第2話
新しい人生を歩むと決めてから、早数ヶ月。
両親の会話から生後6ヶ月となったらしい俺は、運動を兼ねた“はいはい”をしながら家の中を散策していた。
「優衣ちゃん。こっち追いで~」
「優衣ちゃん。ほらほら、ネコさんだよ~」
「……」
だが、そんな俺の邪魔をする存在……前方から裏声で自分を呼ぶ男が二人。
俺は男達の誘いをプイッと顔を逸らすことで拒絶の意思を明確してから、彼らへ背を向けるように方向転換して散策を再開する。
「ありゃりゃ、随分と嫌われちまったなぁ」
「まあ。先輩はオッサンですかr――――いだだだだっ!?」
「あ~ん?誰が加齢臭がするって~?」
「ちょっ、そんなこと言って――――いだだだだっ!」
騒がしい大人の声を背中に受けつつ、誰からも見えないようにして小さくため息を吐く。
ため息の成分は、後ろの大人たちに対してと、自分の軽率な行動に対してだ。
【生後6ヶ月にして、言葉を理解し話す事のできる天才赤ちゃん】
コレが俺の現在の評価である。
事の発端は定期健診で病院に訪れた際、医師の質問にボディーランゲージで応えていた姿を、テレビ局に勤める人間に見られてしまったことだ。
俺が言葉を理解し、片言ながら辛うじて言葉を話すことは両親は当然として、俺の担当医師と数名の看護師は知っていた。
だが、両親からは俺の身体面を考慮して無用な騒ぎにはしたくないと、秘密にして欲しい事を病院に願い出て、病院側も両親の意思を尊重し、担当医師と併せて担当看護師をつけることで情報漏えい防止の協力姿勢をとってくれた。
まあ対価として、俺の定期健診の期間が年単位で延びたのだが……。
普通に考えれば、俺が見た目相応の対応をとっていれば良いことなのだが、出来る事や分かる事を出来ない、分からないと偽るのは、予想以上のストレスなのである。
すでに、繊細な乳児の身体で生死の境を彷徨っていた過去を持っている以上は、過敏すぎる警戒によるストレスは危険であった。
なにより、これ以上は両親を不安にさせたくなかったし、俺の反応一つ一つに大はしゃぎする二人を、見続けたかったという下心もあった。
しかし、マスメディアに俺の存在がバレてしまった現在。
両親には、あの手この手で押し寄せる取材や出演依頼を断り続けるという負担を、強いらせてしまっている。
本末転倒とは、このことを言うのではないだろうか?
「優衣、追いで」
「あ~う~っ」
大人では数歩の距離にいる、交渉中の両親の元へ移動していきた俺を、母が気づき抱き上げてくれる。
母の名前は“葵”
今年25歳になったばかりであり、スラリとしたモデル体系から柔らかい雰囲気を感じさせ、黒のロングヘアが良く似合う美人である。
俺は毎日、この女性からおっぱ……いや、墓穴を掘りそうだから、これ以上はよそう。
そんな母が俺を抱き上げ、綺麗な笑顔を向けてくれる。
純粋に愛情が篭った笑顔は受けるだけでも心が温かくなり、自然と此方も母に対して精一杯の笑顔で応えたくなる。
絵になりそうな母子の様子を、隣に座っていてた父も微笑みながら眺めている。
父の名前は“幸樹”
30歳になる俳優の舘ひ○し似のダンディなオジ様で、IT企業に勤めており、話の内容的にそれなりの地位に就いているらしい。
見た目が少し幼い母と、男の色気が漂わす父。
ちょっと犯罪臭がしたりしなかったりする我が親とはいえ、美男美女である。
そんな二人の遺伝子を俺が継いでいるのだから、今は保留にしている性別を脇に置いておいても、俺の将来は有望であるだろう。
今世ではまだ、鏡を見てないので現状の容姿については、なんともいえないが良い部類に入っているはずだ。
そんな取りとめもない事を、母に抱かれながら考えていると、俺の乱入をキッカケだったようで、両親は今回尋ねてきたメディアの人間へキッパリと断りの旨を伝えると共に、まるで追い出すかのように帰らせた。
「またお邪魔します」と捨て台詞をしていったが……。
「やっと帰ったか……」
「あなた、お疲れさま」
「優衣のためと思えば、コレくらいなんともないさ」
「あ~う~あ~お」
「そうかそうか。私も優奈のことを愛してるぞ~」
“ありがとう”と言いたかったのだが、“愛している”と聞こえたらしい父は俺を抱きしめて頬ずりをするのだが、髭がこすれて少し痛い。
とはいえ、俺が起こした騒ぎでもあるので父の心労が少しでも軽くなるのであれば、我慢しよう。






