亡霊と亡国の王
ミネリスが動いた。
身体が先に動き、怒りの感情が後から追いついてくる。
「貴様ぁぁぁあ」
その剣は陛下に化けさせられていた第二公子が持っていたものだった。
その剣でレナルドに化けていたバックロウの王に襲い掛かるが、技術が甘い。
彼に届かない。
一瞬のうちにその剣はバックロウの王の持っていた漆黒の大剣により折られ、二段構えの剣はそのままミネリスを両断するために振り下ろされる。
(お兄様、お父様、すみません)
ミネリスは死を覚悟した。
だが、その瞬間は訪れない。
ガウディルが一瞬のうちに割り込んだのだ。
「ガウディル!」
「俺に任せて下がってろ――ぐっ、強いな。ハイルド・バックロウ」
「ああ。貴様のようなまがい物とは違う。正真正銘吸血鬼の王となる者の力だ」
「舐めるなっ!」
ガウディルはそう言って、相手の剣を滑らせ、バランスを崩したハイルドの剣を受け流すと脇に蹴りを入れた。
そして、距離を取るように後ろに跳ぶ。
黒い剣に罅が入っていた。
ガウディルはその剣を指でなぞり、罅を修復する。
「気持ちがいいぞ、ガウディル。貴様はあの時、私のことを戦うこともできない、ただ裁かれるために必要な無能な王だと蔑んでいただろう! だが、今の私は違う! これぞ私の力だ!」
「借り物の力だろう」
「それは貴様も同じであろう?」
「否定はできん。だが、何故貴様が生きている? 確かにあのとき処刑されたはずだ。偽物でもなかったはず」
「この吸血鬼の竜姫に私の精神の一部を移す技術をあの時点で施していたのだ。そして、その私の精神は吸血鬼の竜姫の力を得た」
勝利を確信しているハイルドは余裕の表情を浮かべて言う。
「なるほど、そして《闇紅竜》のその本体の一部を奪って貴様はこの地に逃げのびた。だが、竜人族と人。吸血鬼であろうとその根本は別。拒絶反応が起きた。だから、貴様はその精神を《闇紅竜》の分身体からレナルドに移したわけか」
「ご明察」
ハイルドはガウディルを称えるように拍手をする。
「何故お兄様を――」
「なに、健康な体と権力を持っていれば誰でもよかったのだ。たまたま目についたのがこの男だった」
ミネリスがハイルドを睨みつける。
「ミネリス、言っただろ。俺に任せろ。こいつは俺が殺す」
「私を殺すだと? 今の戦いで力の差がわからないのか? 貴様に勝機があると思っているのか?」
「そうか? やってみないとわからないぞ」
ハイルドは先ほどと同じく剣を振り下ろしてくる。
その速度は人間の常識をはるかに超えている。
全盛期の、完全に吸血鬼だったころのガウディルにも匹敵するだろう。
だが――
ガウディルは剣を先ほどと同様に剣を滑らせると、ただ受け流すのではなく、その方向を定める。
「がっ!?」
ハイルドの剣が自分の脚を傷つけた。
完全な吸血鬼には普通の武器の攻撃は効果がない。
その傷もすぐに再生する。
「な?」
「一度の偶然で良い気になるな」
ハイルドはさらに力任せに剣を振るうが、ガウディルはそれらを全て躱し、受け流し、反撃を加えていく。
「技量が全然違う」
当然だ。
ガウディルは――いや、ラークはかつてその技術だけで大人と渡り合い、修羅場を潜り抜けた。
力で劣っているのはかつての彼にとって日常茶飯事だったのだ。
その戦い方は知っている。
「さて、本番はここからだ」
ガウディルは曲がった銀貨を取り出すと、それに魔力を込めた。
銀貨の銀が溶けていき、闇の剣にコーティングされている――と同時に含まれていた不純物が塵となって落ちていった。
吸血鬼の弱点である純銀の剣の出来上がりだ。
「舐めるな! 例え剣術ではかなわなくても魔法なら!」
「悪いがそちらも対策済みだ」
ハイルドは魔力を束ね集めていくが、ガウディルが指を一つ鳴らすとその魔力が霧散する。
「馬鹿なっ!? 魔法解除だとっ!?」
ハイルドが驚愕する。
本来はそこにいる《闇紅竜》の分身体のためにマリンに研究させていた技術だった。
まさか、亡国の王に使うとは思ってもいなかった。
亡霊に亡国の王。
こんなくだらない戦いは早めに終わらせなければならない。
「亡霊は消える宿命だ。俺も、そして貴様もな」
「――まだだ! まだ終わらん! 竜姫よ! 来るのだっ!」
竜姫と呼ばれたメイドは、一瞬のうちにハイルドの横に移動する。
「ここにいる痴れ者を始末しろ!」
「それは命令でしょうか?」
「ああ、命令だっ!」
その瞬間、ガウディルは悟った。
ハイルドは、もっともしてはいけない命令を下したのだと。
その証拠に、次の瞬間、竜姫は変化した爪でその腹を貫いたのだから。




