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5. 王女の事情 その2

「特別?」

「そう。正室だろうが側室だろうが、公的に認められた妃の御子は、王子王女としてなんの問題もなく王位継承権を与えられる。とはいえ側室の御子や、王子ではなく王女の場合は、その順位は低くなるんだがな」

「へえ」


 あまりに自分の人生から遠すぎて、興味が湧かない話だった。

 けれどイサベリータ殿下が特別、という話に繋がるのなら、ちゃんと聞いておこうと耳を傾ける。


「すでに身罷られているイサベリータ殿下の母親は、実は最初は妃とは認められていなかった。国王陛下の愛妾というのは周知の事実ではあったんだがな」


 ああ、なるほど。だからお茶会のとき、フロレンシア殿下は『愛妾といえど』と発言したのか。少し違和感があると思ったら、元々愛妾だったからか。


「王の血筋を残すため、一人や二人くらいの側室までは許容範囲ではあるんだ。けれど血税が使われることでもあるし、国民に対して外聞がいい話でもないから、あまり増やすのは良しとされない。王子がなかなか生まれなかった時代は妃の数も多かった、と聞くくらいかな。それもあって、母親は特に位のない、愛妾という立場だった」


 実際、俺の感覚だと、一人も二人も三人も変わりはしない。どちらにしろ羨ましい話で、国王って本当にいいご身分だな、と思うくらいだ。


「まあ一番の理由は、イサベリータ殿下の母親は貴族ではなかったから、だとは思うがな」

「えっ、そうなんですか」

「ああ、とはいえ、大きな商会の娘ではあったよ。王家にも出入りしているところだ」

「なるほど」


 それで国王陛下との接点ができたのか。そこで見初められたのだ。


「そこで、ここからが問題なんだが」


 ヘルマン団長は机に肘を置き、こちらに身を乗り出した。

 どうやら本題に入るらしい。俺も思わず身体を前に傾ける。


「愛妾が産んだ子は、王族と認められない」

「えっ」

「いくら父親が国王以外に考えられなくとも、王族ではないということになる。妃たちは完全に行動を管理されているから、産んだ子は間違いなく王子王女だと保証されるんだが、ある程度自由が認められている愛妾だとそうはいかない」

「じゃあ、イサベリータ殿下は」

「当初は、王族としては認められていなかった」


 けれど今は、イサベリータ殿下は第三王女だ。母親だって、第三妃の扱いのはずだ。


「殿下の母親はな、それはそれは美しい人だったよ。儚げでたおやかで。だからこそ、国王陛下の目に留まった。本人が望むと望まないとにかかわらず」


 団長の口調に、苦々しいものが混じった。

 彼はもちろん、当時のことを自分自身で見て聞いて、知っているのだろう。もしかしたら、王女の母親の心の内をも理解していたのかもしれない。


「そうして産まれた女の子は、産まれたときから美しかったんだ。赤ん坊なんてみんな皺くちゃな気がするが、これは美女になる、と誰もが囃し立てるくらいだったそうだよ」


 そうかもしれない、と思う。

 少なくとも、今のイサベリータ殿下は、誰よりも美しい。


「するとな、逆に心配されたのさ。この子を放っておいたら争いの種になる、って。だから急遽、重臣会議が開かれて、イサベリータ殿下の母親は突然に側室に昇格し、殿下は王女として認められることになった。王位継承権は最後の最後の位だがな。末席の継承権とはいえ王女として守られるとなると、いくらかは安心できる」


 そういうことか、と納得しながら聞いていた俺の耳に、しかしいきなり、「好意的に解釈すればな」と注釈が付け加えられた。


「え? 好意的じゃなかったら?」

「王女にすれば、政略の駒として使えるようになる」


 言葉を失う。

 その美貌には、いくらの値が付けられたのだろう。


 国と国との繋がりや、貴族や教会との繋がりを重視して、王族たちが政略結婚というものをするのだということは知っている。

 そのとき、より高く売れるものになるべく、イサベリータ殿下は王家に迎え入れられた。


「その後、元々身体が丈夫でなかった母親は、すぐに儚くなってしまったから、側室でいた期間はとても短くてな。だから余計に、側室として認められたという感じではなくなった」


 ヘルマン団長は眉尻を下げ、いたわし気な声で語る。


「だからな、特別なんだ。本来ならば王女として認められるはずのなかった少女が、その美貌だけで王女となった。他の王族方からすれば、絶対に認めたくないと、忌々しいと思われてもおかしくない存在ってことなのさ。イサベリータ殿下もそれがわかっているから、大人しくしているんだろう」


 そう締めくくると、団長は両の手のひらを空に向け、肩をすくめてみせる。


「そりゃ、そうかもしれないけど」


 けれど、イサベリータ殿下には、なんの咎もない話ではないか。やっぱり黙って耐えなければならないのは、酷い話だと思う。

 ぎゅっと膝の上で拳を握り締めると、それを見た団長は口を開いた。


「だから、なるべく殿下のためになるように動けよ。感情的にならずに、よく考えて行動しろ。ドロテアはそのへんはよくわかってるから、見て学べ」

「はい」


 俺は深く頷く。ヘルマン団長は満足げに頷き返してきた。


 そういえば、イサベリータ殿下の専属騎士のうち、ドロテアという実力者が第三王女という末席にいる王女に付くのもおかしな話だ。

 きっとそれも、特別、ということなのだろう。

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