入学式-3-
この部室は普通の教室の大きさほどあり、部員数を考えると十分な広さとも言える。
そんな部室だが、ど真ん中に長机が四つ、長方形になるように並べており、同じ学年が一つの長机に固まるように座っている。
照は廊下側の長机の前にパイプ椅子を置き、それに座っていた。
「悠里先輩しかいないのか?」
「見ての通りだ。エイエイは買収されてしまってな」
「あいつも大変だな。渚先輩は?」
「渚には無理だから帰らせた。あんな人混みに行くのは自殺行為だってボヤいてたからな」
部員は照たちを含めると五人しかいない。その内の二人がいないので、仕方なく悠里は部室で新入生を待っていたのだ。
「でもここのこと普通は知らないだろ。こんな辺境な場所」
「"こんな辺境な場所に来る変わり者"をスカウトするのがこの部だ」
悠里はニヤけながら照を見る。変わり者呼ばわりされた照はムッとイラついた表情を浮かべる。
実際、言葉の通りであるので反論できないでいた。
「で、見る限り誰も来てねーみてーだけど」
現在この部室にいるのは三人だけで、新入生の姿が見当たらない。
しかし悠里は笑って言う。
「去年だってこんなんだったさ。気長に待つさ」
悠里はそうキメて言った後すぐに扉の前にスタンバイする。さっきもこうしていたのだと思うと本当に残念な人としか思えてない照である。
「そうだー。オレのこーはいが来ると思うぞー」
「なにぃ! なら一人は確実だな!」
陽は照の隣に場所を陣取りながらそう呟く。それを聞いた悠里はやる気を更に高めてスタンバイした。
遠くから聞こえてくる喧騒を聞きながら。
「何故だ……何故一人も来ない……」
「気長に、はどうした」
最終下校時刻となり、三人は部室から出なければならなかった。
「というより、ミヤミヤの後輩はどうして来なかったんだ!?」
「さぁー? 荷物きょーしつだったからなー」
「俺手ぶらだし…ん? お前はなんで教室に置いてあるんだ?」
「がっこーに着いてからにーちゃんを迎えに行ったからなー。というか忘れてたー」
「わざわざごくろーなこった」
「なんでこういう時に限って二人して携帯を携帯しないんだ!」
悠里に文句を言われるものの、二人して右から左に聞き流していた。
その後、帰り道が違う悠里と別れ、照と陽は荷物を取りに行くため教室に向かった。
学校に残っている生徒はもういなく、二人の足音だけが静かな廊下に響く。あんなに騒がしかった校舎が嘘のように思える。
「静かだなー。さっきまであんなうるさかったのにー」
「こんなもんだろ、普通」
陽が属しているクラスに着き、彼女の机の上に放置されてあった目的のものを見つけ、携帯を確認してみる。
案の定、同一人物からの着信が十数件あった。
「ヘルプコールすっかり無視しちゃったなー。なんかお菓子あげるかー」
後輩の謝罪は物によって解決し、二人は校舎を後にする。
陽の後ろに照が乗り、家路につく。
二人で他愛のない話をしながら、走っている暇な時間を潰す。空はオレンジ色に染まり、夕日が彼らの影を長くする。
いつものやりとり。いつもの帰り道。
まだこんな生活があと二年残っていると考えると、照はため息をつくしかなかった。
「なんか、ないかな」
自然とそう呟いた。彼自身、こんな日常に飽きてしまっているのかもしれない。
何か退屈しないような、少しは楽しい毎日を望んでいるのかもしれない。
いつもの帰り道を進んでいると、前方に同じ学校の制服を着た女子生徒が歩いていた。
「あんな髪の子ー、いたんだー」
無駄話を一旦止め、女子生徒の話題になった。
薄いピンクのショートヘアで、両サイドの髪の毛を細く結ってある。
確かに髪型は目立つ格好をしているので、照はともかく、陽は一目くらい見かけてもおかしくはないはずである。
そんな女子生徒の横を通り過ぎようとした時、突然彼女も走り出した。
「「え」」
偶然かと思ったが、どうやらそうだった。彼女は下を見ながらがむしゃらに進んでいるようだ。
速度は陽のゆったりとこいでいる自転車との距離をすぐに開けた。
「なんなんだ、あいつ……」
とそこで陽は何かに気付いたようにハッとなる。
「にーちゃん、捕まってろー」
「はぁ? 急にどうし……」
直後、先ほどまでの速度とは大違いな速さになった。その衝撃に思わず照は陽の体にしがみついてしまった。
すぐに女子生徒を追いつき、前に出てその進行を防ぐようにした。
「おーいー、止まれー」
緊張感の欠片もない陽の声が女子生徒にかけられる。が、気付いていないのか、そのままの速さで突っ込んできた。
「あーこれはぶつかったなー」
「おい!!」
そして、陽の予想は見事に的中した。