世迷言
――おばさん、こんにちは。今日はこっちがインタビューに来たんだけど。
「あれ、多賀くんじゃない。どうしたの」
――前にメール入れといたんだけど、見なかった?
「ケータイの電池が切れてたの」
――その割に、俺の分のお茶まで用意してくれてるけど。
「……あっ、まあ、そうね。いやだわ、わたしってば」
――しっかりしてよ、おばさん。
「大目に見てよ、せっかく準備できてたんだから」
――俺がいなくても、一人分余計に用意してたろ。何度も同じことしてるだろ。
「何でわかるの?」
――いや、あの……。さっきの、動揺しすぎ。まだなんとなくあいつが生きているような気がして、一人分余計に作ってしまったりお皿だしてしまったり、してるんじゃねえの?
「ほんとに、アンナみたいなんだから。その皮肉っぽい言い方だって」
――ああは歪んでないつもりなんだが。
「他人の娘に向かって、失礼ね」
――そうだな、死んだやつのことを悪く言っちゃいけねえな。悪かった。
「よろしい」
――もっと、落ち込んでるかと思った。案外まともにやってるんだな。
「……あんまり言いたくないけどね、わたし人が死ぬのには結構慣れてるの」
――旦那が内科医だし?
「うん。わたし、看護師だし。もう父も母もあの世にいるから」
――すまない。
「ううん、いいのよ。逆に、あの子が天国に行っても、父と母がどうにかしてくれるって思うわ。天国で楽しくやってるはず」
――前向きだな。
「前向きじゃなきゃ、メンタルが持たないわよ」
――ほんと、強いな。
「弱かったら、あなたなんてハナから追い返してるわね」
――ねえ、あいつって子どものころからああなのか?
「ああって?」
――いやいい。おばさん、あいつ子どものころはどんな奴だったの?
「美少女で落ち着いてて、なんとなく上品な子だったわ。あなたが知ってるアンナをそのまま子供にしたみたいな」
――外でどろどろになって遊んだりは。
「あんまりしなかったわね。本を読めるようになってからは、大体いつも本を読んでた」
――日記をつけるのもその頃からの習慣?
「そうそう。文字をかけるようになってから、そうね、まだ5歳くらいの頃かしら? 毎日ずーっと書いてるのよ」
――すごいな。じゃあ、12年分の日記があったわけだ。
「自分史を振り返るには、十分な資料よね」
――どんな日記つけてたんだ? そんなにつけてたならだいぶ嵩張るんじゃ?
「そうねえ、それまでは1年のだったんだけど、12になったくらいかしら、それからなぜか毎回買うのは五年連用日記だったわね」
――じゃ、もうすぐ終わるころだったんだな。
「まだ小学生なのに、えらくゴツいの買って、もうそんなに経ってたのね」
――あいつ、友達とかは。
「女の子の常よ。仲良しの子とはずっとおしゃべりしてた」
――あいつ、友達いたの。今そんなんいねえよ。
「いるわよ、高校が違うだけで、ずっと仲が良い子。確かに、友達が多い子ではなかったけどね。選り好み激しいから。……いや、小さいころはそうでもなかったか」
――10にもならない頃?
「ええ。その頃はガキ大将だったわ」
――想像つかねえ。
「あの子が従えてる風じゃなくて、勝手に色んな子達がくっついてきてるだけみたいだったけど」
――だろうな。いつから、ああいう気難しいやつになったんだ?
「そうねえ、ええと……そうだわ、誰かが事故で亡くなったのよ。あの頃からちょっと、友達との付き合い方が変わってきた気がする」
――いつごろ?
「小学4年生だったと思うわ。暑い夏の日だった」
――おばさんも行ったの?
「いや、仕事があったから。しっかりものだし、子供だけど粗相するような子じゃなかったし」
――そろそろ、本題に入っていいですか。
「アンナが自殺したか、それともただの事故か?」
――察しがいいな。
「前も、気にしてたみたいだから」
――そういうこと。で、おばさんの見解は?
「自殺はありえないわ」
――どうして?
「勘よ」
――理屈ではそうじゃないんだな?
「理屈でだってそうよ。前も言ったけど、あの子は幸せな子なの。
こんなに尊敬されている医者の娘で、綺麗で上品で」
――毒舌で、皮肉屋で、嫌味で。
「あの子は場所を弁えて言うから問題にはならないの。どこに出しても恥ずかしくないわ……ああそうだわ、誰かがあの子を殺そうとした、それならありうるかも」
――はあ? 轢き逃げしたやつは、わざとだったとでも?
「そうよ」
――新説だな。
「だって、まだ捕まってないじゃない。綺麗で頭も良くて家柄も良い、そんな子に嫉妬しない人がいる?」
――それなら、俺の方が殺されそうだ。
「そうね、多賀くんの家って、お父さんは県知事だし、おじいさんは有名な神社の神主さんよね。かっこいいし頭も良いし。ケンカばっかりするのが玉にキズだけど、そこも含めてモテそうね」
――でも、狙われたことなんてないぞ? ケンカ相手には不自由しないが。あいつの場合だってさ、レベルが違うから同じ土俵で比べないだろ、普通。
「女の子ってのは身の程知らずな生き物よ。もしかしたら、轢き逃げした人は誰かに頼まれたのかもね。あの子を殺せって」
――警察には言ったのか?
「まさか。今思いついたの。それに、自分で言いたくないけど、警察も取り合ってくれそうにないしね。特に自殺が疑われている間は」
――まあ、おばさんが思いつくことなら、警察でも言い出す人がいそうなもんだよな。
「そうね、ある程度まっとうな考えだし」
――そうだ、日記だ。日記を読めば、あいつがどうして死んだのかわかるんじゃないか?
「……1週間くらい前に、日記を全部燃やしてしまってたんじゃないかと思うの。何かを焼いているところは見たし、いくら探しても出てこないから、おそらくは」
――それ、また自殺説補強しないか?
「するわね。決め手が出るまでは信じないけど」
――何のために燃やしたんだろうな。
「時々過去の自分が恥ずかしくて仕方なくなって、全部消したくなるって言うのはあるものよ」
――そんな繊細なやつかな。
「強い子だけど、女の子だもの。……ほんとに嫌いなのね、アンナのこと」
――嫌いになりもするさ。イメージが深窓の令嬢だった分、素のあいつと実際じゃギャップでかすぎだ。日記をつけてたってのだってビックリなくらいだ。
「なるほどね」
――裕樹と付き合ってたせいで、嫌でも関わらざるを得なかったんだ。前から何となく苦手だったのに。
「え? 前から苦手だったの? あの子人当りはいいのに」
――何か、冷静でいられなくなるし。つっかかりそうになる。
「周くんと付き合いだしてからも?」
――ああ、それを言うならイライラの方がひどかったな。
「そっか、そっか。多賀くんはアンナのこと好きだったのね」
――なわけないだろ。
「自覚ないんだ」
――勝手に言ってろ。
「お線香あげてってよ」
――なんで俺が。
「アンナも、結構多賀くんのこと好きだったと思うよ」