願い
そこからは、何日もかけ、狼や熊に気を付けて歩きました。
足を滑らせないように、崖から落ちないようにと、慎重に歩いて行きました。
そしてついに、村にたどり着きました。
村に入ったところで、ミシェルは駆けだします。
ミシェルは自分の家を通り過ぎました。
「おいおい、お前さん。家を通りすぎちゃったぞ。パズルを作らなくていいのか?」
ミシェルはロージーの言葉に耳を貸さないで走ります。
ミシェルが向かった先は、孤児院でした。
ミシェルは孤児院に駆け込みます。
そして、始めに見つけたシスターに声をかけます。
「シスター、ミリーは? ミリーはどこ?」
シスターは、いろいろと困惑します。
突然いなくなったミシェルが帰って来たのです。
今まで会話もしようとしなかったミシェルが話しかけてきたのです。
ですが、シスターにはミシェルが聞いていることがわかりません。
「え、ミリー?」
シスターは戸惑います。ミリーなんて言う子供は孤児院にいません。
ミシェルはリュックからロージーを取り出してシスターに見せました。
「ミリーのロージー、こんなになっちゃったんだ。ミリーなら直せないかな」
「えっと、そのライオンのぬいぐるみ、どうしたの?」
「わからない。僕がリュックを持って孤児院を飛び出した時、いつの間にかこのリュックに入っていたんだ」
ミシェルはそんなことはどうでもいいというようにシスターに詰め寄ります。
「それで、ミリーは? ロージーを直してほしいんだ」
ミシェルは、ロージーに声をかけます。
「ロージーからも何とか言って」
しかし、ロージーはぐったりとした、目も耳も手も足も取れて、傷がついたただのぬいぐるみです。何も話しません。
「ロージー、何とか言って。ねえ、ロージー、答えて!」
ミシェルがロージーに話しかけますが、ロージーはやはりただのぬいぐるみです。
そこへ騒ぎを聞きつけた院長先生がやってきました。
「院長先生! ミリー、ミリーはどこ? このぬいぐるみ、直るかなぁ?」
「ミリー?」
院長先生は、落ちかかった眼鏡をくいっと持ち上げると、ロージーを覗き込みます。
そして、院長先生は目を見開きました。
院長先生は、膝をついて、ミシェルと視線を合わせます。
「ミシェル、そのぬいぐるみはどうしたのですか?」
「わからない。ここを出た時に、リュックに入っていたんだ」
院長先生は、ミシェルに教えます。
「そのぬいぐるみはミリーがいつも抱いていたぬいぐるみです」
「それは知ってる。で、そのミリーは?」
「ミリーは、そのぬいぐるみを大事にしていたミリーという女の子は、ミシェル、あなたのお母さんです」
「「え?」」
ミシェルとシスターがそろって声を上げます。
「そんなはずはないよ。ミリーは僕に声をかけてくれて……」
ミシェルは思い返します。
ミリーはミシェルに声をかけてくれました。子供たちの周りで楽しそうにしていました。でも、ミシェルの他の誰とも話をしているのを見たことがありません。
もちろんミシェルはミリーのことも他の子供たちのこともどうでもいいことだったので、そんなことは気にもしていませんでしたが。
ミリーは僕に友達と遊ぶことを教えようとしてくれていたのかもしれない。
ミリーは僕に一人じゃないってことを教えようとしてくれていたのかもしれない。
ミリー、いや、お母さんが……。
そう、ミシェルは思いました。
ミシェルはまた孤児院を飛び出しました。
「ミシェル、待って!」
ミシェルを呼ぶシスターの声も聞かずに。
ですが、ミシェルが向かった先は、教会の裏にある共同墓地でした。
ミシェルはお母さんのお墓の前に膝をつきました。
お墓には、「ミリー ここに眠る」と書かれていました。
ミシェルはお母さんの名前を忘れていたわけではありません。
自分を遊びに誘う女の子がお母さんだなんて、全く思いもしなかったのです。
「お母さん……」
ミシェルはお墓に語りかけます。
「お母さん。お母さんの大事なぬいぐるみ、ロージー、ボロボロになっちゃった。ごめんなさい。僕が弱かったせいだよ。それから、心配をかけてごめんね。僕、強くなるよ……」
その時、ふわっと、暖かな風が吹きました。
(ミシェル、あなたはもう大丈夫。あなたはもともと強くて優しい子だもの。お父さんもお母さんもあなたのことを見守っていますよ。愛しています、ミシェル……)
ミシェルにはそう聞こえた気がしました。
ミシェルは立ち上がり、家へと向かいました。
ミシェルはテーブルの上にある作りかけのパズルの横にロージーを置きました。
そして、四つのパズルの実をリュックから取り出し、そのピースをパズルにはめていき、パズルを完成させました。
すると、真っ白なパズルが光り出しました。
パズルから光が立ち上がります。
まぶしくて目を腕で抑えていたミシェルですが、目を細めてそっと光を見ました。
その光の中には、真っ白な髪、真っ白なワンピースを着た小さな少女が立っていました。
その少女はミシェルに伝えます。
「私はパズルの神様です。このパズルを完成させたあなたの願いを一つ聞きましょう」
ミシェルは神様に言います。自分のお願いを。
「あのね、神様。僕のお願いは……」
ミシェルはリュックを背負って家を出ました。
家を出て裏庭へと行きます。
裏庭にある大きなパズルの木は枯れてしまっていました。
ミシェルのお願いを聞いた後に、枯れてしまったのです。
でも、ミシェルは気にしません。
もう、パズルの木に頼らなくても、生きていける。強く生きていく。そう誓いましたから。
ミシェルは孤児院へと帰りました。
そして、孤児院の玄関を開け、中に入り、ミシェルに気が付いたシスターにミシェルは言いました。
「ただいま、シスター」
と、笑いながら。
シスターは驚きます。
ミシェルは一度も「ただいま」なんて言ったことはありませんでした。
ミシェルは一度も笑顔を見せることはありませんでした。
シスターはそれでも、驚いたことを隠してミシェルに近づきます。
そして、そっとミシェルを抱きしめました。
「おかえりなさい、ミシェル」
それでも、シスターは疑問に思っていることを聞きます。聞かないといけません。
「ミシェル、その後ろにいる男の子は?」
ミシェルは笑いながらシスターに教えます。
「僕の相棒、ロージー。よろしくね」
終わり