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9. 騎士団に入るまで その1

「エドアルド、お前、男なのにアクセサリーを着けているの?」


 ある日の勉強会のとき、イサベリータ殿下は俺の首元を指さしてそう問うてきた。


「え、ああ、これは」


 俺は首に掛かったネックレスを指で摘まむ。


「両親の形見です」


 なるべく軽い声で言ったつもりだったのだが、殿下は少し悲し気に眉尻を下げた。

 けれどそのあと、両の口の端を上げる。


「わたくしも」


 そうして首元からネックレスを摘まみ上げる。


「お母さまが、わたくしにくださったの」

「へえ。綺麗ですね」


 そう褒めると、殿下は嬉しそうに目を細めた。

 殿下のネックレスには指輪が通されている。イサベリータ殿下の瞳と似た色の青い石が飾られていて、きらきらと輝いていた。


「やっぱり、こうしてしまうわよね」

「はい」


 とはいえ俺のほうは、殿下が着けているものほど高価なものではないだろう。

 けれど、値段などではなく、それは俺たちにとっては、それぞれに最高の価値があるものなのだ。


「見せてもらってもいいかしら」

「ええ、どうぞ」


 俺は首からネックレスを外すと、それを机上に置いて滑らせ、殿下の前に差し出した。


「名前が彫ってあるのね、家族の」


 手に取って、まじまじとペンダントトップを眺めたあと、そう呟いている。

 コインのような丸い形をしたペンダントには、表には鳥の意匠が描かれているが、裏には父と母と俺の名前が彫ってある。俺が生まれたときに作らせたものだと聞いたことがあった。


「素敵ね」

「ありがとうございます」


 そうして殿下は俺の広げた手のひらに、ネックレスを乗せた。

 受け取って、また首に掛け直していると、殿下はクスクスと口元に手を当てて笑う。


「お揃いだわ」

「そう……ですね」


 なにが面白いのか、殿下はしばらく忍び笑いを漏らしていた。

 こうして接してみると、人並外れて美しいイサベリータ殿下だって、普通の女の子と変わりないんだな、と思う。


   ◇


 俺の両親は、幼い頃に亡くなった。

 貴族なんてものではなかったが、そこそこ裕福な家庭であったように思う。

 家は城下の栄えた街にあったし、何人か使用人も雇っていた。


 しかし母が病に倒れ天に昇ってしまうと、父もそれを追うように、あっという間に病死してしまった。


 その頃俺は、まだ六歳だった。両親が亡くなって悲しいというよりも、そこにいたはずの人たちが急にいなくなって、現実を受け入れることができなくて呆然とするばかりだった。

