魅了と薬の効果
太陽が沈んでいく。
誰かが勝手に部屋に入って来ることはなかった。
マリンに聞いたところ、部屋を開けるどころか、扉をノックする衝撃のせいで部屋が爆発した事件が一度あったらしい。
一体何をどうやったらそんなことになるのかラークには理解できないが、そのお陰でマリンから扉を開けない限り、外から見張りが入って来ることはなくなったそうだ。
ただ、放っておいたら食事もとらずに研究をするので、一日に最低一度、部屋から出て生存報告をすることだけが義務付けられている。
英雄の仲間であるマリンはどの国に行っても国賓待遇でもてなしをうける。
そんな重要人物が餓死していたなんてなったら洒落にならないからな。
この部屋の窓は東向きのため、だんだんと伸びていく影をラークたちは見ていた。
その日の光が地上に届かなくなったころを見計らい、ラークはその姿を変貌させる。
吸血鬼の姿へと。
「興味深い。やっぱりラークが一番の研究対象。今度解剖したい」
「さっさと始めるぞ」
「ラークと違ってガウディルはつれない。精一杯の愛の告白だったのに」
解剖したいというのが彼女なりの告白だというのは驚きだ。
「それで、俺はどうすればいい?」
「魅了して、効果が出たと思ったらこれを私に無理やり飲ませて」
「無理やり?」
「うん。魅了されている状態だと、今の状態が一番いいと錯覚する。そうなったら、薬を飲んで元に戻るのが嫌になる。だから自分で薬を飲もうとしないはず」
「なるほど。だったら残りの二本は隠しておくか」
薬を確実に飲まないためには、薬瓶を割るのが一番だ。
試験管に入っている薬を安全な場所、つまり俺の影の中に隠す。
ここなら割られる心配はない。
「じゃあ、魅了するが本当にいいんだな?」
「うん。ガウディルならいい。魔力も緩めてる」
《魅了》の能力は魔力抵抗の高い人間には効果が薄い。
先ほどラークが魅了されなかったのも同性だからではなく、そっちが主な原因だ。
マリンが言った魔力を緩めるっていうのは、意図的にその魔力抵抗を低くする行為である。
マリンの魔力は俺の英雄の仲間の中でも一番高い。
恐らく普段の状態でも魅了は可能だと思うが、効果は薄くなる。
実験を完璧にするためにも完全に魅了される気のようだ。
「行くぞ」
ガウディルはそう言って魅了の力を使う。
彼の紅い瞳、その色がさらにが増していく。
そして――
「魅了できたか?」
「試してみる」
マリンはそう言って徐にガウディルに抱き着く。
「マリン」
「まだ魅了されているかわからない」
「お前、魅了されているだろ」
「わからない。データが足りない。検証に時間がかかる」
俺は薬を手に取る。
「薬を飲ませるから覚悟しろ」
「その薬はそのまま飲んでも効果は薄い。ワインで割って飲まないと」
「ワインなんてどこに……なるほど……こういうことか」
ガウディルは嘆息を漏らす。
魅了されている人間は魅了を解除することに抵抗する。
マリンがこう言うってことは、ワインと一緒に飲んだ場合、その効果は薄くなのだろう。
「薬を飲め」
「やだ」
「命令だ」
俺は強く念じる。
すると、マリンの目が虚ろになり、頷いた。
魅了は相手を惚れさせるだけではなく、このように絶対的に従わせることができる。
というより、好きでもない相手から魅了された場合はこのような状態になるため、この状態が一般的に魅了されているという状態だ。
まるで機械のように彼女は薬瓶の蓋を開けて、薬を飲んだ。
すると、彼女の目に焦点が戻る。
そして――
「どうだ?」
と尋ねると、もう一度マリンが抱き着いてきた。
「……さっきよりドキドキが少ない。残念」
「離れろ。命令だ」
「大丈夫。命令に従う必要性を感じない」
薬は成功というわけか。
「ガウディルの見た目は十五歳。私もまだ十二歳くらいに見られる。ちょうどいいカップルだと思う」
「ラークに戻ったとき親娘に間違えられるぞ」
「それもまた一興。親子プレイ。ラークも好き」
「却下だ。俺は誰とも付き合うつもりもない。いまの四半吸血鬼状態だと生まれた子どもにどんな影響が出るかわからない」
ラークが誰とも結婚していないのはそれが原因だ。
「さて、約束は果たしたんだ。仕事をしてもらうぞ」
「わかった。既にミネリスの護衛の居場所は掴んでいる。魅了されているけれど、その効果もすぐに切れる。私がするのは彼らの保護だけでいい?」
どうやって知った? とは聞かない。
それを知ることができるのがマリンなのだ。
「あとは俺の仕事だ」
そしてガウディルはその姿を霧に変えていく。
ガウディルにもたれかかっていたマリンは倒れて顔から床にぶつかった。
結構大きな音が出たが、見張りが部屋に入って来ることはやはりなかった。




