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緑の柱(改)  作者: 美羽
Emerald
3/9

1-2*

Side:Luke




初めて見た時、それこそ有り得ないけど妖精か何かだと思った。


「……っつ、痛…」


目覚めた瞬間僕を襲ったのは額の痛み。

それは向こうも同じだったみたいで手で額をおさえて傍で蹲っている。

でも彼女はすぐに手を取り去って印象的な緑の瞳でこっちを睨みつけた。


「……急に起き上がらないで。驚くじゃない」


「えっ、あ……ごめん。…………そうだ、バルド!」


怒られて謝って、そこでようやく額に重傷を負った要因である心配事を思い出した。

そうだ、バルドは。口煩い同行者の彼は、僕を庇って倒れたはずだ。

その後目の前の少女にドラゴンが懐くっていう衝撃的な光景をみたけど、それはまあ後でいい。

少女はため息を吐いてそんな僕の横を示した。


「貴方の仲間なら横で寝てるわ。

傷が深いのとそのせいでたくさん毒が回ったせいで、目を覚ますのはまだまだ先だろうけど」


「毒!?」


「ドラゴンの爪や牙には毒があるらしいから。

貴方は傷が少なくて浅かったからすぐに薬草が効いて目を覚ましたみたい」


少女は投げやりにそう言って立ち上がりこちらに背を向ける。

どうにも所在ない気分になった。

だって全く知らない、さっき会ったばかりの同じ年頃の少女と二人っきり(バルドは意識を失っているので数に数えない)。

しかも疲れていると言うか機嫌が悪そうと言うか、まあ僕が頭突きをしたせいもあるしそもそもこうして看病を―――――看病?

自分の体を見下ろしてみる。ついでにバルドの方も。

傷口は綺麗に洗われて、恐らく先程彼女が言っていた薬草らしきものを擂った薬が塗られた上に包帯が巻かれている。

バルドの方も同様だ。そして今僕達がいるのは―――たぶん、木の洞の中。

椅子や机、眠るためのハンモックのようなものもあるから、少女の家だと思う。

そして僕達がドラゴンに遭遇する前、彼女がここから先に進まない方がいいと言って警告してくれたことも僕はしっかり覚えていた。


つまり僕達は揃って現在進行形で少女にかなりお世話になっているのだ。


「………あのっ、えっと」


「……?何?どうかしたの?」


何か言わないと。

そう思ってもなんて言ったらいいのか分からない。

自分の育ちが原因かもしれないけど、どうにも礼を言うのに慣れなくて。

言葉に詰まった僕に少女は顔だけをこちらに向けて訝しげな顔をした。


「いや、その……」


「ごめんなさい、話は少し待って。もう出来るから」


「え?」


「……これ」


なにかしらの作業が終わったのか、再び傍らに腰を下ろした彼女はそう言って小さな木製のコップを差し出してきた。

中に入っていたのは乳白色の液体。

差し出されたから思わず受け取ったけど……これは一体何なのか。

思っていたことは正確に伝わったみたいで、少女は僕の体に巻かれた包帯を指差した。


「傷が治りやすくなる薬湯よ。

飲みやすいようにミルクとかを加えているけど……飲めなさそうかしら?

飲めないなら無理に飲まなくてもいいわ。

解毒は傷口に塗った薬でできているから、貴方の自己治癒力でも別に治るもの」


「………いや、飲むよ」


本当は見知らぬ人間から受け取ったものを口に入れるのは、僕の立場を考えれば決して褒められた事ではない。

でも目の前の少女は警告に従わなかった僕達にこんなに親身にしてくれている。

それすらこっちを油断させる手だったとしたら僕はまんまとそれにひっかかったって事になるんだろうけど、会ったばかりの彼女を悪い人間かもしれないと疑うことはどうしてか出来なかった。


……でも、苦いのは嫌だな。

飲みやすくしたとは言ってるけど、薬って苦いものだし。

かと言って味に文句をつけるものじゃないし、そんなところを見せたくもない。

覚悟を決めて、それでもなるべく早く済むようにと一息にコップに口をつける。


「………あれ?苦く、ない?」


思わず飲むことを止めてまじまじと液体を見つめる。

苦いと思っていた薬湯はほんのりと甘い他はミルクの風味しか感じられない。

僕の様子がよほど可笑しかったのか、目の前で様子を見守っていた少女は苦笑した。


「飲みやすくしたって言ったじゃない」


「いや、薬って言われると苦い感じが…」


「確かに苦いものもあるけど、薬草の種類によるわ。

でも飲めるみたいでよかった。労力が無駄になるところだったもの」


そうだ、お礼!


