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ミリオン屋のオーナー

 月のない夏の夜だった。

 一台の馬車が検問を避けるかのように、旧街道を北上していた。

 ある谷に差し掛かったところで、その馬車の幌の上に何かが落ちる音が聞こえた。

 御者はそれに気付かない。

 異音に気付いたのは馬車に乗っていた護衛の男だった。


「馬車を止めろ!」


 彼がそう言うと馬車が停まった。

 そして周囲を確かめる。

 商品が逃げたのではないかと思ったが、数は揃っている。

 気のせいだろうか?

 とその時、またも異音が聞こえた。

 今度はその正体に直ぐに気付く。

 何故なら、前方にいた御者が倒れていく姿が見えたから。

 そして、その御者の首から上は存在しなかった。

 誰かがいる。

 ここで戦うのは分が悪いと、男は馬車の後方から飛び出し、前方に回る。


「どこだ! 出て来やがれ!」


 周囲を見回すが誰もいない。

 次の瞬間、護衛の男が振り向きその攻撃を受け止めた。

 襲撃者は馬車の上にいたのだ。

 思わぬところからの襲撃を防いだのもつかの間、男は再度驚くことになる。

 襲撃者は十歳前後の黒髪の少年だったのだ。

 そして、その驚きは怒りに変わる。 

 御者をむざむざと殺されてしまったことは、護衛である彼にとって大きな失点につながるからだ。


「ガキがっ!」

 

 男が力を加えると、少年は回転するかのようにその力を分散し、男の背後に着地した。

 男が即座に振り向くと既に少年の持っている黒い短剣が迫ってきていた。

 反応が遅れる。

 剣を持っていた手が先に斬られた。

 その反射的に剣を落とす。

 剣を拾ってる余裕はない。

 そして、先ほどまでの少年の俊敏さを見ると逃げる余裕もない。

 どこかに隠れようにも、谷の一本道にそのようなものはない。

 男は一歩引き、


「ま、待て! 誰に雇われたか知らねぇが俺たちに逆らうと裏社会じゃ生きていけねぇぞ。それより俺たちに――」


 命乞いは少年には効果が無かった。

 彼の言葉を最後まで聞かず――否、最初から聞かず少年は男の首に短剣を突き刺した。

 そして、少年は馬車の荷台に向かう。

 そこには手枷と足枷を嵌められ、死んだ魚のような目で虚空を見詰めているだけの五歳から七歳くらいの少女が大勢いた。

 その中で唯一目に光を宿し、少年を見詰める少女を見定め、短剣で彼女の枷を破壊した。


「たすけてくれるの?」

「仕事だからな。お前、名前は?」

「レミリィ……あなたは?」

「僕の名前は…‥」


 少年は少し逡巡する。

 名前を伝えるメリットとデメリットを天秤にかけて、そして告げる。


「ガウディルだ」


   ※ ※ ※


 英雄の像が飾ってある広場近くのベンチの上で、ラークは目を覚ました。

 随分と懐かしい夢を見たものだ。

 あの頃はこんな風に居眠りをすることなんて考えられなかった。

 もちろん、寝ている間も周囲への警戒は怠っていなかった。

 目を覚ましたのは、彼に客人が訪れたからだ。


「こんにちは、ラークさん。今日は仕事はお休みですか?」

「こんにちは、テネアさん。これから配達の仕事が残ってるよ」


 手紙や荷物の配送の一部は冒険者ギルド経由で行われている。基本は冒険者ギルドが下請けとして雇っている街の子どもが行っているが、場合によっては冒険者にその仕事が回ってくることがある。

 確実に届けたい手紙だったり、子どもが立ち入るには危険な場所への配送などがそれだ。


「こんなところで休憩していていいのですか?」

「時間指定の手紙なんですよ。だからここで時間を潰しています」

「なるほど、そういうものもあるんですね」

「テネアさんは仕事の帰りですか?」

「はい、ダモンさんたちとゴブリン退治をしてきました」


 冒険者を引退するといっていたダモンとグレアムだったが、直ぐに次の仕事も見つからず、仕事をしなければ故郷に帰る旅費が稼げないということで、結局冒険者引退を先延ばした。

