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1-3

 案内所に着くと、そこには会議室とかに放置されていたような机とパイプ椅子に腰かけ、濃紺色の軍服を着た中年風の男が二人座っていた。机の前には、左側の男の前にだけ同じようなパイプ椅子が置いてある。

 俺以外の学生はほとんど受付を終わらせたのか、俺の前に並んで何か説明を聞いていた丸刈りの男しかいない。左の男の指示に従い書類に何かを記入してから、右に移動し右側の男から封筒に入れられた何かを受け取るらしい。

 丸刈りの男が椅子に腰かけ書類を記入してから右にずれるのと同時に、一歩前に出る。


 前の奴の後処理をしているのか、俯いて何か作業していた男が俺が目の前に来た事に気付き顔を上げる。キツネ目で、どこか意地の悪そうな雰囲気の男は、無愛想に手元の書類と使い古されたボールペンを俺の前に置いた。

「これ、こことここに住所と名前記入して、その横に受験番号の記入。全部書いたら次のページのアンケートに答える事」

「はぁ…」

「それが終わったらそれ提出して、隣で必要書類とか入った封筒渡すからそれを受け取ったら終わりです。その後の事は中の紙に全て記載されています」

 男は事務的な説明をさっさとすると、再び自分の作業を始めた。

 とりあえず目の前の椅子に腰かけると、指示された箇所に自分の名前と住所を記入していく。渡されたボールペンは残りのインクが少なくなっているのか、所々文字が擦れてしまいその度になぞるようにして線を濃くする。

 最後に受験番号である二十七番を記入し、書類を一枚めくる。次の書類は、健康状態やスポーツ経験の有無に関する質問だった。該当項目にチェックを入れていく回答方式で、さらさらと答えていく。

「これ、全部終わりました」

「じゃあ、次は隣で封筒を受け取ってください」

「はい」

 目の前の男に書類とボールペンを返すと、軽く記入漏れなどの確認を行ってから次の指示が出される。椅子から立ち上がりそのまま隣の男の前に立つと、俺と入れ違いで新たに椅子に腰かける奴がいた。ちらっと横目で見ると、いかにも勉強ができます、といった見た目の女だった。目元は真っ赤になり、受験票を持っている手は白く生気が無かった。よっぽど不合格がショックだったのかもしれない。

 

そんな事を考えていると、目の前の男が書類が楽々入りそうな大きさの封筒を俺に渡してきた。

「藤崎春人さんで間違いないですか?」

「はい、そうです」

 たったそれだけの確認の後封筒を受け取る。封筒には、俺の名前と出身中学名が印刷されていた。手に取ってみると、意外と中身がずっしりと感じられる。

 そのままそこに立っているのも変な感じがしたので、とりあえずその場から離れ、正面玄関の辺りで立ち止まる。

 ちらっと合格者の方の案内所に視線を向けると、合格者はその後制服の採寸でもあるのか、解散せずに校内へと案内されていた。案内される奴らの表情は、自然と笑みが零れてくるのか全員が笑顔だった。

 それに比べて俺は、どこか苦虫を噛み潰したような表情をしているのかもしれない。

 先ほどまではそこまで不合格の実感は無かったが、様々な手続きを済ませてからじわじわと実感がわいてくる。

 

渡された封筒には高校の名前ではなく、軍隊の名前。

 制服の採寸も実施されず、学校の隅での手続き。

 

 本当であれば、俺も今頃は制服の採寸を行い、歩と一緒に今後の事を話していたのかもしれない。まさか自分がその光景を羨みながら、軍入隊の封筒片手に家に帰る姿など受験前の俺は考えもしなかった。

 兵役制度前に高校に入学し卒業した兄貴達と同じように、高校に進み学力に自信があれば大学に進み就職。馬鹿だったとしても高校を出て就職。そんな人生が俺の目の前にはあると考えていた。

 

 現実は違う。

 近所の人や知り合いに不合格だった事を知られないように、鞄の中に封筒は押しこんで、さも採寸が早く終わりました、といった気持で家までの道を歩く。

 俺が不合格だなんて知ったら、家族はどんな顔をするだろう。

 母さんは悲しむだろうか。

 父さんは怒るだろうか。

 兄貴達は俺の事を馬鹿にするだろうか。


 考えれば考えるほど心臓がドクドクと高鳴り、家へと向かっている足の感覚が無くなってくる。

できる事ならば、これが夢だったと願いたい。

 そしたら起きてからすぐに勉強を始める。受験当日まで、他の奴らにも負けないほど努力する。約束する。


 様々な事を考えながら歩いていると、いつもよりも早く家が見えてきた。

 どこにでもあるような住宅街の、どこにでもあるような一戸建て住宅。

 家に入る前に見上げると、母さんが洗濯ものを取りこんでいる姿が見えた。

 ふと空を見上げると、すでに日が傾きかけていた。うっすらと暗くなってきた空に、青白い月が浮かんでいる。


 そのままどこかに逃げ出したかったが、今の俺にはどこにも行く場所が無い。

 諦めたように玄関まで行き扉を開ける。まだ俺が帰ってきていないためか、玄関の鍵は開いていた。

 鉛のように重たく感じる体を無理やり動かし、家の中へと入る。


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