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美貌の王女と強運の騎士  作者: 新道 梨果子
本編

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20/36

20. 騎士の誓い

 床まで届く長いヴェールを被り、真っ白いドレスに身を包んだイサベリータ殿下はしずしずと、跪く俺の前に歩いてくると、そこで立ち止まる。

 見上げれば、彼女はこちらを見返してきて、わずかに不服げに口を尖らせた。


 あら、わかっていたの? 驚かせようと思っていたのに。

 そんな気がしていただけです。

 つまらないこと。目を見開くなり、声を上げるなり、なんなりなさい。


 お互い、なんの言葉も交わしてはいないが、そんな会話が繰り広げられたみたいだった。

 しかし殿下はすぐに背筋を伸ばしてまっすぐに前を見る。


 教会内にいた人々は、その美しい立ち姿に目を奪われたようで、誰も言葉を発さない。


 イサベリータ殿下は司祭から剣を受け取ると鞘から取り出し、その鞘を司祭に預けると、胸の前で両手で柄を握り、天に向かって剣身を掲げた。


 教会内はあれだけざわついていたのが信じられないくらいに、しん、と静まり返っている。

 静謐な空気が辺りを満たしていき、まるで違う世界に迷い込んだように思えた。


 ああ、なんて。

 なんて神々しいんだろう。


 その桜色の唇が動き出し、響き渡るように言葉を紡いでいく。


「神は正しき者の道を知りたもう」

「されど悪しき者の道は滅びん」


 殿下が、俺の道しるべだ。


「汝は我を囲む盾なり」

「我が栄なり、我が(かしら)をもたげたもうなり」


 俺は、殿下を守るために騎士になる。


「我、その義にふさわしき感謝を捧げ」

「いと高き主を褒め詠わん」


 俺にとって、もしかしたら神とは、イサベリータ殿下のことかもしれない。

 だってこんなに、美しい。


「神の御名により、我、汝を神に仕える騎士たる職に任ず」


 そして掲げた剣を下ろすと、剣の平で、俺の左肩を三度叩き、それから右肩も三度叩く。

 殿下は司祭が預かっていた鞘を受け取ると、剣身をゆっくりと収めた。


 最後に身を屈め、こちらに剣を差し出してくる。それを両手で受け取り、左腰の剣帯に収めようとして俯いたとき。


 ふと、右頬に温かな感触。


「えっ」


 思わず、声が漏れた。

 まさか。いや、でも。これは。


 頬に、口づけを、落とされた。


 呆然として見上げると、殿下は口元に弧を描いて、身体を起こして胸を張った。


 どう? 驚いた?


 その深い海色の瞳が、如実にそう語っていた。


   ◇


 すべての儀式を終えると、イサベリータ殿下が祭壇から降りようとしたので、脇に寄ると手を差し伸べる。

 殿下はその手を取ると小さな階段を降り、そのまま身廊を歩いて、人々が腰かけている規則正しく並ぶ長椅子の間を抜けて、拝廊の扉に向かって歩を進めた。


 まるで、この先の人生を描いているようだった。

 殿下の助けを借り、殿下のために手を差し伸べ、殿下のために歩いていく。


 開いた扉にたどり着くと、殿下は俺の手を放し、教会外に集まっていた人々に向かって、小さく手を振った。


「姫さまー!」

「イサベリータさまー!」

「王女さまー!」


 わっと歓声が沸いた。皆、こちらを見て欲しいと大きく手を振っている。

 やれやれ全部持っていかれたな、と苦笑していると、前を向いたままの殿下から、小さな声が聞こえた。


「応えなさいな」

「え?」


 言われて顔を上げると、歓声は殿下にだけに向けられていないことに気付く。


「騎士さまー!」

「おめでとうー!」

「がんばれよー!」


 不覚にも、じわりと視界が滲んだ。嬉しそうに手を振る人々がいる。これから先、この光景を忘れることは、きっとない。

 俺は本当に騎士になったんだ。


「泣いているの?」


 今度は揶揄うような声が俺に向けられて、そちらに視線を移す。

 イサベリータ殿下は、俺の顔を見て、楽しそうに微笑んでいた。


 俺はその場に跪くと、殿下の手を取る。


「えっ」


 戸惑う声にも構わず、その手の甲に触れるか触れないかの口づけを落とした。

 見上げれば、イサベリータ殿下は耳まで真っ赤にしている。


「おー!」

「やるな、騎士さま! 物語みたいだ」

「かっこいいー!」


 そんな冷やかしの言葉まで飛んできた。

 殿下はいつものように、軽く口を尖らせる。


 仕返しです。

 ニヤリと笑うと、仕方ないわね、という風に殿下は肩を落とした。


「今日は、お祝いですものね。許してあげてもよくてよ」

「光栄です」


 そんな風に歓声に包まれながら、俺の騎士叙任式は終わった。

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