16. 誕生会の後始末
それからしばらくして誕生会は閉幕となり、広間にいた人たちは波が引くように去っていった。
少しして、ドロテアがやってきて顔を覗かせる。
「エドアルド、ご苦労だったな。撤収だ」
「はっ、はい」
そう声を掛けられて、身体の力を抜く。どうやら何ごとも起きなかったらしい。
けれどドロテアが小さく首を傾げる。
「どうした、顔が赤いぞ」
「えっ?」
慌てて頬に手を当てる。自分の手がひんやりとして、心地よかった。
「そ、そうですか? な、なんでだろう」
「もしかして、誰か来たのか」
「ええっ?」
なぜわかった。顔が赤いだけで。
ドロテアはくるりと踵を返すと広間の中へと歩き出す。俺は慌ててそのあとをついていった。
歩きながら、ドロテアは説明を始める。
「あの辺りはな、まあ……卑猥な行為をしようとする人がたまに来るんだ。だから、一人置いておく。立っているだけで牽制になるからな」
「ああ……」
それで。
確かに、男女がやってきて、俺が立っているのを見ると背を向ける、ということが何度かあった。どうやら、いかがわしいことをしようとしていたのだろう。幸い、それ以上のことはなかった。もしあったら、いたたまれない。俺は純朴な青少年なのだ。
ドロテアはこちらに顔を向け、口を開く。
「違うのか?」
「えっ、あ……」
どう答えようかと考えているうち、ドロテアはピタリと足を止め、そして俺の太もものあたりを指さした。
「どうした、エドアルド。制服が汚れているぞ」
「あ、いえ、これは……」
本当だ。やっぱり滑り込んだからか、足の横のあたりが草の汁とか土とかの色が付いてしまっている。これは念入りに洗濯しないと、とため息が漏れた。
それからドロテアは続けて眉を顰める。
「なんだ? 手のひらも擦っているな」
「えっと、大したことは……」
目ざとい。心持ち、隠すように拳を握っていたのに。
するとドロテアは身体ごと振り向いて、片手を腰に当てると、俺の前に立ちはだかった。
「正直に申告しろ」
「え、あの」
「正直にな。詳細に」
もちろん俺に、黙っているという選択肢はなかった。
◇
もちろん庇ったからといって、お褒めの言葉を貰えるわけではなかった。
ヘルマン団長の部屋に呼び出された俺は、長々とした説教を聞き続ける羽目に陥ったのだ。
「いいか、エド。護衛というものは、危険に晒す前に止めてこそ、なんだ」
一応、助けたと言えなくもないのに、なぜ説教を受けているのか、という不満が顔に出ていたのだろう。団長の説教はとどまることを知らない。
「目配りが足りないんだ。庇って負傷するなんて、三流のすることだ」
いくら目を配ったって、あの状況で倒れる前に殿下を止めることができたのか? いや無理だろう、と心の中で思う。
すると、いきなりゲンコツが降ってきた。
「いってえ!」
俺は叩かれた頭を押さえて、しゃがみ込む。まさか本気ではなかったとは思うが、頭の形が変わったんじゃないかと思うほどの痛さだった。
恐る恐る、殴られたところを撫でてみる。どうやら俺の頭は丸い形をしたままのようだった。
ほっと息を吐いたところで、目前からもハーッと深い息を吐いたのが聞こえた。
「お前なあ……」
「いや俺、ちゃんと話は聞いてました。なんで殴られたんですか」
そう不服を訴えると、団長は鼻で笑う。
「嘘つけ。止められるもんかって顔してたぞ」
すげえ。よくわかったな。
感心して、おお、と声を漏らすと、「やっぱりな」とため息交じりに返された。
「俺はな、騎士団長なんだよ」
なんだ、いきなり。
「だからな、理不尽と思われることだって、言わないといけないときも多々あるんだ」
「はあ」
「とりあえず、今日はこれくらいでいいか」
そう締めると、パン、と手を叩く。
「よくやった」
思いがけず、そんな言葉が飛び出して、俺はポカンと口を開けてしまう。
「けれど、危険に晒す前に止めろというのは忘れるな。怪しいヤツはいるか、人が隠れる場所はあるか、どこか無防備になっていないか、常に目を配れ」
「はい」
その忠告には納得して、背筋を伸ばして首肯する。
「退室してよし」
それだけ告げて、ヘルマン団長はシッシッと追い払うように手を動かした。
けれどどうやら先ほどの「よくやった」は、お褒めの言葉というものだったらしい。
「はい、ありがとうございます」
そう返して、緩みそうな口元をきゅっと引き結ぶと、俺は頭を下げた。
◇
説教が終わったあと、俺はドロテアの部屋に向かう。
ノックをすると扉が開いて、ドロテアが顔を出した。
「どうした」
「あの、これ」
俺は借りていた剣を両手で差し出す。
使うことはなかったが、今日一日、本物の騎士になれたみたいで嬉しかった。
「ありがとうございました」
「ああ」
ドロテアは剣を受け取ると、口元に笑みを浮かべた。
「早く、自分の剣を持てるようにならないとな」
「はい」
その日のために明日からもがんばろう、イサベリータ殿下のお側に、本物の騎士として立つために。
そのとき俺は、そんなことを思ったのだった。




