宛先不明の招待状
吸血鬼についてもっと詳しい話を聞きたかったラークだったが、ミネリスはそれ以上は語らなかった。
国の内情に関わり過ぎていることのため、依頼を受ける人にしか話せないらしい。
第一王子と吸血鬼の関わり。
(吸血鬼と権力者が関わるとだいたい事件はいつも同じ過程を経て同じ結末を迎える)
吸血鬼絡みなら、クリスティーヌも動こうと思えば動ける。聖騎士である彼女にとって吸血鬼は退治するべき相手だからだ。
しかし、ラークはそれを自分の目で――ガウディルの目で確かめたかった
キアナもそれに気づいているだろう。
この場での大事な返答は何もしなかった。
ただ、連絡を取ってみるとだけ。
ミネリスも最初からこの場で全て解決するとは思っていないのだろう。
肩透かしという感じはなく、気にしていない感じだ。
「行きましょう。他にも見て回りたいところがあるの」
そう言われたラークはミネリスに連れまわされる。
そこは観光名所ではあったが、皆が行くような英雄の像には興味がなく、ガウディルのゆかりの地巡りという感じだった。
ガウディルが武器を整えていた鍛冶工房、よく行ったカフェ、最初に泊まった宿など。
そのたびに関係者に英雄の亡霊について聞いて回り、相手の反応を見ているようだった。
その目は語っている。
「ガウディルが最近訪れなかったか?」
「吸血鬼に関係する話がある」
と。しかもわざと周囲の人に聞こえるように。
彼女は呼んでいるのだ。
英雄の亡霊を。
これは宛名はガウディル、宛先は不明の届くかどうかもわからない招待状なのだろう。
最後に美味しい洋菓子店で、宿の部屋で変装して待っているターニャにお土産を購入し、今日の案内は終わりとなった。
「今日は助かったわ。それで明日以降だけど」
「お金は十分稼げたし、毎朝あの時間は優雅な朝食を頂き、午後に時間があったら仕事を探してみようかと思います」
それはミネリスにとっては都合の良い言葉だった。
明日以降も道案内を頼みたかったが、ミネリスの願いが叶った場合、もしくは護衛に脱走がバレた場合それは急遽キャンセルすることになる。
ラークは、「依頼があったら午前中までに来てくれたら道案内の仕事をするが、約束ではないのでキャンセルの場合は連絡をしなくてもいい」と伝えているのだ。
今日は特に情報を手に入れることはできなかったが、この冒険者との出会いはよかったかもしれないとミネリスは思った。
彼女は器用に宿の外壁を登り、王女の部屋に戻った。
それを見送るラークの瞳が一瞬だけ赤く染まったが、それを見ている人間は誰もいない。
※※※
その日の夜、ミネリスは部下に調べさせていた資料の精査をしていた。
その情報とは英雄の亡霊を目撃した人物についてだ。
彼が最初に目撃されたのは、彼の死後直ぐのことだった。
その後も数年に一度から年に数度目撃されている。
小さな事件だと、森の中で迷った少女をゴブリンから保護しているし、大きなものだと翼劣竜の群れからこの街を守っている。
直近ではシルバーウルフに襲われそうになった冒険者を助けていた。
そして、その目撃情報には一つの共通点がある。
十五歳くらいの黒髪の少年の姿をしていたが、その瞳はまるで血のように赤かった。
そして、英雄の如き強さを持っている。
そして――その情報は噂にはなっていてもそれ以上の調査は行われていない。
王家にも冒険者ギルドにも教会にもその噂は広まっているはず。
なにより、彼が生きているとしたら、英雄の仲間たちが黙っているはずがな。
そして、もう一つ。
彼が好んで介入する事件がある。
それは吸血鬼絡みの事件だ。
彼が目撃された事件のうち五つは吸血鬼絡みの事件であった。
全体でいえば五つというのは半分にも満たない数だ。
だが、吸血鬼はそれほど数が多い魔物ではない。それにかかわる事件も少ない。
圧倒的な分母が少ない中で五つ。
彼が吸血鬼絡みの事件に介入したがっていることは予想できた。
そして、繋がりもある。
永遠に年を取らないその姿。
そして、赤い瞳。
どちらも吸血鬼の特徴に一致する。
ガウディルを称える人たちは気付いていても口を噤んでいるが、それでもミネリスは思った。
彼は吸血鬼なのではないかと。
窓から風が吹き込んでくる。
そしてカーテンが揺らめき、その向こうに彼はいた。
英雄の亡霊。
そう呼ばれている相手だと思った瞬間、いな、頭で理解するよりも先に彼女は動いていた。
腰に差したままにしていた剣を抜き、彼に向かって突いた。
圧倒的な先手の攻撃。
気付けば彼の持っていた小さな黒い剣ミネリスの剣が砕けていた。
折れたのではない。
砕けたのだ。
剣の切っ先に自分の剣を合わせることでしか実現できない。
そんなこと常人には、いや、かつて彼女が関わってきた達人と呼ばれる剣士たちにも不可能な技だった。
ミネリスは身震いした。
恐ろしさではなく、その剣の美しさに。
彼女はその瞬間、彼が本物の英雄かどうかはどうでもよくなった。
彼女が悟ったのはたった一つの事実だ。
彼こそが自分を救ってくれるただひとりの英雄なのだと。




