王の部屋
ガウディルはただ廊下を歩く。
気配を消しているわけでもない。彼ならば気配を消すことができるのだが、ミネリスが一緒にいるから消す必要が無いと思ったのだろう。
当然、皆に見つかるが、全て気絶させていた。そして、適当な部屋に放り込み、黒い何かをドアにくっつける。
そうすると扉がくっついて開かなくなる。
魔力を変質させて粘着性を持たせていると説明したが、ミネリスには理解できない。
ただ、警備が全く通用しない彼の行動はミネリスに恐怖を抱かせる。
もしも彼がその力を悪の道に使おうとすれば、どれだけ防備を固めようと無駄ということになる。
しかし、味方でいるうちは頼もしいとも思った。
「ガウディル。私と結婚しない? 結構尽くすタイプだと思うんだけど」
「何だ、藪から棒に」
「だって、事件が終わったらあなた、霧のように消えていなくなっちゃいそうなんだもの」
「悪いが他をあたってくれ。政治の道具にされるのは好まん。俺は俺の道しか歩まない。それと、これ以上はつまらない話をしていられなくもなった」
五人以上の兵がそこにいた。
「姫様、お部屋にお戻りください」
「この先は陛下の寝室です」
兵たちはそう言って武器を構える。
ミネリスは妙だと思った。
普通なら、得体のしれない男について聞くはずだ。
だが、彼らはガウディルについて聞こうとはせずに武器を構えた。
妙だとは思ったが、しかし魅了されているようにも見えないし、瞳の色も赤くないから吸血鬼ではないとミネリスは一歩前に出る。
「あなたたち、下がりなさい。もしくは私たちについてきなさい。私は陛下を治療するために――」
「こいつらは吸血鬼だ」
「え? でも目が赤くないわ」
「上位の吸血鬼になれば、瞳の色くらい自由に変えられる」
ガウディルはそう言ってミネリスを見た。
その瞳の色は赤から黒に変わっている。
こうなってしまったら、もう人間と吸血鬼の区別はつけられない。
「もしかして、さっきのメイドも……」
「メイド?」
ガウディルが聞き返したが、それより先に兵士たちが動いた。
ガウディルの指から黒い闇が糸のようになり、それを手足のように動かす。
その糸は一瞬のうちに五人の兵の首を斬り落とした。
「強い――」
と思ったが、兵士たちは倒れることなく落ちた自分の頭を受け止め、そしてそれを自分たちの首に嵌めた。
そして、何事もなかったかのようにガウディルに襲い掛かってくる。
「上位種はやはり首を落としただけでは死なないか」
「多勢に無勢ね。一度下がった方が」
とミネリスが言ったとき、兵たちが一人を除きバラバラになり、灰へとその姿を変えていく。
「何をしたの?」
「目立つ黒く太い糸と同時にほとんど見えない細い糸を使っただけだ。これでも奴らを切り刻むには十分だったようだ」
そして、生き残った一人の吸血鬼は逃げ出した。
「追いかけなくていいの?」
「必要ない」
ガウディルはそう言って大きな扉を開ける。
最初に感じたのはキツイ香の匂いだ。
窓が閉じられ、月明かりも入ってこない暗い部屋で、ランプの灯りがそこにいたのは白髪交じりの五十歳くらいの男を照らし出す。
覇気のない様子でもう立ち上がることもできないのか、椅子に座ったままこちらを見ている。
「……ミネ……リス……はんぎゃく……のざいにん……つかまえろ」
男は虚ろな目でミネリスを見てそう言うが、おそらく目の前にいるのがミネリスだとは気付いていない。
ただ、命じられた言葉をそのまま言っているだけのようだ。
「お父様っ……」
その姿をミネリスは直視できずにいた。
彼女が知っている頃よりも彼の姿は無残なものに変わっている。
「ガウディル、お願い。お父様を元に――」
「違うな」
ガウディルは真っすぐ歩いて行き、男の顔に手を乗せた。
すると、男の姿が別人の姿に変わっていく。
「アルベルトお兄様っ!?」
「第二公子か。父親の幻影で覆われていたようだな」
とその時、入ってきた扉が閉じた。
急いでミネリスが扉を開けようとするが、開かない。
「どいてろ」
ガウディルは扉を剣で斬る。
しかし、その扉の向こうには金属がはめ込まれていた。
「抗魔金属か」
とその時、今度はアルベルトの身体が弾け、炎が広がる。
油を敷いていたのか炎が一気に広がる。
香の匂いは油の匂いを誤魔化すためだったのかもしれない。
ミネリスは窓を変えようとするが、雨戸の向こうもやはり抗魔金属で塞がれている。
煙が徐々に部屋に広がっていく。
「ごほっ、ごほっ、ガウディル、こっち!」
ミネリスはそう言うと、部屋の奥の書棚を動かす。
そこに隠し通路があった。
王家の非常脱出用の隠し通路だった。
(レナルドがこの脱出炉を知らないとは思えない。知っていて塞ぎ忘れたとも……だったら)
誘い込まれているような気がする。
ミネリスはそう思いながらも、隠し通路を進んだ。
(お父様――無事でいて)




