表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/10

世迷言

 ――おばさん、こんにちは。今日はこっちがインタビューに来たんだけど。


「あれ、多賀くんじゃない。どうしたの」


 ――前にメール入れといたんだけど、見なかった?


「ケータイの電池が切れてたの」


 ――その割に、俺の分のお茶まで用意してくれてるけど。


「……あっ、まあ、そうね。いやだわ、わたしってば」


 ――しっかりしてよ、おばさん。


「大目に見てよ、せっかく準備できてたんだから」


 ――俺がいなくても、一人分余計に用意してたろ。何度も同じことしてるだろ。


「何でわかるの?」


 ――いや、あの……。さっきの、動揺しすぎ。まだなんとなくあいつが生きているような気がして、一人分余計に作ってしまったりお皿だしてしまったり、してるんじゃねえの?


「ほんとに、アンナみたいなんだから。その皮肉っぽい言い方だって」


 ――ああは歪んでないつもりなんだが。


「他人の娘に向かって、失礼ね」


 ――そうだな、死んだやつのことを悪く言っちゃいけねえな。悪かった。


「よろしい」


 ――もっと、落ち込んでるかと思った。案外まともにやってるんだな。


「……あんまり言いたくないけどね、わたし人が死ぬのには結構慣れてるの」


 ――旦那が内科医だし?


「うん。わたし、看護師だし。もう父も母もあの世にいるから」


 ――すまない。


「ううん、いいのよ。逆に、あの子が天国に行っても、父と母がどうにかしてくれるって思うわ。天国で楽しくやってるはず」


 ――前向きだな。


「前向きじゃなきゃ、メンタルが持たないわよ」


 ――ほんと、強いな。


「弱かったら、あなたなんてハナから追い返してるわね」


 ――ねえ、あいつって子どものころからああなのか?


「ああって?」


 ――いやいい。おばさん、あいつ子どものころはどんな奴だったの?


「美少女で落ち着いてて、なんとなく上品な子だったわ。あなたが知ってるアンナをそのまま子供にしたみたいな」


 ――外でどろどろになって遊んだりは。


「あんまりしなかったわね。本を読めるようになってからは、大体いつも本を読んでた」


 ――日記をつけるのもその頃からの習慣?


「そうそう。文字をかけるようになってから、そうね、まだ5歳くらいの頃かしら? 毎日ずーっと書いてるのよ」


 ――すごいな。じゃあ、12年分の日記があったわけだ。


「自分史を振り返るには、十分な資料よね」


 ――どんな日記つけてたんだ? そんなにつけてたならだいぶ嵩張るんじゃ?


「そうねえ、それまでは1年のだったんだけど、12になったくらいかしら、それからなぜか毎回買うのは五年連用日記だったわね」


 ――じゃ、もうすぐ終わるころだったんだな。


「まだ小学生なのに、えらくゴツいの買って、もうそんなに経ってたのね」


 ――あいつ、友達とかは。


「女の子の常よ。仲良しの子とはずっとおしゃべりしてた」


 ――あいつ、友達いたの。今そんなんいねえよ。


「いるわよ、高校が違うだけで、ずっと仲が良い子。確かに、友達が多い子ではなかったけどね。選り好み激しいから。……いや、小さいころはそうでもなかったか」


 ――10にもならない頃?


「ええ。その頃はガキ大将だったわ」


 ――想像つかねえ。


「あの子が従えてる風じゃなくて、勝手に色んな子達がくっついてきてるだけみたいだったけど」


 ――だろうな。いつから、ああいう気難しいやつになったんだ?


「そうねえ、ええと……そうだわ、誰かが事故で亡くなったのよ。あの頃からちょっと、友達との付き合い方が変わってきた気がする」


 ――いつごろ?


「小学4年生だったと思うわ。暑い夏の日だった」


 ――おばさんも行ったの?


「いや、仕事があったから。しっかりものだし、子供だけど粗相するような子じゃなかったし」


 ――そろそろ、本題に入っていいですか。


「アンナが自殺したか、それともただの事故か?」


 ――察しがいいな。


「前も、気にしてたみたいだから」


 ――そういうこと。で、おばさんの見解は?


「自殺はありえないわ」


 ――どうして?


「勘よ」


 ――理屈ではそうじゃないんだな?


「理屈でだってそうよ。前も言ったけど、あの子は幸せな子なの。

こんなに尊敬されている医者の娘で、綺麗で上品で」


 ――毒舌で、皮肉屋で、嫌味で。


「あの子は場所を弁えて言うから問題にはならないの。どこに出しても恥ずかしくないわ……ああそうだわ、誰かがあの子を殺そうとした、それならありうるかも」


 ――はあ? 轢き逃げしたやつは、わざとだったとでも?


「そうよ」


 ――新説だな。


「だって、まだ捕まってないじゃない。綺麗で頭も良くて家柄も良い、そんな子に嫉妬しない人がいる?」


 ――それなら、俺の方が殺されそうだ。


「そうね、多賀くんの家って、お父さんは県知事だし、おじいさんは有名な神社の神主さんよね。かっこいいし頭も良いし。ケンカばっかりするのが玉にキズだけど、そこも含めてモテそうね」


 ――でも、狙われたことなんてないぞ? ケンカ相手には不自由しないが。あいつの場合だってさ、レベルが違うから同じ土俵で比べないだろ、普通。


「女の子ってのは身の程知らずな生き物よ。もしかしたら、轢き逃げした人は誰かに頼まれたのかもね。あの子を殺せって」


 ――警察には言ったのか?


「まさか。今思いついたの。それに、自分で言いたくないけど、警察も取り合ってくれそうにないしね。特に自殺が疑われている間は」


 ――まあ、おばさんが思いつくことなら、警察でも言い出す人がいそうなもんだよな。


「そうね、ある程度まっとうな考えだし」


 ――そうだ、日記だ。日記を読めば、あいつがどうして死んだのかわかるんじゃないか?


「……1週間くらい前に、日記を全部燃やしてしまってたんじゃないかと思うの。何かを焼いているところは見たし、いくら探しても出てこないから、おそらくは」


 ――それ、また自殺説補強しないか?


「するわね。決め手が出るまでは信じないけど」


 ――何のために燃やしたんだろうな。


「時々過去の自分が恥ずかしくて仕方なくなって、全部消したくなるって言うのはあるものよ」


 ――そんな繊細なやつかな。


「強い子だけど、女の子だもの。……ほんとに嫌いなのね、アンナのこと」


 ――嫌いになりもするさ。イメージが深窓の令嬢だった分、素のあいつと実際じゃギャップでかすぎだ。日記をつけてたってのだってビックリなくらいだ。


「なるほどね」


 ――裕樹と付き合ってたせいで、嫌でも関わらざるを得なかったんだ。前から何となく苦手だったのに。


「え? 前から苦手だったの? あの子人当りはいいのに」


 ――何か、冷静でいられなくなるし。つっかかりそうになる。


「周くんと付き合いだしてからも?」


 ――ああ、それを言うならイライラの方がひどかったな。


「そっか、そっか。多賀くんはアンナのこと好きだったのね」


 ――なわけないだろ。


「自覚ないんだ」


 ――勝手に言ってろ。


「お線香あげてってよ」


 ――なんで俺が。


「アンナも、結構多賀くんのこと好きだったと思うよ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