13. 誕生会の準備
誕生会の準備のため、しばらく勉強会はお休みすることになった。
挨拶の練習や、衣装合わせや、式次第の確認や、来賓がどのような人物なのかを覚えたりまで、やることはいくらでもあるらしい。
王女さまの誕生会って大変なんだなあ、と思うが、騎士団のほうもバタバタと準備が始まった。
「イサベリータ殿下が初めて舞踏会に出席されるんだ。来客も多くなる。警備を厚くするぞ」
ヘルマン団長の指揮の元、皆、緊張の面持ちで事に当たっている。
王城の見取り図を広げて数人で配置を確認しているときに、それを後方で見守っていた俺を団長が呼んだ。
「見習いだが、エドは殿下の専属だからな、一応参加してもらうぞ」
「は、はいっ」
王族たちや貴賓がたくさん参加する舞踏会の警備だなんて、そんな重要な任務を与えられるんだ、と思うと身が引き締まる思いだった。
とはいえもちろん、重要な区画を任されるわけではなかった。
「お前は、ここを守っていろ」
団長が指さしたそこは、広間の本当に端っこに設置されているテラスだった。しかも城壁が目前で、その城壁の向こうは崖という場所だ。そのくせ、広間からの灯りを受けて明るい。侵入者がいたとして、こんなところを進路にも退路にもしないだろう、と思われる。おそらくは、人いきれで疲れた人たちのための休憩場所なんだろう。
けれど、任務だ。しかも、重要な催しの。
舐めてはいけないよな、と気合いを入れる。
「猫の手も借りたいからな、見習いも出そう。仕方ない」
ため息交じりに団長が零す。
一言よけいだ。
◇
屋外の鍛錬場にて、模擬剣を振るっていたときだ。
「エドアルド、来なさい」
ドロテアに呼ばれて素振りをやめ、駆け寄って目の前に立つと、彼女は鞘に収まった剣をこちらに差し出した。
「見習いだが、今回は特別だ。他の騎士の剣だと長すぎるだろうから、私のを使え」
騎士と騎士見習いの、任務時の決定的な違いはこれだ。帯剣しているかしていないか。制服は同じでも、見れば見習いなんだとすぐにわかる。
「え、いいんですか」
「抜くことはないと思うし、抜いても使いこなせないとは思うが、まあ、威嚇用だな」
「威嚇……」
いつも鍛錬で使っているのは刃を潰した模擬剣だが、剣術指導はちゃんと受けているのに。
もちろん抜かないのが一番なんだろうが、使いこなせないってことはないと思う。
そんなことを考えていると、ドロテアがずいっとこちらに剣を差し出してきたので、それを両手で受け取った。
自分のものではないが、本物の剣だ。模擬剣とそう変わりない重さだった。それなのに、なんだかズシリと重い気がして緊張する。
模擬剣を差していた腰の剣帯は、二本差すことができるようになっていたので、それに収める。剣先が地面に着くようなみっともないことにならなくて、ホッと息を吐いた。
ドロテアは続けてゴソゴソとポケットを探ってなにかを取り出す。
「エドアルドの武器は、これだ」
そうして手渡されたものは、金属製の小さな円筒形をした笛だった。
「不審者がいたら、死ぬ気で吹け」
「死ぬ気で?」
笛を?
「援護が来るから」
「はい……」
万が一、不審者を発見したら自分で対処しようとせずに、援護を呼べということだ。
本当に期待されていないんだなあ、と肩が落ちた。
それを見透かしたのか、ドロテアは厳しさを含んだ声を掛けてくる。
「吹いてみろ」
「えっ」
「練習だ」
「笛の?」
「そうだ」
笛なんかに練習が必要なのかと疑問に思ったが、ドロテアはじっとこちらを真剣な眼差しで見つめている。
「で、では……」
けれどあまり大きな音が鳴ると、本番はともかく今は迷惑なのではないのかな、と辺りを見回す。なんだなんだと、他の騎士たちもこちらに視線を向けていた。
なんだか少し恥ずかしいな、と思いながら笛を口の前に置く。
そして息を吸い込み、口に咥えてふーっと思い切り息を吹き込むと。
フスーッと、わずかに笛の音が混じった空気の音がした。
「あっ、あれっ」
その場にいた騎士たちが、俯いて肩を揺らし始める。何人かは堪えられなかったのか、噴き出してしまった。お腹を抱えて膝をついている騎士もいる。
今の音は恥ずかしすぎた。顔から火が出そうだ。
すぐさまドロテアが、頭にゲンコツを落としてくる。
「いってえ!」
団長ほどの威力はないが、痛いものは痛い。
「死ぬ気で吹けと言っただろう!」
「は、はいっ!」
けっこう思い切り吹いたつもりだったのだが、どこか躊躇してしまったのだろうか。
今度こそ、と全力で息を吹き込む。すると、ピーッという高い音が響き渡った。
よかった、ちゃんと鳴った、と胸を撫で下ろす。
しかしドロテアは腰に手を当てて、大声を上げた。
「音が濁っているぞ!」
「ええー……」
「やり直し!」
そうして俺は、ドロテアのお眼鏡に適うまで何度も何度も笛を吹かされた。
やっぱり、剣を与えられても使い物にならないという判断は、正しいのかもしれない。




