27. 騎士の恋愛事情
フロレンシア殿下が出国してしまったあと。
彼女に言われたことを反芻しているのか、ときどきイサベリータ殿下は窓の外を眺めながら、物思いにふけることがあった。
決して景色の良い場所とは言えない窓の外。騎士団の宿舎の裏手が見えるようなところより、せめて花壇が楽しめるようなところであれば良かったのに、と思う。
ふいに殿下は、壁際で置物をやっていた俺のほうに振り返り、話し掛けてきた。
「エドもいつか結婚するのかしら」
フロレンシア殿下の婚約をきっかけに、結婚というものを真剣に考えるようになったのかもしれない。
俺の話が殿下の役に立つとはまるで思えないが、一応は答えた。
「俺ですか? いや、結婚なんて想像がつかないですね」
結婚どころか、恋人ができるのかすらも怪しい。
「女っ気のない人生ですから」
「あら、そうなの?」
「はい、残念ながら」
「そうよねえ、女性に好まれそうな感じではないものねえ」
頬に細い指を当て、物憂げにそんなことを零す。
余計なお世話だ、と口にはしなかったが、顔には出ていたらしい。
「女性たちに好かれたければ、もっと粋にならないと」
「粋……ですか」
「ええ、アルトゥーロお兄さまを見てご覧なさいな。洗練されているでしょう」
いや、王太子殿下と比べられても困る。
「それはいくらなんでも無理です」
「あらそう?」
そう返してきて、なにがおかしいのか、クスクスと笑っている。
「殿下は、アルトゥーロ殿下がお好きなんですね」
というか、今となってはフロレンシア殿下主催のお茶会がなくなったためか、王子王女たちが集まることもない。
アルトゥーロ殿下とだけは、かろうじて食事を一緒にとったりしていた。
すると殿下は、少し考えるような素振りをしてから、口を開いた。
「まあ……そうね。アルトゥーロお兄さまだけが、普通に相対してくれるから」
「普通?」
「わたくしのことを、嫌ってもいないし、好きでもないの。そして他のお兄さま方にも同じ態度なの。そういう方だと思うわ」
「そう……ですか?」
「そうよ。だから安心できるわ。誰に対しても線引きしている。わたくし、重い感情は疲れてしまう」
その言葉に、ビクリと身体が揺れた。重い感情。
「それではいけないと思うのだけれど」
そして、ほう、とため息をついた。
「まあ、お兄さまのようになれとは言わないけれど、参考にしてはどう? そうすると恋人もできるわよ」
イサベリータ殿下は揶揄うように笑って、続ける。
「それとも、仕事が恋人って感じなのかしら?」
「いや、そういうわけでは……」
ぼそりと反論すると、殿下は驚いたように目を見開いた。そんなに驚くことなのか。
「まあ、仕事が大好きなのかと思っていたわ」
「やるべきことだとは思いますが、大好きとまでは」
「あらそうなの。仕事が恋人というのも勇ましくていいと思うけれど」
「いや、恋人は女性がいいです」
そう軽口に応えると、殿下はピタリと動きを止めたあと、こちらをチラリと睨んでくる。
「……そう。不真面目なのね、エドは」
「えっ」
「恋人を欲しがるなんて、ええと、その……爛れているわ」
「爛れ……」
なんという言葉を使うのか。
そしてこの心の内は、確かに爛れているので、反論もできない。
というか、俺に恋人を作れと言うのか、作るなと言っているのか、訳がわからない。
言葉を失う俺を見ると、イサベリータ殿下は軽く肩をすくめた。
「まあいいわ。エドに恋人ができようとできまいと、わたくしには関係ないもの」
「はあ……まあ、そうですね」
一介の騎士の恋愛事情など、王女に関係があるわけがない。
だからそれ以上には、話は発展しなかった。
「ドロテアは? 結婚はしないの?」
同じく置物をやっていたドロテアに向けても、殿下は質問を投げかける。
彼女は直立不動の姿勢のまま、問いに答えた。
「私もエドアルドと同じく、恋人すらおりませんから」
「そうなの。ドロテアは、どういった殿方が好みなのかしら」
「私は、自分より強い男が好みです」
そのきっぱりとした返事に、思わず殿下と顔を見合わせてしまう。
「いるかしら?」
「……団長くらい……ですかね」
「前途多難ね」
そうため息交じりに零してから、イサベリータ殿下はまたクスクスと笑い始めた。




