31. 王女のひとりごと
エド。わたくしね、実はあなたのことは、わたくし付きの騎士見習いになるずっと前から知っていたの。
だってわたくしの部屋から騎士団の宿舎が見えるの。しかも裏手よ。宿舎から出たゴミも夜のうちはそこに積み上げられていて、とても良い景色とは言えなかったわ。
エドはよく、そこに呼び出されていたわね。そして自分より身体の大きな騎士たちに、黙って殴られていたわ。
わたくしみたい、と思った。
黙って耐えるしかできないのね、と思っていたの。
ところがエドときたら、ある日とうとう殴り返してしまったわ。本当に驚いちゃった。でも、あれはちょっとやりすぎだったと思うの。もう少し手加減というものを覚えたほうがよくてよ。
だからドロテアにお願いしたのよ。あの人を、わたくしに付けてくれないかって。
そうしたら、少しはわたくしも勇気が湧くかしらって。
ドロテアは、まだ未熟ですが良い子です、多少不出来なほうが御心も休まるかもしれません、って失礼なことを言っていたわよ?
そういうわけで、エドの意思とは関係なく、わたくし付きになったのよ。ごめんなさいね。
でも全然、変われなくて。だってお姉さま方って、ちょっと怖いんですもの。わかるでしょう?
そうそう、最初の頃、わたくしエドにちょっといいところを見せたくて、難しい本をわざと読んでいたの。そうしたら、眠くなってしまって……恥ずかしいったらないわ。
けれどそれで勉強会を開けるようになったのだから、恥をかいたのも悪くはないわね。
あの勉強会の日々は、本当に幸せな時間だった。
それなのに、「もう大人になられるのですから、特定の異性と親しくなさるのは控えるのがよろしいかと」ですって。
こんなことなら大人になんてなりたくないわ、と思ったものだわ。
それからエドの騎士昇格が決まって、叙任式をすることになったわね。
だからわたくし、すっごく練習したのよ。本番も、なかなか上手くできたでしょう? 練習をした甲斐があったというものだわ。
あのときのエドは、正式な騎士の制服を着ていて素敵だったから、ドキドキしてしまったわ。ええ、少しだけ。ほんの少しだけよ。
だから思わず、頬に口づけしてしまったの。許してちょうだい。
いえ、仕返しされたのだから、許しを請う必要はなかったわ。
エドはそうして成長していくのに、わたくしだけいつまでたってもお姉さま方の前では俯いてしまっていたから情けなくて。
それではいけないと、がんばって反論してみたのだけれど、やっぱり上手くいかなくて。
そうしたら、エドが助けてくれたのよ!
だからわたくし、間違っていないんだって励まされたの。エドのおかげよ。
あのときのエドも素敵だったけれど、申し訳なさのほうが勝っていたかしら。
ねえ、エド。わたくし、できることならずっとエドと一緒にいたいと願っていたの。
けれど、わたくしは元々、政略の駒として王家に拾われた。
だからいずれ、王家が決めた、誰か見知らぬ人と結婚することだけは決まっていたの。それだけは揺るがない決め事だったから、胸に秘めるしかなかったわ。
そうして王家が決めたお相手は、ミゲルさまだった。ミゲルさまは、とてもお優しいし、わたくしを大切に思ってくれるし、エドよりずーっと素敵なお姿をされているわ。本当に良縁を結んでいただいたのだと思う。
けれど、エドじゃないの。ミゲルさまはエドじゃないのよ。
それも仕方ないわね。そこまで望んだら、罰が当たってしまう。
もし、わたくしが王家に拾われなかったら、と何度考えたか知れない。
そうしたら、わたくしは平民のままでエドに会えたかもしれなくて、もっと気軽に触れ合えたかもしれないと思うの。
でもその場合、わたくしの容姿は今よりずっと劣っているということになるわね。そんなわたくしでもエドは仲良くなってくれるかしら? 恋人にしてくれるかしら?
エドの女性の好みはどんなのかしら。近付けるように、きっとがんばったと思うわ。
でもそんな、もしも、の話は無意味ね。虚しくなるだけだもの。
だから、エドがわたくしの知らないところでも、元気で、そして幸せになれるよう、それだけを祈ることにしたの。教会に行ったとき、いつもこっそりと祈っていたのよ。
それなのに、これはなに?
どうしてわたくしを庇って刺されてしまったの?
許さないわ、こんなこと。許していいはずがない。
起きなさい、エド。早く、目を開けて――。




