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07話 マールが残した言葉

 気がつくと僕は、草木が茂る坂道に倒れていた。


「ここは?」


 見たことのない景色に、戸惑いを隠せない。

 立ちあがって周りを見回す。高い山々に囲まれて、風がとても気持ちいい場所だった。

 眼下には湖があり、小さな白い花が咲き乱れている。


 人気はまったくない。

 だけど、僕のすぐ隣にユーリエが横になって倒れていた。

 紫の髪が緑の草と相まって、あまりの美しさに(しば)し言葉を失う。

 我に返った僕は弾かれたように、ユーリエに手を伸ばした。


「ユーリエ、ユーリエ!」


 片膝をついて、ユーリエの肩を揺らす。


「うーん……うんっ!?」


 清涼にそよぐ風がユーリエの(ほお)()でる。

 それで意識を取り戻したようだ。


「あ、カナク」


「ユーリエ、周りを見てごらん」


「え? あ――」


 僕はユーリエを抱き起こし、辺りの光景を見せる。


「わあ、きれい……」


 (かす)かな風が、吹いていた。

 それは森の木々を揺らし、坂を駆け上り、僕らを包み込んで消えた。

 湖は陽光を反射してきらきらと踊る。突き抜けるように澄み切った青空には、鳥たちの群れが我が物顔で()けていた。


 ふと、僕を誘うかのように、ぞくりと背中を()でた。

 視線を背後に向けると、生い茂った草の中に煉瓦造りの(ほこら)があった。


「ここは……マールの村だ」


「マールの村って、あの最初にマールが現れて、その、壊滅させちゃったっていう?」


「うん。たぶんそうだ。マール経典に書いてあった風景と、そっくりなんだ。ということは、ここはヴァスト山脈の南端だ」


「今は“幻惑の森”っていう、入ったらと二度と出られないっていう森の先にあるんじゃないか、っていわれてる場所ね」


「うん。でもここは幻術の世界だからね。えーと、あそこに石碑があるのかな」


「行ってみようよ」


「そうだね」


 どのみち、ここから行ける場所は他になさそうだ。

 僕はユーリエに手を差し出し、ユーリエが僕の手を取る。

 そして僕らは(そろ)って、祠に向かっていった。


「それにしても、これはどんな魔法なんだろう。あまりに強力すぎて、魔法じゃないみたいだ」


 周りを見渡し、歩きながら(つぶや)く。


「こんな魔法、アレンシアじゃ誰も使えないよ。この風景は幻術だけど、あの祠は現実だもん。あの祠から、この幻術の魔法が発せられているわ。だから間違いなく、石碑はあの中にある」


「やっぱり、そうだよね」


 ユーリエの言うことに間違いはない。

 祠に近づくごとに、強いマナと魔法の力を感じるから。


「マールは一体、どれだけのマナと時間をつぎ込んだというの……」


「経典によると、マールは石碑を建てる際、何ヶ月も最低限の食事しかとらず、雨水で喉を潤して、祠を作り、石碑にマナを送り続け、最後に魔法を仕込んだらしい」


「うはぁ、それは……きついね……がんばったんだね、マール」


 ユーリエが、悲しげな視線を地面に落とす。

 (うれ)いを帯びたその姿は、明らかにマールへの鎮魂だった。


 やがて僕らは手を(つな)いだまま、祠の目の前にやってきた。

 祠は、とても一〇〇〇年前のものとは思えないほど良好な状態を保っていた。正面には木製の扉があり、半球形になっていた。全体がうっすらと光っているので、この祠の煉瓦には発光岩が使われているのかもしれない。


 それにしても、マールは石碑巡りになにを見せたかったんだろう。

石碑に残されたマールの言葉を読めば、なにかわかるかもしれない。

 今に伝わる経典にはない、マール本人の言葉。

 やっと、それを読める。


「中に入ろうか」


「うん」


 ユーリエから手を離し、息を飲んで祠の扉に手をかける。

 ぐっ、と力を込めて押すと、音もなく扉が開いた。


「え?」


 僕は思わず声が漏れ、目を見開いた。


「どうしたのカナク……うん?」


 ユーリエも僕の隣にきて、言葉を失う。

 祠の中の部屋はそれほど広くなかったけれど、思ったよりも天井は高い。そして部屋の奥には台座があり、その上にはよく熟れたスイカくらいの大きさの、黒い卵形をした石が浮いていた。


