返答を陽はするも、飛鳥は小さな違和感を覚えた。
「優しかった……?」
「はい、優しかったです。それはもう悠里先輩みたいに広い心を持ってましたよ」
「おいおい、照れるじゃないか」
何故か褒められたと思った悠里が反応する。褒めてないから、と冷たく渚がツッコむ。
「じゃあ、どうして照くんは変わってしまったんですか?」
「「「…………」」」
昔の照を知ってる三人は揃って黙り込んでいた。その反応を見る限り、中学の時に何かあったと言っていることと同じだった。
それを察した飛鳥が追及しようとするが、
「それはテルテル以外に聞くことか?」
いつもよりずっと真剣な表情で悠里が止めた。正論をぶつけられて飛鳥は黙ってしまうが、決意を固めた顔付きになり、荷物を持って席を立った。
「小早川先輩、今日は早退します」
「おう。文化祭の出し物は私らが決めておくから安心しとけ」
今度は後輩を見守る先輩のように優しい表情で飛鳥を見送った。
飛鳥もまた、ある場所へと急ぐために廊下を走った。
先生に一度注意されたが。
飛鳥の住んでいるマンション。
学校からずっと休まず走ってきたため、エレベーターに乗った時にようやく休憩をすることができた。膝に手を乗せて息を整え、流れ出てくる汗をハンカチで拭く。
完全に回復する前に目的地である三階にたどり着き、また走る。
途中誰ともすれ違わなくてよかったと思いながらも着いたその場所は彼の家の前。
さすがに肩を上下に動かしながら息を乱してチャイムを押すことには抵抗があり、その場でまた休んだ。その拍子に思わず座ってしまった。
早く整えなきゃといった焦る思いが、飛鳥にちゃんと休憩を与えようとしなかった。
結局、その重くなった足が動くことになったのは、照本人が家から出てきた時だった。
「…………」
「て、照くん……!」
ロングホームルームの時に喧嘩したことを思い出して一瞬戸惑いを見せたが、ちゃんと話そうと決めた飛鳥は疲れているのに無理矢理立とうとするも、足がもつれて今度は倒れてしまった。
そんな彼女の姿に見てられなくなった照は、ため息をつきながらも彼女を一旦家に運ぶために背負った。
汗臭いとか重たいからと背負わせたくなくて理由を言おうとしたが、有無をいわさずの雰囲気のある行動だったため、黙って照の背中に乗せられた。
運ばれている途中、飛鳥は照に訊ねてきた。
「なんで、変わっちゃったんですか……?」
その一言を聞いて、照は大まかなことを理解した。部活で自分の過去の話が話題になったのだろうと。
「どうして、なんですか?」
聞きたがっている飛鳥を居間にあるソファーに降ろしてから、水を飲ませようと台所に向かう。
コップに水を注いでいる最中、照は独り言のように話し始めた。中学に起きたあの苦い思い出を。




