第6話
男から女へという転換付きの生まれ変わりを経験し、幼児期の羞恥プレイを耐え抜いた私は、ある程度の出来ごとには動じないという自負を微かに抱いていた。
しかし、ただの思い過ごしだった事を痛感することになる。
「お前、今日から俺の女だからな!」
「……」
愛華ちゃんや千尋ちゃんの間に挟まれ、せがまれるがまま、二人の似顔絵を描いていた時に、同じクラスの男児に呼ばれて、何事かと思った矢先の“俺の女”宣言。あまりにも突然の事態に、理解が追いつかずポカンとした表情をしてしまった。
たしか彼の名前は、橘 悠斗君。何処かの企業や資産家の御曹司とかではない“一般”とこの幼稚園では分類される家の一人息子だったはず。
「弱っちいお前を俺が貰ってやるんだから、ありがたく思えよ!!」
理解できずに固まってしまっている私に気づかずに、彼は少し頬を染めつつも上から目線の台詞を言いきると走り去ってしまった。
すると、私の代わりとでも言うのか両端にいた二人が彼に対して過敏に反応した。
「ヒドイ!優衣ちゃんはモノじゃないのに!!」
「私、ああいうのキラい!!」
プリプリと怒りを露にする二人を見ることで、ようやく理解が追いついた私は二人を宥めつつ、先ほどの言葉を頭の中で反芻していた。
言い方はヒドイ物だったが、あれは告白で間違いない……はず。
彼との接点が殆どなかったので人柄は良く知らず、あれが素なのか単なる照れ隠しで言葉が荒れただけなのか……時折見かける姿を思い浮かべるに、相当なヤンチャ君だったから半々といったところだろうか?
しかし、彼の告白(?)により保留にし続けていた問題を改めて考えることになった。
今の私は、当然ながら女の子である。あと、自惚らせてもらえるなら“美”がつく女の子だ。
現在の容姿では幼女趣味に好かれるだけだろうが、このまま成長すれば……ウザったい事になるだろう。有象無象の男達が寄ってくるという意味で……。
両親を安心させるため、少しでも耐性をつけるため、女性―――少女らしい女物の服装や女児グループと一緒になってママゴトや人形遊びをしてはいるが、猫を被りながら事を黙々とこなしているだけで心は“男”の感性が現在も生き続けている。
いずれボロが出ると分かってはいるものの、男性として生きてきた20年以上の月日で染み付いた“男の感性”というモノが、女性に生まれ変わってからの僅か数年程度で変わることなど無理だし、前世では恋愛なんて学生時代に体験しただけの私が、男性と恋愛をしたり結婚したりという未来図を想像出来るわけがない。
仮に思い浮かべる事ができたとしても、外見的同世代と付き合えば精神年齢的に自身がショタコンにでもなった気分になるだろうし、かといって精神年齢を合せようとすると今度は相手にロリコンという烙印が捺されてしまう。
独身で居続けるのも家柄上、長女ということもあって難しいので恋愛小説で使われる事がある“愛があれば年の差なんて気にならない”に期待するしかない。
最終結論。時の流れに任せるしかない。
結局、以前にも辿りついた答えへとなってしまうだけであった。
一応の自己完結で締めくくったものの、当然自分の中での解決なので両隣りにいる二人は納得などしておらず、宥めてはいるものの未だにプリプリと怒った顔を浮かべ続けている。
私の為に感情を露わにしてくれる姿に、可愛らしく怒っている姿も合せて微笑ましく思えたりはするが、そろそろ落ち着いて貰わないと、二人の行動力の高さから何をするかわかったものではない。
仕方ないので、個人的には未完成ながらもクレオンで描いた二人の似顔絵をプレゼントする事で、機嫌を直してもらおう。
……なんで自分の問題なのに、二人の機嫌を取らないといけないんだという指摘は、無しの方向でお願いします。
しかし、この時の私は失念していた。
二人の行動力の高さは個人的ではなく、年齢的なものも含まれているという事を……
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騒動?の翌日、母の運転する車で登園した私は、既にいる知人や先生と挨拶を交わしつつ、絵本などの置かれている場所へ向った。
既に登園している子達が追いかけっこ等をしているの目端に捉えながら、入園してからの日課である読書へと移るためだ。
以前にも言ったが、私は瞬間的ならともかく常時、他の子等のように駆け回る事が難しい。まあ、遊びの時の子供の体力が異常とも言い換えることも可能だけど……。
となると、自然とインドアな行動になっていくのだが、そういったものは女の子が中心の場合がほとんどで、知人の女の子たちの輪の中に入るのは少々勇気がいるのだ。
愛華ちゃんや千尋ちゃんが居れば、ついでにといった感じで加わる事も可能なのだが二人の登園はいつも遅いので、消去法として一人でも出来る読書となるわけである。
絵本だけしかない。と当初は悲観していたものの、読み始めてみると意外と面白いのと分かった。
さすがに私大付属だけあって?それなりの蔵書を誇っており、本の内容から何を訴えているのか等を考えながら読んでいると楽しい。
そして、今日も今日とて読書に勤しもうかと絵本を持って、特等席になりつつあるクッションに座ろうとした時だった。
「よう。結衣!」
「……?」
少し乱暴な男の子の声が、私の名を呼んだ。
男の子で、私の名前を呼ぶ相手など一人もいないはずだが、口調からして一人の男の子が脳裏をよぎる。
振り返って姿を確認すれば、予想通りの相手……悠斗君が、少し紅くなりながら私を見ていた。
「……おはよう、悠斗君」
「っ、おう!」
私が少し微笑みを加えた挨拶をすると、パァと顔を明るくして元気に応答する。
ちょっと言葉使いが乱暴すぎる感じだけど、昨日からの様子を見る限りは悪い子ではないのだろう。
現に顔の紅潮が、微笑みを向けてから濃くなった。子供らしいというか、分かりやすいと言うか、そんな初々しい反応に自然と笑みが零れる。
そんな私の内情を知るはずも無い彼が、この笑みをどう解釈したのか?
嬉々とした表情で何の前触れもなく、私の腕を掴むと鉄棒を指で指し示しながら
「お前に、俺のスゲェ所を見せてやるよ!」
「ぇっ?……あっ、ちょっ……!?」
この年代の子等は、人を突然引っ張るという行為がブームなのだろうか?
昨日に続き、今日も突然の引力に思わず転倒しそうになるが今回も寸前のところで踏みとどまれたものの、彼を止めるタイミングを逃してしまった。
無理に歩みを止めるという拒絶方法もとれるのだが、二つの意味で“元”男の子だった私としては好きな女の子に優れている所を見せつけたいという気持ちも分からなくない。
どうせ、彼の誘いを断って戻ったとしても読書を再開するだけだし、愛華ちゃんと千尋ちゃんが登園するまでの間だけでも、付き合ってあげるとしよう。
この判断が、大きな間違いであったのを理解したのは、既に……