第1話
ズブリッ……
頭の中で、何かを突き刺すような擬音が響いた。
「……アッ……ガッ……!?」
「ひ、ひひっ……ひゃははっ、ひゃははははっ!」
痛覚と言う感覚が今までにない程の悲鳴をあげて、俺の体の異常を伝えてくる。
俺の後ろからは、狂ったような男の笑い声が響く。
何が起きたのか?
視界が赤く染まり、痛みから喉が引きつり、考える余裕が生まれず、ただ体が訴える異常に悶えるだけ……
そして、急に痛みが無くなり睡魔が襲ってきた事で、現状を理解すると共に人生が終わる事も理解できてしまった。
簡単な事だ。
どっかの誰かに背中を刺されて、これから俺は死ぬということ。
(ああ……。父さん、母さん……先立つ不幸を、許して、くれ……)
20代の男としては、少しズレた言葉を思い浮かべ……俺は意識を手放した。
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……沈み込んでいた意識が持ち上がるかのような浮遊感を感じ、俺は目を覚ました。
いや、正確には起きる瞬間の現実と夢の狭間を体験している。
(あれ?俺……生きてるのか?)
段々と意識が覚醒していくのに伴い、俺の耳には微かだが一定のリズムを刻む電子音―――ドラマやドキュメンタリーで聴いたことのある心電図の音―――が聞こえる。
大方、集中治療室的な場所に俺は寝ているのだろう。刺された時の痛みは尋常ではなかったし。
(親不孝者にならず、済んだ、か)
独り息子として大事に育ててもらった両親を悲しませる事が無くなり、ホッと安堵するのと併せるように、俺の意識は覚醒した。
目覚めたばかりなのか深い霧がかかった視界ながらも、俺の周囲に青っぽい服……たぶん滅菌服を着た人達が俺を覗き込んでいるの分かる。
「―――く―――――る―――」
「――――な!ゆ―――!」
俺が目を覚ましたことに気づいたのか、俺に呼びかける声と泣きながら何かを叫んでいる声が聞こえる。
自分がせいではないと思うが、心配させてしまった事に申し訳なさを感じて、自分が無事だという意思表示のために笑顔を作りながら片手を挙げようとして―――
ゴンッ
(……え?)
微かに動かせた手が、何か硬いものに阻まれた。
さらに、段々と視界がハッキリとしてくると、自分が何らかのケースに入っている事が確認できた。
と同時に、壁に阻まれたままになっている手が、何か暖かいものに触れる。
(人の……手!?)
ケースの一部に手を差し込む場所があり、そこから俺の手を触れているのが視界の端に見えているのだが……問題は、俺の手と触れている手の対比。
俺は既に成人しているし、体格も“線が細い”と評されることはあっても平均的であったはずだ。
それなのに、俺の手よりも一回りも二回り――――いや、そんなレベルではないほどの巨大な手が、俺の手と腕を撫でている。
なにより、俺の手が赤ちゃんの手のような小ささが、混乱している俺の意識を錯乱へと進化させる。
「心―――!」
「――――!?――――!?」
俺の錯乱を敏感に感じ取ったのか、異常を訴えるかのような心臓に悪い電子音が周囲から響き始め、慌てた声と悲痛な叫びが俺の耳へ、言葉ではなく音として届いてくる。
だが、息苦しさと心臓が破裂しそうなほどの鼓動を繰り返す体の悲鳴に、反応を返すことが出来ない。
こうして、俺の感覚的に連続しての気絶をするのであった。
今この状況が酷い悪夢であることを願いつつ……。
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「優衣ちゃんが、目を覚ましました」
「……ふぅ。今回も無事に乗り切ってくれたか」
俺が目を覚ますと同時に、頭上から看護婦と医者の会話が聞こえてきた。
そして、俺は夢ではなかったという現実を、また味わう。
……いや、違う。コレは、夢なんだ、夢のはずなんだ!!
「心拍数上昇!?浅表性呼吸が出てます!!」
「くそっ、またか!!」
息苦しさと、朦朧とする意識。
もう、何度目かになるのか分からないほど体験した感覚。
次こそはという期待を胸に、俺のまた意識を手放した。
“――――――”という人間は死に、その前世とも言える記憶を保持したまま“優衣”という人間として転生した。
そんな現実を受け入れられず、俺は覚醒と昏睡を繰り返した。
しかし、目が覚めるたびに変わらない現状に打ちのめされて、まるで現実を理解しろと怒られているかのように、見舞いに来る若い男女―――たぶん両親が見るたびにやつれていく姿を見て、罪悪感のようなものが心へと突き刺さる。
そうして、ついに限界に達した俺は……完全に納得はしていないが、現実を受け入れた。
姿がまるで違うのに、前世の両親と今世の両親がダブって見えたのが決め手である。
納得したことで、精神面が一先ずの安定を向かえるのと比例して、身体も方も次第に落ち着いていき、俺は一般病棟に移され、そして今世の母親の腕に抱かれながら、退院した。
まあ、当分は定期健診を受けることになったのは当然と言えば当然であったが……。
しかし、ここからが大変であった。
前世の記憶持ちという事から、言葉を理解したり、辛うじて判断できる言葉を話したりすることが出来てるとはいえ、それ以外は一般的な赤ん坊と変わらない。
特に、身体が出来上がっていないので、自分の意思を持ってしても粗相を防ぐことが出来ず、両親に始末をされる瞬間などは羞恥心で死にたくなった。
また、異様に空腹になりやすく、精神的には同世代になる今世の母から授乳(俺の健康面から母乳)を受ける時など、自分が変態にでもなった気分になり食事の度に欝になりかける。
だが、これらの精神攻撃?のおかげで俺は半ば自棄になりつつも、消極的肯定であった現世に対する認識を肯定的な認識へと変化していった。
あるがままを受け入れよう。と
そして、この瞬間。
俺は今世を生きていくことを考えるようになったのだった。