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世間

6 世間


 ――先生、こんにちは。お忙しいなか時間を作ってくださってありがとうございます。


「いや、いいんですよ。何かな? 山野さん」


 ――諸井アンナさんの話です。度々ですが。


「やっぱり、そうか」


 ――先生は諸井さんが自殺したんじゃないかって噂についてどう思います? 警察も疑ってますけど。


「それは、分からない」


 ――どうして?


「親として、彼女は自殺するなんてありえないと言いたい。全ては偶然だと。だがね、私はあまりにも仕事にかまけすぎた。体力があることをいいことに、毎日20時間近く働き通しだった。家庭を顧みるということがなかったんだ。アンナのこともお金以外ほとんど何もしてやれなかった」


 ――そう言えば、土曜の午後や日曜の午前も開けてましたね。それから、平日も7時まで。


「母親で働いている人たちは子供が病気になった時や注射が必要な時、病院が空いていないことが多い。そういう人たちの助けになればと」


 ――患者側としては本当に助かるんですけどね。いつもすごく忙しくされていることは知っていましたが、そんなにだったんですね。


「私のような人のことを、おそらくダメな父親というのだろう。妻もよく支えてくれた。もっと父親らしくしてほしい、とも言わず」


 ――でも先生、そのことに対して誰も文句を言わなかったんでしょ?


「私はたまにもっと子どもとの時間を取るべきじゃないかと思っていたんだが、毎日私の所には病気で困っている患者が来る。ひとりでも多く救うことが自分の存在意義だと思うと、どうしても仕事を優先させてしまうんだ」


 ――そうですね。


「1年に1度だって、休むことはできなかった。が、こう親らしいことをしていないと、私は家庭など持つべきじゃなかった、と思う。妻は事実文句ひとつ言わなかったが、アンナはどうだっただろう」


 ――後悔してらっしゃるんですね。


「はい。結局、私にとっては、彼女が自殺か事故死かということは些細なものなのです。彼女がここにいない、私は父親としてすべきことをしてこなかった、それをひたすら悔いている」


 ――すみませんが、話を戻します。


「はい」


 ――自殺と事故、どちらだと思いますか? 直感で構いません。


「あの子は、うっかりしたところもあったが、周りのことを考える子だ。だから、全ては偶然だ。つまり事故。犯人が見つかってないのはひっかかるが、あの子が事故に見せかけて自殺なんて面倒なことはしないだろう」


 ――それは、理屈ですよね?


「そうだな、最初に聞いたときは自殺の可能性も考えた」


 ――じゃあ、直感的には自殺だったということですか。


「そうかもしれない。何せ、常に仕事に親を奪われていた子供だ。小さいころから、運動会だってほとんど見に行ってやれなかった。平日は私の顔を見た記憶だってないだろう」


 ――でも、父親がいなくても、母親がいなくても、明るい子はいくらでもいますよ? 両親ともいても、暗い子だっている。


「自殺するしないに性格の明るい暗いは関係ありませんよ」


 ――結局、父親が構わなかったことが、自殺の一要因になり得たと思ってらっしゃるんですね。


「そうです。人を助ける医者になりながら、緩慢に自分の娘を死においやっていたのではないかと」


 ――先生、そこまで自分を追い詰めないでください。


「すまない、ありがとう」


 ――諸井さんて人を恨んだりするタイプじゃないですし。


「そうだな。化けて出るのは想像できないし、仮に今からこっちに戻ってこいなんて言ったところで嫌がられそうだ」


 ――諸井さんは、この世が嫌いだったんでしょうか。


「そんなことは、ないだろう。私のことは嫌っていたかもしれないが」


 ――親なんて、そうそう憎み切れないもんらしいですよ?


「はは、そうだといいな」


 ――遺品の整理とかされましたよね。何か、分かることはありませんでしたが?


「ほとんど遺品の類はなかった。服もほとんどリサイクルショップだかどこだかに売ってしまっていたし、残されていたのは最低限のものだけだ」


 ――なんだか、そこだけ聞いたら本当に自殺したみたい。


「そうなんだ」


 ――本もほとんどはオークションで売り払っちゃいましたしね。


「あの子があそこまでの目利きだとは思わなかったね」


 ――大人になってたら、古物商か何かとして成功したかも。


「それもいいな。できれば、私の跡をついで、医者になってほしかったんだがね」


 ――それは、初めて聞いた。


「あの子にだって言わなかった」


 ――でも、理系のクラスだったし、頭すごく良かったからありえたのかも。


「そうだな。私が言わなくても妻が言っただろうし、無意識に私たちが働くイコール病院ということをすりこんでいただろうしな」


 ――あれ、お母さんって専業主婦じゃなかったんですっけ?


「いや、あれも看護師だ」


 ――見たことないです。


「そうだな、妻は入院患者の看護が主だから」


 ――そうだったんだ。きっと、諸井さんもお医者さんとか目指してたんだろうな。


「ああ、いい子だった。親の期待に背いたこともなかったんだ」


 ――だから、いっそう自殺だったのかもしれないって思うんですね?


「そうだね。どこかで無理をしていて、たまりにたまった何かがアンナを内側から壊してしまったのかもしれない、と」


 ――分かりました。どうも、今日は話してくださってありがとうございました。


「こちらこそ、ありがとうございました」


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