後輩-1-
二、三年生による熱血で熱心な熱い部活勧誘が収まりきったある日の放課後の出来事。
陽は陸上部長距離専用の部室に顔を出していた。
「よー。みんな元気かー?」
陸上部にとって陽は特別な存在で、長距離のヒーローと陰で呼ばれている。
しかし、照のことで頭がいっぱいであまり部活にでないため、こうして参加することは部員たちにとって凄まじい光景とも言えるのだ。
「遊木宮先輩だ!」
「俺たちの遊木宮先輩!!」
いつものように準備していた部員たちが、全員手を止めて陽の方を向く。
同学年、そして三年生ですら先輩と陽に言う。
「今日は一緒に走ってくれるんですか!?」
「そーだよー。あ、部員のめーぼ見せてー」
今日陽がここに来たのは部員がどれくらい集まったのか確認しにきたためだ。
こう見えて陽は長距離の副部長を勤めており、意外と部活のことを考えているのだ。
「長距離全員の名簿です!」
部員の一人がパソコンによって打ち込まれた名前が書かれた紙を陽に渡す。
どーもーと礼を言って、名前を確認する。
「おー、じゅーにんいじょーも入ったのかー」
「後輩は無事に確保できましたよ!」
先輩たちが胸を張る。男女ともに入っていたため、陽も素直に喜んでいた。
「すげーなー……んー?」
名前を見ていた陽が首を傾げる。その行動に疑問を思った部員が訊ねてきた。
「どうかしたんですか?」
「んいやー、この子ー」
紙に書かれている名前の一つを指さしながらその部員に見せる。
その名前を見た部員が、名を読んだ。
「奏汰ー。いるよなー?」
どうやら同級生らしく、その人物を知っている様子だった。
呼ばれたその子は、はいっ! と緊張しきった感じで前に出てきた。
彼はパッと見ると普通に女の子のようで、背はあまり高くなく小柄。髪も薄いオレンジ色で少し伸びていて、服も少し大きめなため、より一層女の子らしさが強調されていた。
その子は陽を前にして、さらに緊張していた。
「そそそ空音、か、かか奏汰です!!」
声も裏返り、顔を真っ赤にしながら名前を言った。
その行動に他の部員は笑い出した。緊張しすぎだろー、もっとリラックスー。と様々なアドバイスをもらったが、彼には何も聞こえていないようだった。
「あははー、男だったんだー。おもしろー」
別のところで陽も笑っていた。
彼は既に部員たちの影に隠れてしまっていた。
「んじゃまーやろーかー」
陽の掛け声に奏汰を除く部員たちが元気良く答えた。
「あれって、遊木宮くんじゃない?」
「ほんとだ……写メ撮ってもいいかな……?」
同じ時間。校庭のトラックに照がいた。
トラックは陸上部の短距離走の部活が主に使い、照はその部活動の幽霊部員である。
その姿はいつものシワだらけの小汚い制服ではなく、上下青を基本としたジャージを着た体操着姿だった。
運動靴もしっかりと履いており、準備運動を軽くしていた。
陽と同様に部活にいる照は非常に珍しく、学生の注目の的になっている。
だが、彼からは近寄りがたい雰囲気を感じるため、誰も近付きもせず一緒に走ろうとはしなかった。
「…………」
短距離走の部員と、照が校庭にいると聞きつけた野次馬のみんなが見守る中、彼は周囲の目を気にせずクラウチングスタートをしようとする。
聞こえてくるのは風の音。誰かが息を呑む音。照自身の鼓動。
そして、自分の合図で走り出した。