「あれが、石碑?」


 ユーリエが首を(かし)げる。

 僕も、石碑と言うからには地面に立っていて、そこに言葉が刻まれたものだと思っていた。

 想像とあまりにもかけ離れた石碑の姿に、驚きを隠せなかったんだ。


「近づいてみよう、カナク」


「うん」


 僕が先に祠に入る。

 そしてユーリエが祠に入った、その時。

 扉がバタン、と激しい音を立てて閉まった。


「え?」


 僕らが振り返ると、発光岩だと思われていた壁や床、天井の煉瓦が一斉に光を失った。


「また暗いやつ~~!?」


 ユーリエが辺りを見渡すと、弱々しい声で僕に肩を寄せる。


「いや、今度は違うみたいだよ」


「なにが~~?」


「ほら、石碑を見て」


 部屋は暗くなっていく。

 その代わり、石碑が強く輝きだした。


「なにこれ、どういう――」


 ユーリエが言い終わる前に、石碑が妙な模様を浮かび上がらせる。


「あれは!」


 今日一番の強い声をあげたユーリエは僕から離れて石碑に近づき、その模様を凝視していた。

 その最中に、石碑から光が放たれる。


 光は宙に二重の円を描く。そして外周と内周の間に構文が走ると、もう一度、強く光り、八芒星の中に文章が浮かんだ。


 これは魔法陣だ。


 僕らはマールが広めた魔法を使う際、ワンドの先にマナを集めてこの石碑と同様、宙に二重の円を描き、心で念じながら外周と内周の中をワンドでなぞって、構文を流し込んでいく。その後、内周にそれぞれの魔法に応じた図形を描き、最後に魔法名を唱えてワンドの尖端(せんたん)を魔法陣の真ん中に差すことで発動させる。


 内周と外周の間に書かれた構文は本来、口に出して行うものだったらしい。

 しかしそれでは魔法を使うのに時間がかかるし、途中で詠唱を間違うと魔法そのものが発動しない。


 そこでマールは、魔法陣の内周と外周の隙間に着目し、ここに詠唱を構文化したものを、マナを込めたワンドでなぞることで、わざわざ詠唱しなくても魔法を発動できるようにした。これが一〇〇〇年後の現在でも魔法の標準として使われている。



 その行程を全て自動で行う魔法が、この石碑に封じられているんだ。

 魔法を自動で唱えさせる魔法……そんなもの、並の魔法使いじゃできっこない。


「マールの石碑に残された言葉って、石碑に直接刻まれているのかと思ったけれど、そういう意味じゃなくて、こういうことだったのか」


 やっぱりマールは天才だ。

 こんな魔法の技術は、今の世にすら存在しない。


 僕が感動しているのとは対照的に、ユーリエは石碑と、その石碑から出た魔法陣そのものに興味を示していて、真剣な眼差しを向けていた。


 さすがは最年少魔導師。

 魔法の効果よりも、その発動の仕組みが気になるようだ。


「ユーリエ、悪いけど先に読ませてもらうよ」


 僕が文章に目を向けると、ユーリエは慌てて、たたた、と隣にやってきた。


「い、一緒に見ようよ~」


「だったら、一緒にいてくれないと」


「ごめん! つい、あの石碑の構造が気になっちゃって」


「いいよいいよ、だってそれがユーリエっていう女の子だから」


「うむぅ」


 言い返せなくなった。

 少し言い過ぎたかな。


「さあ、マールの言葉を」


「うん」


 僕らは顔を上げ、宙に浮かぶ魔法陣の中に目を向けた。


○ ● ○ ● ○ ●


 彼といた時間は、とても短かった。

 すごく残念だったけれど、私たちはすぐ離されてしまったんだ。

 一緒に過ごした時間はごく(わず)かだったけれど、彼の印象は強く私の中に焼きついた。

 彼のお陰で、私は生きる希望を抱くことができた。

 いつしか私は、そんな恩人でもある彼にまた会いたいと強く願うようになっていた。

 それから数年が()ったある日。私は偶然、彼と再会した。

 きっと私のことを覚えていないだろうけれど、私は彼を忘れたことはなかった。

 胸がはち切れそうで、すぐ彼に声をかけたかったけれど、冷たくされたらと思うと勇気が出なくて、無為な時間を過ごしてしまった。

 彼と時間を共有したい。

 彼の(ぬく)もりを感じたい。

 彼が、ほしい。

 でも結局、なにもできなかった。

 諦めた私の時計は、そこで凍った。


                             双月暦五三二年 マール


○ ● ○ ● ○ ●


「これが、マールの……言葉?」


 僕は内容があまりにも意外だったので、目を疑った。

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