「……あっ、その、あのさ!」


もう一度不自然に言葉を詰まらせた僕に、少女は先程よりもやわらかくなった表情を不思議そうなそれに変えて首を傾げた。


「何?そう言えば貴方、さっきも何か言いたそうにしていたわね」


「えーっと、その、君……」


「私はフィリア」


名前、フィリアって言うんだ。

―――って、そうじゃない!


「フィリア……その、ありがとう」


ようやく言えたお礼の言葉にフィリアは少し驚いたように緑の瞳を見開いて――照れたように、それでいて嬉しそうに微笑んだ。

それこそ、最初に会った時思った、妖精みたいな美しさで。


「……どういたしまして」


「……っ、いや、その、……うん。

―――あ、そう言えば名前、言ってなかったよね。僕はルークで、こっちはバルド」


凄く綺麗なその微笑みに見とれかけて、それを誤魔化すためとちゃんと名前を名乗りたいというのもあり彼女………フィリアから目をそらして言う。

特に違和感は感じさせずにすんだみたいだ。

フィリアは特に何か反応することなく頷いている。


「それで、フィリアが僕達を助けてくれて、看病までしてくれたんだよね?

最初に警告してくれたのに、迷惑かけてごめん」


「……いいわ、別に。もう過ぎたことだし、よくあることでもあるし」


「よくあること?」


それは僕達以外にもこんな(こんな、というのはここに住んでいるらしい彼女には悪いけど)深くて暗い森を訪れるような人間がいるんだろうか。

だとしてそれはどんな目的で?

――――もしかして、僕達と同じものを探しに?


「この森はさっき貴方達が見たドラゴンや、他にも絶滅したと思われている【幻獣種】が多いの。

だからそれを求めてよく密猟者がやってきたりするのよ。

そういう人達は外見で分かるから、警告もしないであのドラゴンや他の子達と一緒に追い払うんだけどね」


「………確かに、ドラゴンなんて初めて見たよ」


【幻獣種】。ドラゴンやフェニックス、ケルベロスなど既に滅んだとされる物語に出てくるような生物の総称だ。

そんなものたちがまだこの森で生きているというのは俄かには信じがたいことだけど、現にドラゴンをこの目で見たんだから否定しようがない。

それにこの<祈りの森>は古代、女神が棲んでいたとされる神聖な森だ。

そんな場所なら確かに【幻獣種】が生き残っていても不思議じゃない、かも。

でも密猟者なんて、看過できないな。覚えておこう。

それに僕達が探しているものはまだ他には知られていないみたいだ。その点はよかった。


「それで、貴方達は探し物があってこの森に来たのよね?それってすぐに見つかるもの?

