ロージーと一つ目
だんだんと森は暗くなっていきます。
夜が近づいてきました。
それでも、ミシェルは歩きました。
だけど、真っ暗になってしまうと、もう、進むことはできません。
かろうじて月明かりが少しだけ照らしているだけです。
ミシェルは大きな木の下で座り込みました。
周りは何も見えません。
でも、木の葉がカサカサとなっています。
まるで、誰かが噂話をするかのよう。
ミシェルはきょろきょろしますが、誰もいません。
いてもらっては困るのですが。
くぅ。
ミシェルのおなかがなりました。
でも、食べ物は何も持ってきていません。
ミシェルは我慢することにします。
でも、季節はまだ春先。
寒さはどうにもなりません。
「寒いよ」
ミシェルはふるふると震え、自分自身の腕をさすります。
火も持っていません。
月の明かりしかありません。
寒いです。カサカサと音が聞こえます。
怖い、寒い。
ミシェルはリュックを開けました。何か入っていないだろうかと。
リュックを開けたミシェルは怖さも寒さも忘れ、目を点にします。
リュックの中のそれと目が合ったのです。
それは、
「よ! ようやく出れたぜ」
と、もそもそと出てきます。
「何で?」
ミシェルが声をかけます。
「野暮なことは聞かないでくれよ。おいらはロージー、よろしくな」
そう言って、ミリーが持っていたライオンのぬいぐるみが手を上げて挨拶をしてきました。
そうは言われても、ミシェルにはわからないことだらけです。
「何で、君が?」
「何で、ぬいぐるみがしゃべるの?」
「何で、ぬいぐるみが動けるの?」
「ミリーと一緒にいなくていいの?」
「どうして、僕のリュックに入っていたの?」
ロージーは答えます。
「野暮なことは聞くなって」
それだけを。
「ほら、寝るんだろう。おいらを抱いて寝なよ。あったかいぜ」
そう言って、ロージーはミシェルの胸に飛び込んできました。
ミシェルはロージーを抱きしめます。
確かに暖かい。
「ロージー、暖かいよ。ありがとう」
「気にすんなって。じゃ、よろしくな、相棒」
ここまで歩き続けたミシェルは、ロージーという不思議な仲間が出来たことに安心したのか、疲れていたのか、すぐに寝てしました。
翌朝。
「ほら相棒。行こうぜ」
ロージーがミシェルのほほを叩きます。
「ん。おはよう、ロージー。起こしてくれてありがとう。それじゃ、行こうか」
ぐぅ。
ミシェルがおなかを押さえます。
「あはははは」
ロージーが笑いました。
「ロージー。笑わないでよ。お腹がすくのは仕方ないじゃないか」
「わかってるって。ほら、そこに」
ロージーが腕を向けたそこには、果物が二つ、置いてありました。
「これは?」
「さっき、取って来たんだ。食べなよ」
「ロージー、ありがとう」
ミシェルは、果物を食べました。
二人は歩き始めます。
ミシェルの前をロージーがトコトコと。
森はどこまで行っても森です。
湿った地面、落ち葉、苔、岩、木の根。
時に滑ったり、時につまずいたり、ミシェルは足元に気をつけながら歩きます。
「おいおい、周りを見ながら歩かなきゃ、探し物もみつからないぜ」
そう言うロージーの言葉に、視線を上げて歩くミシェル。
一歩一歩。足元を見なくても、力強く確実に。
ロージーは、小さな枝を拾ってぶんぶん振りながら歩いて行きます。
ミシェルはその後をついて行きます。周りをきょろきょろと見回し、四つの実を探しながら。
一日が経ち、二日が経ち、それでも、ミシェルとロージーは歩いて行きます。
そんなあるとき、突然ロージーが止まりました。
「しっ!」
ミシェルはロージーの後ろにかがみます。
「どうしたんだい?」
「あそこの木の上にある、カラスの巣を見てみなって」
ミシェルはそっと木の上を見ます。
木の上にはカラスの巣があり、当然、カラスがいます。
しかし、そこに、きらりと光るものが見えました。
「あ! パズルの……もごもごもご」
ロージーがあわててぬいぐるみの手でミシェルの口をふさぎました。
「大きな声を出すなって」
「ご、ごめん。でも」
「あれは、お前さんが探しているものでいいのか?」
「うん。パズルの実。あれを取りに行かなきゃ」
「そうか」
「でも、どうやって」
木の上は枝も細く、ミシェルには登れそうにありません。
でも、取に行かないわけにはいきません。
その実を探して歩いて来たのです。
「じゃあ、僕が行くね」
ミシェルは立ち上がって木に登ろうとします」
「おいおい、お前さんじゃどう考えても無理だろう。枝が折れるぞ。おいらが行ってくるよ」
ロージーが言います。
「だけど。カラスがいて危ないよ」
「それはお前さんが行っても同じだろう。それに、お前さんじゃ落ちるぞ」
「そんなこと言っても、カラスと話ができるわけじゃないし」
「まあ、心配するなって。行ってくる」
ロージーは、手に持っていた木の棒を捨て、木を登り始めました。
そして、ロージーは、カラスの巣がある枝にまでたどり着きます。
当然、カラスが警戒し始め、カーカーと、鳴き出しました。
すると、つがいのもう一羽が巣に戻ってきてしまいます。
「ロージー」
ミシェルは木の下で小さくなって隠れながら、手を組んで見守ります。
ロージーは、少しずつ巣に近づいて行きます。
ですが、カラスはカーカーと鳴き続け、ついにはロージーに向かって飛びかかってきました。
二羽のカラスは飛び上がり、そして、ロージーに襲い掛かります。
その足の爪で、そのくちばしで、ロージーを襲います。
ですが、ロージーは、巣から二羽のカラスが飛び上がったことをこれ幸いと、カラスの巣に飛び込みました。
そして、カラスの巣にあった、パズルの実をつかむと、そのまま、巣から飛び降りたのです。
「おい、相棒!」
「ロージー!」
ミシェルは、あわてて落下してくるロージーの下で両手を差し出して構えます。
その上から、二羽のカラスが襲い掛かってきますが、ロージーを落とすわけにはいきません。
ポフン。
ロージーがミシェルの腕の中に収まるや否や、ミシェルは走り出しました。
カーカーと、追いかけて来ては爪で、くちばしで攻撃をしてくる二羽のカラスから逃げるように。
ミシェルは走りました。
カラスが追いかけてこなくなるまで。
ロージーを抱えたままで。
「はぁはぁはぁ」
「もう、追いかけてこないだろう」
ロージーがミシェルに声をかけます。
「逃げてくれてありがとな。おいらの足じゃ、つかまっていたかもな」
それからロージーは、ミシェルにパズルの実を渡します。
「ほら、パズルの実。よかったな、早速一つ見つかって」
と、ロージーは笑います。
ミシェルは、パズルの実を受け取り、そして、笑っているロージーに微笑みかけ、ロージーの顔を見て、固まりました。
「ロージー! 君の目が、目が無いじゃないか!」
ロージーは、カラスにつつかれて、右目を失っていました。
「あー、カラスはぴかぴかする物が好きだからな」
何事もないかのように、ロージーは言います。
「でも、でも、君の目が!」
ミシェルの目から涙が流れます。
「だから、心配するなって。おいらはぬいぐるみ、取れることもあるさ」
「でも、でも!」
「今は、パズルの実が手に入った。それでいいじゃないか」
ミシェルはロージーを抱きしめます。
「ありがとう。ありがとう。ありがとう……」
「いいってことよ。じゃ、また捜しに行こうぜ」
ロージーは、また小枝を拾って、歩き出しました。とことこと。