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美貌の王女と強運の騎士  作者: 新道 梨果子
本編

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15/36

15. 夜空に輝く星よりも

「で、殿下……」

「さっきチラッと目に入ったから、エドアルドではないかと思ったの」


 どこか得意げに、イサベリータ殿下はそう言った。

 俺は思いも寄らぬ人の登場にうろたえて、キョロキョロと辺りを見渡してしまう。

 広間の中にも視線を移してみたが、どうやらこちらを注視している人はいないようだ。皆、歓談やダンスや飲酒に忙しそうにしている。


 とはいえ、今日の主役がこんな端っこにいてもいいものか。


「大丈夫なんですか」

「大丈夫よ。疲れたから少し休憩すると伝えてきたもの」

「そうでしたか」

「それに皆さまは、アルトゥーロお兄さまとお話ししたいの。わたくしは、もうすべての方に顔見せは済んだから」


 その平淡な声を聞いて、ああ、殿下は、これは品評会なのだと理解しているのだ、とわかった。

 いずれ、どこかの誰かに嫁ぐために、いかに自分を高価に見せるか、という会なのだと認識している。


 ふと、殿下は俺の腰に目を留め、驚きの声を上げた。


「えっ、どうして帯剣しているの?」

「ああ、これはドロテアに借りました。威嚇用だそうです」


 剣の柄に軽く手を置いて、苦笑交じりにそう答える。すると殿下は胸に手を当て、ほうっと息を吐いた。


「そうなの。わたくしが知らない間に叙任式を終わらせたのかと思ったわ」

「まさか。まだまだですから」


 すると、イサベリータ殿下は、ずい、と一歩前に踏み出し、そしてドレスの裾をちょっとだけ持ち上げる。


「どう?」


 今回は、どう応えて欲しいのか、すぐにわかった。


「とても、お美しいです」


 心からの言葉を述べる。

 とても綺麗だ。この広間の中にいる着飾った女性たちの誰よりも。夜空に輝く星よりも……は、少しキザかもしれないが、言い過ぎではないと思う。


 殿下は満足したのか、ふふん、と笑って胸を張った。


「ダンスも上手く踊れたわ」

「ええ、見えました。素敵でした」


 そんな朴訥とした言葉に、彼女は目を細める。


「そう、それならいいわ」


 そう返してきて、その場でくるりと一回転してみせる。

 しかし最後の着地でバランスを崩し、身体が傾いだ。


「きゃ……」

「殿下!」


 俺は反射的に駆け寄る。

 そしてイサベリータ殿下の身体の下に自分の身体を滑り込ませるようにして、なんとか地面に叩きつけられることだけは阻止した。


 ホーッと息を吐き出す。

 身体の上にいる殿下は、仰向けになったまま、瞬きを繰り返していた。現状を把握できていないようだった。


「大丈夫ですか、お怪我は」


 そろそろ起き上がってもらわないと、非常にまずい。いろんな意味でまずい。

 けれど俺からは指一本触れることはできないから、殿下にどいてもらわないといけない。

 誰も見ていないよな、と心配しつつ、両手を開いて腕を左右に浮かせる。触っていませんよ、という主張をするように。


 我に返ったのか、突然に殿下は立ち上がって、小走りで元の位置に戻る。それから両の腰に手を当てて、背筋を伸ばした。

 この薄暗がりの中でも、顔が真っ赤になっているのがわかる。

 俺は呆然と、後ろに手をついてしゃがみ込んだまま殿下を見上げた。


「は……はしゃぎすぎたわ」

「は、はい」


 もうどう返していいのかわからない。

 イサベリータ殿下も、どうしていいのかわからないのだろう。何度も口を閉じたり開いたりしている。

 それから、なんとか、といった感じで声を絞り出した。


「あ、あの……悪かったわね」

「い、いいえ」


 俺は立ち上がって、直立不動の姿勢を取る。すると、殿下は驚いたように口元に手を当てた。


「怪我をしたの?」

「え?」


 視線を追ってみれば、手のひらから血が滲んでいた。さきほど滑り込んだときに、地面で擦ったのだろう。


「ああ、かすり傷です。怪我と呼べるものでは」


 本当に、怪我だなんて大げさなものではない。むしろこの程度で傷を作ってしまうだなんて恥ずかしいことだ。


 しかし殿下は、ビシッと俺を指さすと、口を開いた。


「エドアルド、お前、わたくしを守って怪我などしないように」

「えっ」


 急に、そんなことを言われても。

 王女を守るためなら自身のことなど後回しにするのが、騎士というものだ。見習いだけど。


「目の前で怪我なんてされたら、寝覚めが悪いわ」


 続けて、そんな憎まれ口を叩かれる。

 けれどどこか、その口調に温かさが混じっているのが感じ取れた。


「はい」


 俺は、御前で腰を折る。


「以後、気を付けます」

「そうなさい。命令よ」


 つんとすまして、そう返してくる。

 これはきっと、優しさというものなのだろう、と思う。胸の中に、温かななにかが生まれた気がした。


 だから、つい、言ってしまったのだ。


「あの」

「なに?」

「お、お誕生日……おめでとう、ございます」


 しどろもどろな俺の言葉を聞くと、しばらく目を瞬かせてこちらを見つめたあと。

 ふふ、と笑ってから、殿下は口を開いた。


「ありがとう」


 そしてくるりと身を翻すと、広間の中に戻っていく。

 するとその場には、元の通りの薄暗い静かな空間が戻って来た。

 俺は姿勢を正すと、また両腕を後ろに回し、肩幅に足を開いて、広間の中を見守る任務に戻る。


 けれど心臓が、飛び出してしまうんじゃないかというくらいにうるさく脈打っていた。熱くなった頬に、夜風が気持ちいい。


 今夜の俺は、もしかしたら、あちら側の世界に迷い込んでしまったのかもしれない。

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