第4話
赤子の時期は羞恥心との戦いとあって、時の流れが恐ろしく遅く感じていた。しかし……
「優衣ちゃ~ん?準備できた?」
「大丈夫ー!」
遠くから聞こえる母の問いかけに、大声で応える今年で三歳になった俺―――いや、私。
私立大学の附属幼稚園へと入園式を数時間後に控えた今、赤子の時期は意外と短かったことに対して感傷に浸ったりしている。
傍から見たら、物憂げな表情をする三歳児というシュールな光景に見えたことだろうが、幸いというべきか両親は入園のための準備の最終確認等で忙しく、私の変化に気づく暇はない。
というか私は所謂「良い子」なので、一人っきりになっても心配されることはないというのもある。
流石に、外を一人でというのはあり得ないが、包丁や火があるキッチンや滑りやすい浴室などの危険な場所以外では自由に行動させてもらえている。
まあ、母と一緒に家事手伝いをしたり、体力つくりを兼ねて父と家の中でプロレスごっこをしたりと、自由に行動できつつも、私の活動範囲はリビングを中心として狭い範囲に収まってしまっているのが現状だ。
いや、隠れて調べ物……前世の逝去日と、今世の誕生日の年月日が一致しているかの確認はしたけれど……。
「お待たせ優衣。幼稚園に行くよ」
「はい」
「……あっ、いや。ちょっと待った優衣」
スーツをピシッと着こなした父が、リビングで何とはなしに教育番組を見ていた私を迎えにやってくる。
返事をして、直ぐに父の元へと向おうとするのを、手のひらと声で制止をかけられた。
何事かと思ったのも一瞬で、懐からデジカメを取り出すと笑顔で此方にレンズを向けてきた。
ああ、コレか―――
「もう何枚か撮っておきたいから、そこに立っててくれ」
「……はい」
今日に入って5度目の、娘を被写体にした父の撮影会が始まった。
1・2回目くらいの時は、子供の成長を記録しているだけだからという思いから、素直に従っていたが、こう何度もあると少しウンザリしてしまう。
だが、ここで癇癪を起こすほど子供な精神をしていないし、母も含めた両親には乳児時代の現実を受け入れるまでの間、多大な心配等をかけてしまったという罪悪感があるので、可能な限りは希望に応えてあげたいと言う思いもあって、撮影会を拒否できずにいる。
というか、現在進行形で迷惑ををかけている最中だったりするのだが……この話は、今するものでもないだろうから、また今度。
と、少し現実逃避的な無駄な思考を巡らせつつも、着替えの際に見た自分の姿からすれば、何度も写真を撮りたくなるのを分かるけどね。と父に少し同意をしてみたりする。
ブラウスは、ピンタックとフリルのオーバーブラウスデザインで、身体のラインに合わせるようにウエスト・ダーツが入り、スカートは膝丈で、青と紺のチェック柄の人気らしい二段フリルで可愛らしく。
ブレザーは、黒に近いブラウンカラーであり、ウエストから下にギャザーが入っているので、スーツスタイルのカッチリとした中でも女の子らしい柔らかさを演出している。
現在の服装はこんな感じ。
そして、それを纏っている素体はというと
クリッとした茶色がかった瞳に、ふっくらとした唇、背中の中ほどまで伸ばしている髪の毛は、左右の一房ほどの髪を三つ編みにして、両サイドから後ろにまわして纏めている。
これは変則系のハーフアップで、男性向けの用語としては“お嬢様結び”といえば分かりやすいだろうか?
