入学式-1-
入学式。
桜が、まるで新入生を迎えるかのようにヒラヒラと舞っている。この高校に通いたかった者、そうでない者全て平等に祝福している。
私立北上高校。知名度はそこそこの進学校でありながら、部活動のことも尊重している。
そんな中、この高校の生徒であり二年生になった遊木宮 照は遅刻していた。
あるマンションの部屋。三階にある三一四号室。
照はそこで一人暮らしをしていた。
一人暮らしを始めたのは高校生になり、学校に通い始めた頃からだ。
実家は学校からだと少し遠く、更に照の我がままでこうして一人暮らしをすることを許してもらっている。
本日、学校の入学式のはずなのに照はまだ呑気に布団の中で眠っていた。
あらかじめ目覚まし時計をセットしていたはずだったが、止める度にどこかへ投げてしまっていたため、壊れてしまっていた。
そのことを知らない照は、まだ起きる時間ではないと勘違いをしてしまっていた。
夢の中にいる照を目覚めさせたのは、一人の少女だった。
「にーちゃん、起きろー」
足場がないほど物や服が散らかっている部屋に、しかし少女は特に気にもしないで入りマイペースに声をかけながら照の体を揺する。
次第に照は現実世界に戻ってきて、ようやく目を開けた。
視界いっぱいにその少女の顔が映る。
「あ、にーちゃん起きた」
少女は照の双子の妹であり、名前は陽。
セミロングの黒髪以外は兄とほとんど顔が同じの一卵性双生児である。背格好も似ていて、幼い頃はよく入れ替わって遊んでいたほどだ。
「……とりあえずどけ」
掛け布団と一緒に陽を蹴飛ばし、充電してある携帯に手を伸ばす。
時間を見て、しかし照はあまり驚かないままもう一度眠りにつこうと掛け布団を手にとろうとする。
それを陽は妨害した。
「早くがっこーいくぞー」
先ほど起こした時と同じように彼の体を揺さぶる。その行為にイラつきながら照は言い返す。
「今から行ったところで意味ないだろ」
「欠席するなら遅刻でいいだろー。それに、かんゆーもしなきゃいけねーしー」
「嫌だ面倒くさい」
それからしばらく攻防が続き、息を切らし始めた頃にこの行動の無意味さにようやく気付いた照は、掛け布団を離して立ち上がった。
「わかったわかった。着替えるから部屋から出ろ」
しかし、陽はその場から動かずに照の体をじっと見ている。
「……部屋から出ろっつったよな」
「えー、オレとにーちゃんの仲じゃんー。今更にーちゃんの裸やパンツ見たって気にしねーよー」
「くたばれ」
妹を蹴飛ばして無理矢理部屋から追い出し、散らかっている部屋に無造作に置かれている制服を発掘して着替え始めた。
シワだらけの制服を着崩し、ボサボサの髪もそのままで台所へと向かった。
台所までの道のりも散らかっていて、それでも照は踏み続けて進む。
先にいた陽は持ってきてた弁当箱を開けて食べている最中だった。
テーブルにあらかじめ置いてあった袋の中を物色し、パンを一つ手に取る。席につきながら包装されてる袋をとって食べる。今日はメロンパンだった。
いつもは買い溜めしてあるのだが、たまに陽が照のためにわざわざ買ってきてくれていたりもする。それが今日だった。
互いに無言で、テレビも点けず二人の咀嚼の音だけしか聞こえない。
二人が食べ終わったのはほぼ同時で、照はそのまま洗面所に向かう。残った陽はボーッとして彼を待っていた。
最低限の身支度を済ませ、照は陽と一緒に散らかりっぱなしの家から出た。