 今となっては両親の顔を思い出そうとしても、本当にこんな顔だっただろうか、と記憶が朧気になってしまっている。

 ただ、両親は俺のことを愛してくれていたと思う。大切に育てられたということだけは、漠然と覚えている。


「かわいそうに」


 父の弟だと名乗って葬儀を取り仕切った男に、見覚えはあった。屋敷に飾られていた父の家族の肖像画の中に、彼がいたからだ。


「こんなに幼いのに、一人で生きていくなんてできないだろう。しばらくは私たちが面倒を見よう。なにも心配しなくていいんだよ」


 そう提案すると、叔父は家族で屋敷にやってきた。奥方と息子二人を連れて。


 確かに最初は、優しかったように思う。葬儀もきちんと行ってくれたし、たった一人で屋敷に取り残されるよりは、誰か親族がいてくれたほうが心強くもあった。


 しかし主人が変わった屋敷の中は、少しずつ変わっていった。

 目に見えて変わったのは、飾ってあった調度品がじわじわと減ったことだった。


「それはお母さんが好きだった絵だから、持って行かないで」


 壁に掛けられた絵を取り外そうとする業者に向かってそう懇願すると、近くにいた叔父は、大きくため息をついた。


「エドアルド。お前が生きていくには、お金というものが必要なんだよ。売って、エドアルドのために使ったほうが、義姉さんだって喜ぶだろう」


 そう優し気な声で諭されては、なにも言い返すことができなかった。

 使用人たちも、次々と辞めていった。辞めさせたというわけではなく、給料が出なくなったらしく、自主的に来なくなったのだ。


「私たちのような平民が、使用人を雇うなど贅沢なことなんだよ。これが普通だ。兄さんは小金を持っていたから、勘違いしたんじゃないかな」

「そうね、これでよく私たちに偉そうに説教なんてできたものだわ」

「元々、父さんの持ち物だったんだ。それを独り占めしやがって」


 日々、両親を悪し様に語る回数が増えていく。耳を塞ぎたくなったが、彼らはあえて俺の前で話したいようだった。


「さあ、自分のことは自分でするんだ」


 そう指示され、掃除や食器洗いや、慣れないこともやり始めるようになった。そこまではわからないでもない。だが、やらなければならないことが、自分のことだけでなくなるまでは、すぐだった。


「あんなに綺麗な屋敷だったのに、薄汚れてきたわね。ちゃんと掃除しているの?」

「兄さんたちが甘やかしたんだろう」


 俺はそんな言葉を聞くたびに、胸が苦しくなった。

 俺が不出来なばかりに、両親を悪く言われてしまうのだ。


「兄さんたちは教えてくれなかったか?」


 あとになって思うが、おそらく、両親を盾にすれば俺が動くのだと気付いた彼らは、わざとそんな言い方をしていたのだろう。


 徐々に俺は叔父家族の使用人となり、勉学や遊びに励む従兄弟たちを尻目に、いろんな仕事をさせられるようになった。従兄弟たちは、俺が従兄弟なのだと思ってもいなかったような気がする。

 料理は上手くできなかったから通いの料理人がいたが、彼は四人分の食事しか作らない。叔父家族が食事したあとに残ったものが、俺の食事となった。

 そのうち叔父たちは、なにか気に入らないことがあると俺を殴るようになった。だから俺は、ただひたすら嵐が通り過ぎるのを待つようになった。


 俺が十歳になった頃のことだ。

 もうなにがきっかけだったのかもわからない。

 その日も叔父を怒らせた俺は、ひとしきり殴られたあと、引きずるように廊下を移動させられた。


「ここに入って反省でもしてろ!」


 ドン、と背中を押されて小部屋に押し込まれる。

 バタン、と扉が閉められたあと、外に出られないようになにかを移動する音がした。それから顔を上げて室内を見回す。

 その小部屋には、雑多に物が置かれていた。


 けれどよく見れば、そこには父と母、そして俺の持ち物が押し込まれていたのだ。

 なるほど。ここは、「いらないもの」を入れておく倉庫なのだ。

 俺は叔父に、今、「いらないもの」と判別された。


「馬鹿らし……」


 ポツリと漏れる。

 けれど、どこか安心する自分もいた。この小部屋にずっといたいような気もした。叔父たちがいない空間は、この部屋の外にいるよりも余程快適とも言える。

 こうしてここに一人でいると、いろいろ冷静に頭を巡らせられる気がした。


 そもそも、甘やかされた、なんて言われるのはおかしい気がする。俺なんかより、従兄弟たちのほうがよほど甘やかされてないか?

 だいたい、使用人代わりに俺を使うのっておかしくないか?  俺の面倒を見ると言ったのは叔父だ。なのに面倒を見てもらった記憶なんて、ほとんどない。

 ここは、俺の家だ。だから離れたくないと思っていた。けれどもう、場所に拘る必要はないのではないか?

 だってここには、もう、両親はいない。両親との思い出の品すら、ほとんど残っていない。


 両親がいた頃は、けっこう我儘な子どもだった。そんな俺にしては、よくここまで我慢したと思う。俺は、よくやった。


 そう自分を納得させたあと、俺はガサガサと荷物をあさり、なにか手の中に入る小さなものを探す。

 あった。俺が生まれたときに父が作らせたという、家族三人の名前が彫ってあるペンダント。母がよく身に着けていた。

 名前が入っているから売れなかったのかもしれない。売れるようなものなら、もうここにはないはずだ。


 俺はネックレスを首に掛けると、手近にあった椅子を抱えて、それを思いきり窓に向かって振り上げた。

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