清楚感のある髪型であり、母譲りの綺麗なサラサラとした柔らかい髪質、顔のつくりと精神年齢からくる変に落ち着いた態度が、私をお嬢様らしく見せてしまっている。
自画自賛と思われるかも知れないが、事実であることには変わりなく、姿見で今の容姿を見たときは「誰だ。お前」的な感じで数秒ほど鏡の中の自分と見詰め合ってしまったほどだ。
そのおかげで、両親には生暖かい視線を貰ってしまうほどに……まあ、世の紳士達に気に入られそうな容姿とも言える。
しかし、先送りをしてきた問題とはいえ、女の子の服装をする自分という構図に少なからず、抵抗感を感じたりしてるのもあったりもする。
正直に言うと、スカートも股がスースーして落ち着かないので、ズボン系が良いなぁと思ったりするが、この歳でズボンを穿いての入園式とか難しいのはわかっているし、先ほども言ったが両親の希望を出来る限りかなえてたいという思いから、我慢して穿いている。
それに、“女”として生きることを決めた以上は、中高生にでもなれば制服のスカートを嫌でも穿くことになるのだから、今のうちに馴れてしまったほうが後々のためでもある。
「キレー!」
「キレー!キレー!」
「うおっとっと!」
取りとめのないことを考えつつ、父の要求にしたがってポーズをとりながらの撮影会に、騒がしい声が二つ響くと共に、声と同じ数の何かが弾丸のごとく父の背へ体当たりしていった。
その衝撃に、撮影に夢中になっていた父はデジカメを落しそうになり、カメラをお手玉のように転がす。
そんな父の慌てぶりに、体当たりをした何か―――服と若干の髪型の違い以外は瓜二つの子等―――は、キャッキャッと楽しそうに笑う。
そんな二人は私の一つ下になる双子の兄妹で、名前は冬に生まれたので男の子は冬也、女の子は真冬という。
下世話な話だが、私が寝ている隣であっても二人は愛を育んでいたということである……まあ、私が夜泣きを余りしない楽な赤ちゃんであったのも、間接的に関係しているのかもしれない。
二人が生まれた当初、私と同じ転生者かもしれないという憶測から、観察したり確認したりしていた。
傍から見れば、初めて見る赤ちゃんに警戒しつつも興味津々でチョッカイをかける幼児という見た目相応の行動をしていたと思う。
当時は、そこまで考える余裕はなく二人の正体を暴くことに躍起になっていたが、結局二人は私のような特異者ではない事がわかっただけであった。
この結果に、安堵が7割の落胆が2割、寂しさ1割という自分でも良く分からない気持ちを抱いた。
母が普通の子供を生んでくれたことに対する安堵?予想が外れた落胆?秘密を共有できる仲間が出来なかったことによる寂しさ?
……今でも、よく分からない。
でも、家族が増えた喜びはあるし、これからも持ち続けるであろう。
それに、両親には勿論のこと、姉である私にも懐いてくれている。良い娘であると同時に、良い姉でいようと思えるほどに……。
と言うことで姉としては、少し危険な行動をしている二人にはやんわりと注意をしておくとしよう。
「冬也、真冬。急に抱きついちゃ駄目だよ」
「「は~い!」」
私の言葉に、手を挙げて元気に返事をする双子。
……何割ほど内容を理解してくれたのか、不安になる反応は……案の定、殆ど理解してくれなかったようで、運悪く背を向けていた父に対して再度の体当たり攻撃を食らわせて騒ぎ始めた。
“魔の2歳児”とも呼べる時期なので、こうなることは予想していたから怒るよりも「やれやれ」と言った苦笑いが出てしまう。
しかし、私の時は両親からアクションをかけないと遊ぼうとしなかったので、嬉しいのだろう。
父は困った顔をしつつもカメラの安全を確保した後に、軽く注意をするだけで双子の相手を笑顔でし始めた。
私とでは出来ない、子育ての楽しさを……。
無邪気に戯れる父子の様子を見つつ、少しだけ悲しくなる。
私の場合は、無意識に両親の様子を伺いながらの遊びとなってしまうので、どうしても双子のように無邪気に振舞うことが出来ない。
そんな雰囲気に気づいているのか、両親も俺の顔色を伺いながら私と遊ぶという感じになってしまい。遊んでいるのか?と疑問を抱かれるような、ギクシャクしたモノとなってしまうのだ。
だから……と思う。
冬也と真冬には、私とでは実現できなかった子育ての楽しさや喜びを、両親に体験させて欲しいと。
損得勘定や相手の様子を伺うような打算的ではなく、純粋な感情を向けてくれる子供と過ごす忙しくも楽しい日々を……。
気が付けば自虐的な思考に陥った私の身体が突然、宙に浮いた。
「ひゃっ!?」
「こ~ら。優衣ちゃんは、また難しいこと考えてる!」
頭上からする母の声に顔を上に向ければ、淡いブルーの清楚なドレスを身に纏った母がムッとした表情で俺を見つめていた。
というか、落ち着いたドレスを着ているのに子供じみた表情が似合うとか、童顔にもほどが――――――いや、なんでもないです。
「優衣ちゃんは確かに賢いけど、子供には変わりないの。子供は、親に甘えることが仕事なのよ」
「……お母さんが、甘えられ――――」
「当然でしょう。娘と仲良くしたいと思わない母親はいないわよ~」
私を抱きしめて、「うりうり~♪」と頬ずりをしてくる。
こんなことをすれば、せっかくの髪や服が乱れてしまうのだが……分かっててやっているんだろう。私のために……。
まったく、母親とは凄い存在である。
「むっ、優衣ちゃん。ちょっとお母さんを馬鹿にしたでしょう?」
「へ?」
「お母さんを馬鹿にした罰よ~。こちょこちょこちょ~♪」
「ひゃっ、ちょっ、まっ、あははははっ、やっ、やだーっ!」
「ふふふっ、私が満足するまで擽るのは辞めないわよぉ~」
「あははははははははははっ!」
前言撤回。
母は、双子と同じ無邪気な人だ。