腹が減っては一週間しか戦ができぬ
大した情報は得られなかったな。
吸血鬼は縦の繋がりはあっても横の繋がりは薄く、王宮内の吸血鬼の数はわからないらしい。
そして、そのトップの吸血鬼もわからない。
彼を吸血鬼に替えたのは、騎士団の副団長だった男らしく、その男も別の吸血鬼に噛まれて眷属にされたらしい。
それと、吸血鬼たちがレナルドに従っているのは確かのようだ。
彼からの命令には逆らえないように契約させられている。
ただ、その契約も末端に行くにつれて薄くなるため、このように情報の漏洩も起きる。
「……して……コロ……してく――がっ」
隣で吸血鬼が目と鼻と口から血液を流し、ラークにそう懇願するが、ラークは喉に短剣を突き刺して黙らせた。
そんなことで吸血鬼は死んだりはしないが、喉に穴があけば空気が漏れ、再生するまで喋ることができなくなる。
「少し黙ってて。殺したら情報が引き出せなくなる。他に聞かないといけないことがあるか考えないと……うん、無いな」
吸血鬼を倒すには銀の武器が必要だが、そんなもの普段持ち歩いていない。
懐の財布から貨幣を取り出したラークは再生用の魔力を使い果たして動けずにいる吸血鬼の心臓の上に載せ、短剣の柄で強く突いた。
銀の装備というが、何も武器である必要はない。
吸血鬼を倒すには大銀貨で十分だ。
ただし――
「やっぱりダメか」
血に染まった銀貨を見る。
その血は吸血鬼の死体が灰に変わるとき、一緒に灰になって消えた。
血がなければ使えるかと思ったが、力強く押したせいで、銀貨が変形してしまっている。
銀の価値はあるが、貨幣としての価値は著しく損なっている。
店でも受け取ってくれないところが多いだろう。
貧乏冒険者のラークには痛い出費だ。
見張りの衛兵は帰ってこない。
外で待っているように言われたのだろう。
一度放たれた魔法は術者が死んでも消えることはない。
蝋燭に火を付けた人間が死んだといっても、勝手に火が消えることはないのと同じだ。
とはいえ、永遠に続く魅了なんて伝説級の吸血鬼にしか使えない。
明日には魅了の効果が消えていることだろう。
「さて、そろそろ移動するかな」
部屋を出てあたりを確認する。
予め周囲の気配は探っていたが、やはり誰もいない。
護衛たちは別の場所に監禁されているのだろう。
既に魅了されているかもしれないが、下っ端程度の魅了なら、ガウディルの力があれば解くことができる。
外に出ると、さっきまで牢屋の外で見張りをしていた衛兵がいた。
律儀に吸血鬼の命令を守っている。
ラークはその男の首に手刀を入れて気絶させると、その男を牢屋に運ぶ。
そして、彼の着ている鎧などを脱がせて、それをラークが着る。
吸血鬼からの情報によると、最近衛兵に入れ替えが激しいらしい。
古くから国王に仕える人間が辺境の地に左遷されているときく。国王が魅了されていることに気付き、ミネリスや他の公子たちとともに第一公子を討たんとするのを阻止するためかもしれない。
代わりに新人の衛兵が毎日のように配属されている。
誰かに見られても、新人の衛兵だと勘違いしてくれるだろう。
問題があるとすれば、ラークの年齢が三十歳と新人衛兵というには少し老けている件だ。
まぁ、大丈夫だろう。
潜入捜査は義賊の時代に何度もやっている。
とはいえ、ブランクが結構ある。
(よし、まずは――)
とラークは城内に入り、真っすぐ衛兵用の厨房に向かった。
お腹が空いている。
腹が減っては戦ができぬ――いや、水さえあれば一週間は戦えるように訓練されているが、やっぱり腹は満たしたい。
厨房の位置っていうのはだいたいどこの屋敷も同じらしく、直ぐに見つかった。
「そんなところに何をしているんだい?」
料理人に見つかった。
四十歳くらいのおばちゃんだ。
宮廷料理人は男性が多いので、城の中で女性の料理人は珍しい。
「いやぁ、お腹が空いて。ちょっと食べられるものがあればと思いまして」
「おいおい、騎士さん。つまみ食いは懲罰もんだよ?」
彼女はそう言うと、どこからかパンを持ってきた。
「これ、あとであたしが食べようと思ってたパンだよ。食べな」
そのパンには肉や魚、野菜などがいろいろと挟まっていた。
見た目は悪いが、美味しそうなパンだ。
「これ、高そうですけれど」
「ああ。国王陛下に出したものの残りだからね。陛下は最近食欲がないから、結構残ってしまうのさ」
「宮廷料理じゃないですか。本当に食べていいんですか?」
「その年で新人衛兵なんて大変だと思うが、これ食べて頑張んな」
おばちゃんがそう言った。
ラークは苦笑し、その情報から国王の状態を考える。
魅了状態であっても食事が必要ない身体になるわけではない。
(吸血鬼化しかかっているのか? いや、吸血鬼にしてしまえば魅了が効かなくなる。とすると考えられるのは、おばちゃんが用意してくれている食事とは別の何かを食べている?)
ここなら国王陛下の現状についてわかるかと思って来てみたが、吸血鬼に対して一時間以上かけて行った尋問よりもいい情報が入ったな。
「ついでに水をいっぱいもらえませんか?」
「本当に厚かましい新人さんだね」
おばちゃんはそう言って、優しくも水を一杯、コップに入れて用意してくれた。




