文化祭考案-4-
「多数決により、白雪姫に決まりました。賛成の人は拍手をしてください」
今回の対戦はあまり拮抗はしなく、意外とあっさりと決まってしまった。
クラスメイトのみんなもあまりこだわりを感じるようなギスギスとした雰囲気を出さず、正直に拍手をした。
「えーっと、まだあと少し時間があるので、主役とヒロインを決められれば決めたいですけど」
教室の壁に掛けられている時計を見てそう決断する。実際、役を全て決められるほどの時間もなく、何より男子の学級委員が白雪姫の登場人物をあまり覚えていなかったからだ。
さらにクラスメイトも、登場人物をちゃんと覚えているか曖昧な人が多かったので、それは助かった提案だった。
「誰かやってみたいという人はいますか?」
しかし登場人物を全員分覚えている覚えていないは別として、自分が主役、ヒロインをやるということに抵抗があった。自分に演劇の大役を任せられるということは失敗は許されず、みんなよりも大変な思いをしなければならないと考えているからだ。
その思考のせいでクラスは先ほどのような喧騒が嘘のようになくなり、みんな黙ってしまった。
そのことは予想通りといったように、学級委員も互いに顔を合わせてから実行した。
「それじゃあ、また別の機会に」「待ってください!!」
ロングホームルームを締めようとした時、一人の少女が席から立ち上がってその言葉を遮った。
思わずみんながその少女の方へ目を向ける。照もまた聞き覚えのある声のせいで振り返った。
「あ、あの、えと…………ぼ、ボク……ヒロインに立候補、します……」
顔を真っ赤にして俯きながらも、勇気を振り絞り、小声だけれどもはっきりと、ヒロイン役に立候補した飛鳥がそこにいた。
普段の彼女ならこんな行動をしない、とほとんどの人が思っていたからさらに驚愕がクラス全体を包む。
それでも、そんな彼女の勇姿にクラスメイトたちは一瞬呆気に取られながらも、自然と拍手をしていた。
男子は飛鳥ならピッタリの役だと思い、女子は飛鳥なら納得だと感じてた。
黒板に書かれてあるヒロインのところに自分の名前が記されていることに、自分の決断が認められたと感じた飛鳥は、ホッとして胸をおろしていた。そして冷静になってまた顔を赤らめ、すぐに席に座ってしまった。
「ヒロイン役が決まったので、あとは主役を決めたいけど、誰かいますか?」
この調子で決まらないかと願いつつも男子の学級委員は他の男子に呼びかける。
実際、男子たちはやる気に満ちていた。なんせあの飛鳥の隣に立てる機会ができたのだからだ。が、みんな互いに牽制しあい、睨み合っていた。
まさに誰かが手を上げようとした時に、瑛太が手を上げて提案をした。
「あのさー、飛鳥ちゃんに推薦してもらったらいいんじゃない?」
瑛太のその言葉に照を含めた男子一同の脳裏に稲妻が走った。飛鳥自身もまた驚きを隠せないでいた。
学級委員も、瑛太の提案に素直に乗っかった。
「いいですね、夏撫さん、男子の誰かを推薦してもらってもいいですか? 立候補をした権限ということで」
「ぅええ!? い、いいんですか?」
「はい。あ、いないならいないでいいですから」
ざわざわと男子たちがどよめく。もし自分が名指しされたらどうしようとそわそわしていた。そんな男子たちを女子たちは、キモっと一瞥していたが。
男子特有の思春期の思考など知らずにチラッと飛鳥は瑛太の方を向いてみる。彼は飛鳥に向けて親指を立てていた。舞台は整えたと言わんばかりである。
飛鳥も瑛太が提案する前に推薦をしたかったのだが、それはさすがにおこがましいと思ってしまい中々できないでいた。
それを瑛太がいち早く察してくれて、こうして言いやすくしてくれたのだ。
アイコンタクトでお礼を言ってから、飛鳥は迷わずその名前を口にした。
「て……ゆ、遊木宮くんを推薦したいです!」
再びクラスに沈黙が訪れる。ですよねー、とクラスメイトたちは一斉に思った。そして男子たちは今更ながらショックを受けていた。
クラス内での男子と飛鳥のセットと言ったら照か瑛太と一緒にいることが多く、他の男子と一緒に話している姿など、業務的な会話しか覚えがない。
そして、そんななるべくとして成った飛鳥の隣に決まった照の反応は、当然反対だった。
「お前さぁ……嫌がらせ? なんでそうまでして俺をみんなの前に立たせようとすんの?」
思わず立ち上がって飛鳥を睨みつける。それは二人が出会ったばかりのあの視線によく似ていた。
その視線にあの時を思い出して身震いをするも、飛鳥も負けじと席から立ち上がった。
「嫌がらせなんてしてないです! ボクはただ照くんに楽しんでくれたらいいなって思っただけで」
「現に今楽しくないんだが? 勝手にお前のそんな事情押し付けんなよ」
「どうしてそんなに一人でいようとしてるんですか!? なんでみんなと一緒にいたいって思わないんですか!!」
二人の喧嘩は熱を帯びて、ここが教室だと忘れたかのように荒々しくなる。クラスメイトも、普段見ない二人の思いがけない姿を見て唖然とするしかなかった。
「いつも一人でいて、消極的で、でも部活内だとなんだか楽しそうで、そんなにクラスメイトが信じられないんですか!?」
「うるさい。大体なんでこうまでして俺に関わるんだよ。他人の行動なんかに口を挟むな」
「他人!? 他人ってなんですか、友達じゃないですか!!」
「友達も他人だ。自分以外誰だってそうだろ」
「違います! どうしてそんな悲しいことを言えるんですか!」
「悲しい? 結局お前は、そんな友達のことも自分のために動かしてるだけだろ。利用してるだけだ」
「照くん!!」
これ以上の喧嘩はマズイと判断した先生が二人を止めにかかった。
「もうこの話は一旦やめよう。な? お前らも少し頭冷やそう」
さらに追撃というように一時間目の終わりを知らせるチャイムが鳴る。
それでようやく落ち着いた二人だったが、照は舌打ちをして黙って教室から去っていってしまった。
そんな彼の後ろ姿を、どうしようもない気持ちで飛鳥は見つめていた。