 そして、テネアも臨時でそのパーティに入った。

 テネアは最初、ソロで活動するつもりだったそうだが、先日のシルバーウルフの件で随分と懲りたようで、暫くは二人と一緒に活動することで冒険者としてのノウハウを学んでいくことにしたらしい。

 詳細は教えてくれなかったが、レギーがいたころよりもうまいことやっていると、アイシャから聞いている。


「これからミリオン屋に行こうかと思いまして。実は前から一度行ってみたいと思っていたんですが、機会がなかったんですよ」

「ミリオン屋か。じゃあ僕も一緒に行っていいですか?」

「手紙の配達はいいんですか?」

「ちょうどそっち方面なんですよ」

「いいですけど……その、ラークさん。私に敬語はやめてくれませんか? 先輩に敬語を使わせている生意気な後輩みたいに思われると困るので」

「わかった、そうさせてもらうよ」


 ミリオン屋はミリオン商会が営むこの街で一番大きな商店であり、国内の各所にその支店がある。

 このトレシアにあるのは、そのミリオン屋の本店だ。

 当然、品揃えは支店を大きく上回り、国の内外問わず大勢の客が訪れる。

 店が見えてきた。

 この街でも珍しい五階建ての建物で、一階には食料品や薬、二階には衣類などと階毎に売られているものが異なる。

 常に満員状態で、入場制限も設けられていて、その順番を待つために大勢の客が列をなしている。


「今日はもう入れないって言われました」

「そうだろうね。ミリオン屋に入りたければ午前中までに並ばないとダメだよ」

「知っていたのなら教えてくださいよ」


 テネアが落胆しているが、ラークは謝ることなく、


「ちょっと手紙の配達付き合ってくれない? すぐそこだから」

「はい、ここまで来たなら付き合いますよ」

「じゃあこっちに来て」


 ラークはそう言ってテネアをミリオン屋の脇の道に入る。

 狭い路地に入ったことで、テネアは一応警戒を見せるが、直ぐにラークの目的地に着いた。

 そこはミリオン屋の関係者用の入り口だった。

 彼はそこの呼び鈴を鳴らす。

 扉が開き、中から女性従業員が顔を出す。


「手紙の配達に来ました」

「ラークさん、お疲れ様です。そちらの方は?」

「冒険者ギルドの後輩のテネアです。手紙の配達依頼について学んでもらおうと思って連れてきたんですけど一緒に入っていいですか?」

「ラークさんのお連れ様なら大丈夫ですよ。どうぞお入りください」


 とあっさりとテネアも中の客間に通される。


「では、手紙を上に届けますので、ラークさんはこちらでお待ちください。コーヒーでいいですか?」

「ああ、せっかくだし店内を見て回ってもいいですか? テネアはまだ店内を見たことがないそうだし、トムからお菓子の材料を買って来るように言われているので」

「はい、構いませんよ」

 

 彼女は笑顔でそう言って、入店の許可をしてくれた。

 二人は従業員口から店内に入った。


「ラークさん、もしかして――」

「内緒だよ。役得も権利だと思うけれど、下手に恨みを買うのは嫌だから。じゃあ、店内を見ておいでよ」

「…………ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせてもらいますね」


 テネアは礼を言って、階段を上がっていく。

 ラークも一階の食料品を見て回ることにした。

 トムに頼まれていたのは事実だからだ。

 頼まれていた上質な白砂糖は、小瓶に入った分だけでもラークの一日の稼ぎが吹き飛びそうだ。

 蜂蜜に至ってはその値段をさらに上回る。

 ただ、今回頼まれていたのはこれではない。

 一体どこにあるのだろうと思っていたら、先ほどの従業員がラークに声を掛けた。


「ラーク様、オーナーが手紙のことでお話を聞きたいそうです」

「はい、わかりました」


 ラークは従業員口からバックヤードに移動し、そこから五階に移動する。

 五階に上がったとたん、その雰囲気は一変し、廊下には赤絨毯が敷かれ、高そうな壺などの調度品や絵画が飾られている。

 そして、ラークはそのオーナーの部屋に向かった。

 従業員は頭を下げて下がっていく。

 一人になったラークは扉をノックしようとし、その前に扉が開いた。

 その扉の向こうには長い緑の髪の女性がいた。


「お待ちしておりました、ガウディル様」

「待たせて悪いね、キアナ」

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