浮世
――こんにちは、周先輩。
「あれ、梅宮さん?」
――今、お手隙ですか?
「空いてるけど?」
――……ずるいですよ、先輩。
「何が?」
――この間言ってた諸井アンナと付き合ってたのって先輩だったんですね!
「? どうして」
――先輩のケータイを後ろから見た人がいるの、先輩と諸井さんの2ショット。悩ましげな顔で見てたって聞きましたよ。
「参ったな、そんなに僕って興味をもたれてたのか」
――だって、先輩カッコいいですもん。
「ケンカも弱いし、何か特技があるでもないのに?」
――関係ないですって。
「そのこと、あんまり人に言わないでほしいな。恥ずかしいから」
――分かりました。でも、もう広まっちゃってると思いますよ? 結構衝撃でしたもん。あいつ口軽そうだし。
「弱ったな。あいつって?」
――黒江くん。
「2年生?」
――はい。あの、諸井さんが死ぬ直前に別れたって聞きましたけど、何で別れたんですか?
「彼女にフられたのさ。前に言っただろ?」
――どうしてそれを了承したのかなって。
「彼女の中でもうそれは定まったことで、僕がいくらがんばっても修復不可能なものだって分かったから」
――嫌われるのは嫌だったってこと?
「友達に戻ることならいい、って言ってくれたから。折を見てまた復活出来るって思ってたんだ」
――そうしてたら、逝っちゃったってわけだったんですね。
「あんまり人に言わないでね」
――分かりました。それから、もう一つ。この間噂で聞いたことがあるんです。多賀くんも諸井さんが好きだったとか。
「そうだろうね」
――さすが相方。女の趣味も一緒。
「そんなつもりじゃ」
――もしかして、気づいてたんですか? ちょっと、ひどくないですか?
「付き合いだして、その後でだったから」
――そうでしたか。よかった、先輩が酷い人じゃなくて。
「ははは」
――ねえ、先輩はどう思われるんですか? 諸井さんのこと。
「好きだよ。これからも、たぶんずっと」
――死んだ人には生きてる人は勝てないって言いますよね。あの、そういうことじゃなくて、あれは本当に事故だったのかっていうことなんですけど。
「正直自殺じゃないかなって思うよ。そうあって欲しくはないけど」
――どうして。
「まず、不自然なくらい犯人が見つからないのは、アンナが見つからないように計画を練ったと考えれば納得がいく。大事な本も、日常的に使う服も売り払った。日記を焼いていた。問題なく行っていたのに僕とも別れた。これだけ身辺の整理をしていて、どうして自殺じゃないって思えるんだ? 彼女が生前していたことはみんなそれを指しているようにしか思えない。車に轢かれたのは偶然としても、近い未来きっとそれを実行しただろう」
――諸井さんが可哀そうになってきた。そこまで言わなくてもいいんじゃないですか。
「君は、事故だと信じてるんだったね。僕だって、自殺よりはそっちがましとは思う。だけど、事実から推測すれば、それが一番まっとうだ」
――事故であってほしい、とは思うんですね?
「本当はあれがアンナじゃなくて、別の誰かで、アンナはほんとは生きている。それが僕の希望さ。でも、そんなことはまずないだろう」
――そうですね。あの、あんな子とどうして先輩付き合ったんですか? 確かに綺麗だったけど、先輩そんな肉一枚に騙される人じゃないですよね?
「もちろん。アンナがあんなに綺麗な子じゃなくても、きっと付き合ってたと思うよ」
――てことは、好きになったのは先輩から? どこにひかれたの?
「そうだね。一番は、あまりにも危うく見えて、助けてあげないといけない気がしたからだよ。あの子には僕が必要なんだって思ったんだ」
――苦しくありませんでした?
「ああ、梅宮さんも言うとおり、彼女は幸せになろうとか、そういうことを望んでない人だったからね。むしろ背を向けてさえいた。いったい何が彼女をそうさせてしまったのかは分からないけど、そんな彼女をほっとけなかった。みんなが幸せになるなら自分は不幸にならなきゃいけないなんてことはないんだって教えてあげたかった」
――そんな、当たり前のこと。
「そう思うだろ? でも彼女にとってはそうじゃなかったんだ」
――じゃあ、諸井さんが根本的にどっかおかしいこと、付き合う前から先輩は分かってたんですね。
「おかしくはないよ。きっと、何か事情があったんだ」
――すみません。諸井さんがそういう人だっていつごろ気づいたんですか?
「最初に会ったときかな。なんだか、直感的に全部わかってしまった気がしたんだ」
――ひとめぼれと同時にって感じですか?
「そんなものだね」
――告白はどっちから?
「なんだか、僕のことを調査されてるみたいな気がするんだけど。事故じゃなく」
――すみません。誰にも言いませんから。
「こっちから。……話せるのはここまでだ」
――あの、何が諸井さんを殺したのかということを調べる気はないんですか?
「無いな」
――そんな、運命的な彼女だったのに? そこまでするほどの彼女じゃないってことですか?
「僕が動かないのは彼女の問題じゃない。僕の問題だ。第一、そんなことをしても、彼女は戻ってこない」
――復讐しようとか、思わないんですね。
「したところで、彼女は喜びません。むしろあきれるでしょ。僕は死後の世界なんて信じないけど、もしあったら困るようなことはしたくありませんからね」
――先輩って、すごく理性的な人だったんですね。
「善良な小市民になる予定だからね」
――小市民はあんな子と付き合わないし、多賀先輩みたいな破天荒な人に付き合いきれないって思いますけど。大体、一般的な善良な小市民は、善良な小市民になる予定、なんて言わないと思います。
「その2人は規格外かもしれないけど、僕は普通さ。身近にあんなのがいるせいで、なんとなく大物に見えてるのかもしれないけど。僕は小物だから、彼女が死んでしまった、その事実だけで手も何もかも一杯さ。他のことなんて考える余裕はない」
――分かりました。
「どうしたの、安心した顔して」
――先輩が殺したのかなって思ってたから。そんな顔する人なら、絶対違うって確信しました。
「何? 殺人説まであるのか」
――お母さんが言い出したらしいです。
「謎の付きまとう死だったからな、無理もない。轢いたやつが出てこないことからすれば、わざとだったという考えも成り立つな」
――早く、何もかも解決すると良いですね。
「うん。ありがとう」