第7話
鉄棒の前まで連れてこられた私は、悠斗君から場所指定を受けて近くの木陰へと移動する。
体が弱い私を気遣って日陰に?という考えがよぎったが、直ぐに彼の年齢とこれまでの言動を思い出して気のせいだと思いなおす。
そんな、悠斗君にとっては失礼な事を考えているなどと微塵も顔には出さず、指示に素直に従って所定位置に立つ。
それを確認した彼は「見てろよ」と念をおした後、鉄棒に向かうと軽く飛び上がる事で体を鉄棒の上へと持ち上げると、そのままの姿勢を維持した。
小学生未満の子には少々難しい動作を難なくして見せた彼に、私は「お~」と素直に感嘆の声をあげることで彼を称賛する。
実際、幼稚園くらいの年齢の子は全体的に筋力が未発達なので、鉄棒にぶら下がったりするくらいなら問題ないが、準備姿勢へと体を持ち上げて、なおかつ維持し続けるのは普通に凄い。
私の反応が余程嬉しいのだろう。
「こんなの簡単だよ」と必死にポーカーフェイスを貫こうとしているが、頬や目尻から隠しきれない喜びが見え隠れしている。
分かる。分かるよ悠斗君。
気のなる異性に自分の特技等を褒められると、嬉しくなるよね。
でも、ここからが肝心。天狗にならないようにしないと、ミスをしたりして、せっかくの好感度が下がってしまうよ。
と、当事者なのに傍観者的な事を考える。
実際、悠斗君には申し訳ないが、いくら私の気を惹いたところで彼の望む結果には繋がらない。
こうして自慢に付き合っているのも、大人が子供の面倒を見る的な気持ちと、彼に対する僅かながらの罪悪感からである。
「……ん?」
ふと、彼の指にイラストキャラクターがプリントされた可愛い絆創膏が貼られている事に気付いた。
幼稚園側で好き嫌いが分かれそうなイラスト入りの絆創膏を使っているとは思えないので、彼の家の人が貼ったものだろうか。
そんな何気なく見つけた絆創膏に注視していると、中心にあるガーゼ部分が黒ずんでいるのに気が付いた。
血が滲んでいるのだろうか?
昨日の“俺の女”宣言時には傷なんて無かったし、あの後にした怪我の傷口が開いてしまったのかもしれない。
鉄棒という腕力……握力を必要とするスポーツをするには少し危険だ。子供という要素を加えれば、尚更である。
まだまだ自慢したいことがある風な彼には悪いが、怪我をされては困るので中止してもらおうと一歩踏み出した瞬間、自分の判断が遅すぎたことを見せ付けられた。
「痛っ!」
「悠斗君!?」
何か技を繰り出そうとしたのか鉄棒を強く握った瞬間、彼の表情が痛みで歪むと共にズルリという怪我をしていた手が鉄棒から離れた。
プロでもない彼には支えの一つがなくなっただけでアウトであり、案の定バランスを崩した……鉄棒から乗り出すかのように前のめりで頭から地面に向っているという、最悪な状況。
丁度、彼に少し近付いて声をかけようと一歩を踏み出していた私は、前に進もうとした足を更に踏み込んで加速させて、飛び出すかのように彼の元へと向う。
事前に動き始めていたことや瞬発力には自信があるが、突然の事態で自分自身が動揺している事から、間に合うかは五分五分だろうし、仮に間に合ったとしても今の体で彼を受け止めることができるのかは微妙な所だ。
しかし、だからといって彼を見捨てることは出来ない。
大人が子供を守るのは当然と言う責任感からか……
想いを寄せてくれる相手を助けたい好意からか……
直感的に感じた死から逃げたい恐怖心からか……
世界がコマ送りのように遅くなる錯覚を感じる。
“走馬灯”という単語が頭の隅に過ぎるが、気にせずに足掻きとして前へと右手を伸ばす……手が布ような何かに触れた。
間に合った!と思う暇も無く、胸に勢い良く硬い何か---悠斗君の頭が激突すると体格差からなのか、受け止めるまえに私の足から、地面の感触が消える。
咄嗟に両手を体の前に円を形作るようにして、あるであろう悠斗君の体を抱きしめて……
ゴンッという鈍い音と、鈍器で殴られたかのような激痛を頭部に感じた瞬間……私の意識は途切れた。