【幻獣種】の中には警戒心が強い子もいるから、出来るなら早めに森から出て行って欲しいのだけど。

………まあ、仲間が目を覚まさないうちは難しいかもしれないけどね」


確かにバルドが目を覚まさない以上、僕も動けない。

僕はまだそこまで戦えるわけじゃないし、バルドの手助けは必要だ。

それに――――


「探し物がこの森にあるのはたぶん確実なんだけど、ちょっと確かな場所までは…」


「……たぶん?確かな場所は分からない?」


僕の言葉にフィリアの表情が胡乱気なものに変わったのが分かる。

そうなるのも分かるけど、どうしようもないのだ。


「えっと、僕の剣は」


「あぁ、それなら横に置いておいたけど」


「抜いてもいい?振り回したりは絶対にしないから」


「まあ、いいけど……」


説明するには見せてしまうのが一番いい。

バルドが起きてたら不用意すぎる、とか怒られそうだけど、たぶんフィリアになら言ってもいいと思う。

何て言うか、確証なんて何もないけど信用できる気がするから。

それに彼女に話さなきゃいけないような、そんな変な感じがずっとしてる。


「この剣、僕の家に伝わる大切なものでね。

この、根元の部分なんだけど―――」


鞘から剣を抜いて示せば、刀身に顔を近づけたフィリアが小首を傾げる。


「これ、宝石?一つだけ嵌っているけど…」


「そう。ついてるのはオパール」


刀身の柄に近い部分には装飾が施されていて、そこに五つの窪みがある。

そのうちの一つにはオパールがきちんと嵌っているけど、その他の四つの窪みには今は何もない状態だ。


「この、空いてる四つの窪みに嵌る宝石がそれぞれあるんだけど、僕達が探しているのはそれなんだ」


「……えっと、貴方達の探し物が宝石なのはわかったわ。

でもこんな小さなものを、この広い森で探すつもりなの?」


オパールは宝石にしてはかなり大振りで親指の爪程。

その他の宝石も大体そのくらいの大きさだ。

確かに彼女の言う通り広大な森で手がかりも無く探すのは難しい。


「うん、でも一応手がかりはあるんだ。見てて」


剣を地面に対して垂直に掲げる。

そうすればオパールが輝いて、そこから光が発される。

明らかに自然な現象ではありえないそれに、初めてみた時の僕と同様に驚いたらしいフィリアは何度も目を瞬かせた。


「これは宝石同士が共鳴するんだ。

近くだとこうやって輝いて、遠くだと宝石がある方角に向かって光が指す。

光が指している方向に向かって歩いたらこの森があって、今宝石はこうやって輝いているからこの森に宝石はあるはずなんだ。

……ただまあ具体的にどこにあるかとか、そういうのは分からないんだけど」


その辺りは情けなくて苦笑する。

剣を鞘に戻して先程の様に傍に置きフィリアに視線を移せば、彼女は考えるように口元に手を当てていた。


「フィリア?」


「……あ、ううん、何でも。

貴方の言っている意味は分かったわ。

そうなるとバルドの怪我もあるし、結構長くこの森にいないといけないわね」


そう、そこが問題だ。

この森にはフィリアが言っていたように【幻獣種】がいたり、時折密猟者も入ってくるらしい。

そんな中未だ目を覚まさないバルドを庇いながらの野営が僕に出来るかと聞かれたら、そんなのは間違いなく不可能。

――――つまり、僕達はまだまだもっと目の前の彼女の世話にならないと色々難しい事態なわけで。

フィリアが了承してくれるといいんだけど。

そんなことを思いながらせめてと居住まいを正して彼女を見つめる。

何かを察したのか、彼女も真剣な表情をこっちに向けた。


「あの、フィリア。これだけ迷惑をかけて、本当に申し訳ないと思ってるんだけど…

宝石を見つけるまで、いや、最悪バルドが目を覚ますまででいいから、ここに置いてくれないかな?

迷惑をかけるのは分かってるけど、正直僕だけじゃ森で無事に過ごせないと思う。

何か手伝えることがあるならするし、なるべく君の世話にはならないように気を付ける。だから――」


滞在を認めてはもらえないだろうか。

そんな口に出さない甘えを視線に込めてフィリアを見る。

彼女は視線を落として躊躇うように目をそらした。

彼女からしても僕達は今日出会ったばかりの怪しい男二人組だから、それも無理はないかもしれない。

でも望みを捨てたくなくて、視線をそらさずに見つめ続ける。

そしてそれが功を奏したのかは分からないけど、フィリアは顔を上げ、仕方がなさそうに苦笑した。


「………わかったわ。これも何かの縁かもしれないし。

宝石が見つかるまで、ここを宿として使って。

ここは森の中心だから拠点としてもいいと思うし、密猟者もここに来るまでに私は気付ける。

傷を癒すにはいい場所だと思うから」


「いいの!?」


「えぇ。………それにこれも、決まっていることかもしれないから」


決まっていること。

その意味深な言葉につい首を傾げる。

それを認めたフィリアは慌てたように何でもないと首を振ったけど。


「それじゃあ、あらためて今日からよろしく、ルーク。

ここは私以外の人は住んでいないから何かあれば遠慮せずに聞いて。

またドラゴンのような【幻獣種】に襲われないとも限らないし」


「よろしく、フィリア。

確かにまたあんな目に遭うのは困るから、色々頼りにさせてもらうよ」


お互いに苦笑しながら軽く頭を下げて。

こうして僕は森に一人で暮らす少女、フィリアとの出会いを果たした。





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