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美貌の王女と強運の騎士  作者: 新道 梨果子
本編

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32/36

32. 女性騎士の心の内

 額に冷たい布が当てられる。その気持ちよさに安心して、息を吐き出す。

 誰かが看病してくれている、誰だろう、と思ったときに自然と腕が伸びた。

 俺の手が、なにか温かな棒のようなものを掴む。


「起きたな」


 その声に反応して、うっすらと目を開けた。


「ドロテア」


 棒のようなもの、と思ったものは彼女の手首だった。


「殿下じゃなくて、がっかりしたか?」


 口の端を上げて、そんな軽口を叩いてくる。

 慌てて手首を握っていた手を離した。


「いや……ありがとうございます」


 そう礼を口にしながら起き上がろうと身じろぎした瞬間に、激痛が脇腹に走る。


「いっ……」

「当分、寝ていろ」


 ドロテアは落ち着いた声音で、俺を指さしながら指示してきた。


「熱も出ているし、動けば傷口が開く。まともに生活できるようになるまでは時間が掛かるだろう」

「すみません……」


 そこは、騎士団の宿舎内の救護室だった。いくつかあるうちのベッドのひとつに横たわっている。

 窓の外に目を移せばもう世間は暗くなっていて、室内はひとつの燭台に乗った蝋燭の灯りしかない。

 腹部は、包帯かなにかでキツめにグルグル巻きにされているような感触がする。正直、どんなことになっているのか見たくない。


「言っておくが、あれから二日、経っているぞ」

「二日っ?」


 刺された日の夜じゃなかったのか。驚きのあまりに起き上がろうとしたが、当然、再びの激痛に襲われた。

 呻く俺を見て、ドロテアが呆れたような声を出す。


「寝ていろと言ったのに」

「いや、驚いてしまって」

「この二日間、皆が交代でお前の看病をしている。元気になったら礼を伝えて回れ」

「はい」


 背中から刺されるどころか、助けられているようだ。ありがたい。


「水を飲ませようと、口を開かせて、ヤカンの口を突っ込んでいたぞ」


 ……それは、お礼を言うところなのだろうか。


「大丈夫だ、今は吸い飲みを持ってきたから」

「あ、ありがとうございます……?」

「うん」


 ほーっ、と息を吐く。

 そうして話をしているうちに、頭の中が少しずつ整理されてきた。どこか夢の中のようにぼんやりとしていたものが、輪郭を持ち始める。


「俺、生きてますね」

「ああ」


 枕に頭を埋めて目を閉じる。

 死を覚悟したのに、どうやら生き残ってしまったらしい。


「なんか、こんな状態なのに、ずっといい夢を見ていた気がします」


 とても心地良い声が、ずうっとしていたような。


「そうだろうな。昨日までいたから」


 ドロテアがあっさりと頷く。なぜ肯定できるんだ。あと、昨日までいた?


「誰が?」

「イサベリータ殿下だ」

「えっ?」


 驚きの声を上げてドロテアに視線を移すと、彼女は小さく笑った。


「お前が刺されたあと、すがりついて泣くものだから、引っぺがすのが大変だった」


 苦笑交じりにそんなことを教えられる。

 じゃあ、わんわん泣いていたのは、夢じゃなかったのか。しかもそのあと、ずっとついていてくれたのか。


 あと夢の中で聞いたのは……いやそれはたぶん、俺にかなり都合のいい願望が入っているっぽいから、さすがに夢か。恥ずかしい。


「助かって良かったな」

「はい」

「あとほんの少し、小指の先ほど刃先がずれていたら、助からなかったと医師が言っていたぞ」


 そう言いながら、ドロテアは親指と人差し指でわずかな隙間を作ってこちらに見せた。


「そう……ですか」


 こんなところでも、俺の強運は発揮されたらしい。

 ドロテアはこちらに腕を伸ばし、額に乗せられた布を手に取る。それから顔をしかめた。


「やっぱりまだ熱があるな」


 どうやら、かなり熱くなっていたらしい。ベッドの脇にあったサイドテーブルの上の桶に布を突っ込むと、ザバザバと濡らしている。


 そのまま、こちらを見ることなく口を開き、ぽつりと語り出す。


「私は、イサベリータ殿下の母君の騎士をしていて」

「え」


 初耳だった。

 ドロテアは、聞こえるか聞こえないかの小さな声で続ける。


「守れなかった」

「え……病気で亡くなったんじゃ」

「そうだ、病気だ。けれど騎士たる者、その御心も守るべきだったんじゃないかと、そのとき考えたし、今も悩んでいる」


 そして手の中にあった布を、ぎゅっと絞った。


「悪意にまみれてしまったから死期を早めたんだと、私は思っているんだ」


 悪意。

 きっと、イサベリータ殿下がいたような、あんな居心地の悪い状況に置かれていたのだろう。


「それで、亡くなる直前、イサベリータ殿下のことを頼まれてな」


 ドロテアほどの実力者が、第三王女の専属騎士なのはどうしてなのかと思っていたが、殿下の母親の願いをきいて、無理を言ってその席にいたのだろう。


 ドロテアは手に持った布を、また俺の額に乗せた。


「だから、ありがとう」


 そう口にしたとき、彼女の手が俺の目の前にあって、その表情を見ることは叶わなかった。

 けれどきっと、いつか井戸の前で見た、あんな柔らかな笑みを浮かべているのだろう。


「ヘルマン団長も心配している。呼んでこよう」


 そう言ってドロテアは、小さな椅子から立ち上がり、そして部屋を出て行った。

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