4. 王女の事情 その1
拷問のようなお茶会が終わり、俺は騎士団の宿舎に戻ると食堂の椅子にぐったりと座り込んで、そして机の上に突っ伏した。
「なんだなんだ、なんにもさせていないはずなのに、そんなに疲れたのか?」
なにやら飲み物が入ったコップを片手に、ヘルマン団長は俺に向かって声を掛けてきた。
わずかにアルコール臭がする。まだ夕方なのに、この不良中年め。
とは口に出さず、素直に質問に答える。
「いや……気疲れです」
「まあ、なんとなくわかるよ」
苦笑とともに、団長はそう応えた。そして俺の前の椅子にドカリと腰掛けて、そばにいたドロテアのほうに振り返る。
「エドは、なんかやらかしたか?」
「いいえ。それこそ、なんにもさせていませんから」
「そりゃよかった」
彼女の平坦な声の回答に応えると、うんうん、と頷いている。
きっと団長もドロテアも、このお茶会でイサベリータ殿下がどのように扱われるのか予想していたのだ。
だから顔に出そうな俺に釘を刺しておいたのだろう。
確かに、先に注意されていなければ、あからさまに眉を顰めたりしたかもしれない、と思う。
「今回だけじゃない、今後もいろいろあるだろうけどな。イサベリータ殿下のときだけではなく、基本的に俺たちは置物だぞ。襲撃でもされれば別だがな。とにかく、ああいう場に早く慣れろよ」
「はい」
どう考えても俺という人材は、ああいった高貴な場に相応しくない。けれど、いつまでもそれではいけない。俺は早く見習いから本物の騎士になりたいのだ。
幸いにも、ヘルマン団長は俺を目に掛けてくれている。いつか独り立ちして役に立ちたいと思う。
「でも、お守りする立場なのに、見ているだけというのも変な話だなって気もします」
「ふうん、じゃあ口出しすればいいんじゃないか?」
「いや、さすがにそこはわかっているんですけど」
そう答えると、団長は得たりとばかりに、小さく首を縦に動かした。
もし俺なんかがあの場で口を開いたり、表情に出したとしたら。
もっと酷い状況になるのは目に見えている。俺はバカだけど、それくらいは読めるのだ。
とはいえ、やっぱり釈然とはしない。
「なんで黙って耐えているんだろう」
母親が違うとしても、姉妹なんだし言い返すことはできないのだろうか。これは平民の感覚なんだろうか。
俺のボソリとした声に、団長は答える。
「まあ、お前も専属騎士……見習いだけどな。聞いていたほうがいいかもしれん」
そう小声で零すと椅子から立ち上がり、俺に視線を向けて口を開いた。
「寝る前にでも、俺の部屋に来い」
仕事中ではなく、終わったあと。つまり、内緒話があるということだろう。
なにも知らないままだと、正直なところ、無表情を貫くのは難しいような気もする。今後のためにも聞いておきたい。
だから俺は素直に、「わかりました」と頷いた。
◇
団長の部屋に入るのは、少し緊張する。
なぜかといえば、たいていは説教をくらう場所だからだ。
今日はお小言ではないはずだが、どうしても肩の力が抜けなくて、しばらく扉の前で立ち止まってしまった。
なんとか気合いを入れて、ひとつ息を吐くと、質素な木の扉をノックする。
「入れ」
中から返事が聞こえた。ノブに手を掛け扉を開くと、「失礼します」と室内に足を進める。
窓を背にするように置かれた執務机で、ヘルマン団長はなにやら書類を眺めていた。各騎士たちから寄せられた報告書だろう。
「適当に座れ」
「はい」
俺はそのへんにあった椅子を抱えると、執務机の前に置いて腰掛ける。団長も、机上に乱雑に置いてあった書類やら本やらペンやらインクやらを端に寄せると、こちらに顔を向けた。
「知ってるヤツも当然たくさんいるんだが、あんまり大声でする話じゃなくてな」
「はい」
なぜイサベリータ殿下は、王族たちに軽んじられているのか。そしてなぜ殿下は黙って耐えるだけなのか。
推測ならいくらでもできるが、それが間違っていた場合は目も当てられない。ちゃんと聞いておきたい。
「イサベリータ殿下は、ある意味、特別なんだ」