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1-2

 どれくらいの時間、そこに立っていただろうか。先ほどまで俺の周りにいた、合格の喜びや今後の事に絶望なのか喜びなのかを感じ泣いている奴らも少なくなってきた。残されたのは、未だに現実を直視できない俺と発表時間に間に合わなかったのか、少し混雑が収まってから自分の番号を確認している奴。俺は何度も合格番号と自分の受験番号を照らし合わせてみたが、どこにも俺の受験番号は印刷されていなかった。


「春人?…あ、やっぱり春人だった」

 まだ自分の受験票を握りしめて、玄関の前に立っている俺を誰かが呼んだ。それまで凝視していた番号から視線を外し、声が聞こえてきた方へと視線を向ける。

 そこには小学生のころからなにかと仲が良い宮崎歩が立っていた。男にしては比較的長めの髪は、いかにも文学少年のような雰囲気を醸し出している。歩も制服に身を包み、いつも通学用に使っている学校指定の鞄を片手に持っていた。鞄を手にしていない方の手には受験票が。既に確認はしているのか、その表情はどこか解放された、といったように明るく俺には見えた。

「なんだ、歩か。…どうだった?」

「うん、あんまり自信は無かったんだけど、どうにかセーフだった」

どうせこの場で出てくる話題は一つしかない。どうせその後の手続きとかで、隠し通せるわけはないのだ。俺の方から結果について問いかけると、本当に喜んでいるのか満面の笑顔を浮かべながら頷いた。

「そうだよな。お前の家、全員頭いいもんな。父親は大学教授だし」

「いや、父さんは最近いろいろ忙しいみたいで、勉強とか教えてくれなかったんだよね」

 普段通りの調子で会話を続けていく。でも、どこか心の中で既に俺は合格した歩に対して劣等感を持っているのか、本当は言うつもりもなかった皮肉を口に出してしまった。

 歩の家族は、俺が小学生の時に都市部の街から引っ越してきた。なんでも、大学教授をしている父親が兵役義務制度に反対するグループの中心人物だとかで、比較的賛成者が多かった前いた街では居心地が悪くなり引っ越してきたらしい。引っ越してきた当初は近所でもその事で何かと話題になっていたが、いつの間にか反対集団の活動は落ち着き、歩達家族も俺達の街になじんでいた。

 それでも父親が大学教授と言うのは、俺達一般家庭の子供から比べたら珍しい。ましてや、国の決めた法律に反対する運動にまで参加していたら、子供心にもどこか一線を引いて接するようになってしまう。歩もその事で転校当初から嫌な思いをしてきたのか、極力父親の事は話したがらない。雰囲気的に俺達もお互いの両親の事は話さないよう、暗黙のルールを作っていた。

 でも俺はその暗黙のルールを破った。まるで俺が不合格だった言い訳みたいに。


「そういえばさ、あっちで高校の入学手続きやるみたいだよ。もう皆並んでるから、一緒行こう?」

 俺が不合格だったとはまったく考えていないのか、満面の笑みを浮かべたまま玄関から少し先にある入学手続きの案内所を指差した。そこには既に自分の番号を確認した奴らが、晴れ晴れとした表情で並んでいた。

 その反対側には、不合格者が並ぶ軍の入隊案内所が設置されていた。そこには散々泣いたのか、目の周りが赤く腫れぼったくなっている奴や、開き直ったのか同じ列に並んでいる奴と話して笑っている奴、合格者の列を恨めしげに見ている奴らが並んでいた。

 

俺が並ぶのはこっち。歩が並ぶのは向かい側。

今まで同じ小学校に通い、同じ中学校に通っていた俺たちは、多分ここで別れたら一生同じ道を踏むことは無いだろう。


「あのさ…」

「ん?」

 勝手に俺も一緒に合格したと勘違いしている歩に声を掛ける。

 列の方に向かって歩き始めていた歩は、足を止めるとこちらを振り返った。

 自分が落ちた事を知った時よりも心臓の鼓動が速い。今まで同じ立場だった歩に格下に思われるのが怖いのか、誰かに伝える事で改めて自分が不合格だったと実感する事が怖いのか。本当の事を告げようと口を開くも、すぐに閉じてしまう。

「どしたの?受験票忘れたとか?」

「いや、そうじゃなくて…」

 ここまで歯切れが悪い俺の様子に、ようやくどういった意味なのか察しがついたのか歩の顔から笑みが消えた。そして地面に視線を移してしまった。俺と同じように、どういった表情をしたら良いのか分からないのかもしれない。

「勉強しなかった俺が悪かったんだけどさ…うん。だから、お前はあっちの列に並んでこいよ。俺はこっちだから」

 俺達の間に漂う微妙な空気を払拭するように、無駄に明るく話す。どうにかこうにか笑みを浮かべると、乾ききってカサカサだった唇が割れた。血が滲んできたのか、唇を舐めると独特の鉄臭い味がした。

「ごめん。俺、まさか春人がそうだったなんて分からなくて…」

「謝る事無いって。俺が最初にちゃんと伝えなかったのが悪いんだし」

 申し訳なさそうに謝る歩に、俺は情けないようなへらへらとした笑みを返す事しかできなかった。それでも歩は視線を上げない。


 俺の方が辛いのに。

 何で合格したお前の方が辛そうな顔してるんだよ。


 そうこうしているうちに案内所の予定終了時刻が迫ってきたのか、それぞれの係の人が残っている奴らはいないかと声を掛け始めた。

「ほら、もうそろそろ行かないと。時間あるみたいだし」

 もうこの話題は終わりにしよう。

 そういう意味も込めて合格者の方の案内所を指差す。半数以上の合格者の手続きは済んだのか、列も短くなっている。同じように軍の入隊案内所も先ほどよりは列が短くなり始めている。


「うん…分かった」

 暫くしてから歩はこくり、と頷くと今まで見つめていた地面から視線を上げて、俺の顔を見る。その目には微かに涙が浮かんでいた。

 泣きたいのはこっちだ。

「俺は軍だけどさ、お前は高校行っても頑張れよ」

「春人も。俺、頑張って勉強する。だから春人は、怪我とかしないでね」

 まるで今生の別れのような台詞を言いながら、再び列の方に向かって歩き始める。俺もそれに続いて歩とは反対の、軍入隊案内所へと向かって歩き始める。



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