14. 王女の品評会
そして誕生会はやってきた。
俺は始まる二時間も前から、いつも首から下げているネックレスに加えて笛をぶら下げて、指示された通りにテラス近くで立っていた。
後ろに両腕を回し、肩幅に足を開き、そのままの姿勢で動くことはない。どうせ誰も見ていないんだから、とダラけてしまいそうな自分を叱咤し続ける。
俺も立派な置物になったもんだ、と自嘲的に思っているうち、来賓の方々がチラホラと広間に集まり始める。
まるで別世界だな、と思う。
キラキラと輝くシャンデリア、煌びやかで豪奢なドレスを纏った女性たち、きめ細やかな刺繍が縫い込まれた宮廷服を着こなす男性たち。それぞれいくつもの宝石を身に着けているから、それらに蝋燭の火が反射して、こんな陰にいても眩しいほどだ。
広間の隅にいる楽団が、澄んだ音を奏でていて、ゆったりとした時間が広間の中に流れている。
すると、どこかで侍従が声を張り上げた。
「王太子殿下アルトゥーロさま、並びに第三王女殿下イサベリータさまのお成りです!」
ざわざわとした喧騒に包まれていた広間に、ピタリと静寂が訪れる。
それから、拍手が湧き上がった。
俺の位置からは見えないが、どうやら二人が入場してきたのだろう。
「まあ、初めて拝顔いたしましたけれど、こんな遠くからでもお美しいのがわかりますわ」
「お二人で並ぶと、本当に華やかだ」
「イサベリータ殿下は、クルーメル王国最大の宝玉とも聞こえてまいりますもの」
テラスの近くにいた誰かが、そんなことを口にしながら拍手し続ける。
よくは聞こえないが、二人は挨拶もこなしたようだ。
「十一歳とはいえ、すでに品格がございますわね」
「これは本当に先が楽しみだ」
それから、楽団の奏でる曲は静かに流れるようだったものから重厚な音に変わり、それに合わせて広間の中にいる人々はそれぞれに踊り始める。
お披露目会ということだから、参加者すべてに顔を見せたいのか、アルトゥーロ殿下とイサベリータ殿下は、踊りながら中央にやってきた。俺の位置からも見える場所だ。
ああ、本当に、綺麗だ。
今日はお側で突っ立っているという任務ではなく、ここに立たなければならなかったから、殿下の今日の装いは見ていなかった。
イサベリータ殿下は、緩やかに波打つ金髪を結い上げ、いくつもの宝石で髪を飾っている。
ドレスは紫苑色で、腰からレースを幾重にも重ね、高貴な雰囲気が滲み出ていた。
少し頬が紅潮していて、輝く深い海の色の瞳で王太子殿下を見つめて、桜色の唇が綻んでいる。
このテラスから内側は、なんて華やかな世界なんだろう。
あちら側がイサベリータ殿下のいる世界で、この夜風が吹く寂しい場所が俺のいる世界だ。
最近、勉強会で近くにいるからか、少しその感覚が狂ってきている気がする。
ちゃんと認識しないといつか身を亡ぼす、と頭の中で警鐘が鳴り響いているのに、それを無視したい自分がときどき顔を出すことがある。
イサベリータ殿下だって普通の女の子なのだ、と。
もっと近くに歩み寄ってもいいのではないか、と。
俺は、長く細い息を吐き出し、背筋を伸ばした。
こうして外から眺める場所に配置されてよかった、と思う。決して手の届かない人なのだと再認識できた気分だ。
本当に気を引き締めないといけない。俺は、甘えなど許されない立場なのだ。
◇
それから、また広間内に喧騒が訪れ、ここから少し離れた場所では踊る人、テラス前では飲み物を口にする人、挨拶を交わしている人、いろんな人が俺の視界の中に入ってきては去っていった。
おそらく、ここに騎士見習いが一人でポツンといるだなんて、目に入ってもいないのではないだろうか。
しばらくすると男性三人組が、テラス前で会話を始めた。少し夜風に当たりたい気分なのかもしれない。
「イサベリータ殿下は噂通りですな、実は妖精なのだと言われても信じてしまうかもしれない」
「本当に、さぞや美しくご成長なさることでしょう」
「しかし、いかんせん、若すぎる」
「相応の年齢の王子がいる国は、今から唾を付けておくのも手かもしれません」
「まだ子どもですからね、お世継ぎを産めるようになるまで何年かかるか」
「それまでクルーメル自体が繁栄したままならいいがね」
「今日はハンネスタ王国からも、やってきているようですよ」
「ほう、紹介はしないのでしょうか」
「内々には挨拶しているでしょう。あそことは緊張状態が続いていますから、大々的に紹介するのはまずいかもしれないとの判断では」
「なるほどね。しかしあそこの王子は、二十歳を超しているのでは」
品評会みたいだ、と思う。
淑女として認められたと喜んでいたイサベリータ殿下を思うと、胸が苦しくなった。
それからも何人かがやってきて、似たような話をすると去っていった。アルコールが回ってきたのか、皆、ペラペラと喋っては笑っている。
もう何組の噂話を聞いただろう。さすがに嫌になってくる。
そろそろお開きとはならないのだろうか、とため息をついていると。
「やっぱり、いたわ」
ふいに高い声がして、慌てて顔を上げる。
そこには、口元に弧を描き、こちらをまっすぐに見つめるイサベリータ殿下が立っていた。