廃棄姫はなぜかまだまだ忙しい
本作は「廃棄姫は今日も忙しい」の完全続編です。
本作だけでも楽しめるように書いたつもりですが、前作を先に読んでもらえるとより楽しめると思います。
この国のお姫様の顔には大きな傷がある、噂が噂を呼び国中に広がっていった。しかしその姿を誰も確認した訳ではなく、結局はそのお姫様が一度も表舞台に出て来なかった為、信憑性のない悪質な噂として人々の記憶から薄れていった。
しかし噂のお姫様は実際に存在した。
この国には6人の王の子がいる。まずは第一王妃の子供の第1子の長女レインと第2子の長男ハダル。次は第二王妃の子供の第3子の次男バレスと第4子の次女メリル、そして第三王妃の子供の第5子の三女リテ、第6子の三男サムだ。しかし6人いるはずの王の子の中に第4子メリル王女の名前だけがひっそりと消されていた。
その理由は第4子のメリル王女は幼い頃に事故にあい、顔に消えない大きな傷が残ってしまった。それはそれはとても醜い容姿をしているという話で、その事を不憫に思った国王は彼女を王族から廃棄という形で重責から解放し、王領の奥の院にて隠遁生活をさせてあげる事にしたのだ。
これは廃棄された王女メリルが自分をゆっくりと取り戻し、穏やかなスローライフを目指していく物語。
「何度も申しますがメリル様は醜くなどありません!」
私の専属従女のハーナがいつも通り私のネガティブな発言を叱ってくれる。
「で、でも顔にこんなに大きな傷があるんだから、お化粧なんてしても意味がないと思うのだけど?」
化粧をするのが面倒臭くて素っぴんで人前に出ようとしたら叱られてしまった、これで何回目だろうか?
「そんな事はありません!人前に出るのなら身嗜みをしっかりするのは最低限の礼儀です!!」
ハーナに怒られて鏡の前に無理矢理座らされる。自分の顔を見るとやはり溜息が出てしまう、消えることのない大きな傷跡にどうしても視線がいってしまう。
この顔の傷は誰のせいでもなく私の不注意が招いたものだ。幼い頃、木の上から降りられなくなった子猫を助けるために私は木に登った。何とか無事に猫を保護したけどバランスを崩して転落し、その時に尖った枝が私の顔を切り裂いてついたものだ。
あの時の事は本当に後悔している、なぜ周囲の大人に助けを求めなかったと今更ながらに思う。
そのせいで私は誰とも話せなくなり、人の目が怖くて常に仮面をつけて顔を隠し、自室に引き篭もってしまった。
ハーナの化粧のお陰で少しだけ見れる顔になった、これでお客様の前に出る事が出来る。
「姫様、お元気そうで何よりです」
私の専属の近衛騎士長だったマルクが立ち上がって私に頭を下げる。
「ふふふ、私はもう姫ではないです。メリルという名前で呼んで欲しいのですが?」
するとマルクは顔を真っ赤にして拒否する、そんなに必死に拒否しなくても良いのに。
マルクは頻繁に私のもとに訪れてくれて話し相手になってくれる。最初に来た時は私の顔の傷の事をずっと責任を感じていたと胸の内を告白された。私としてはマルクは全く非は無いので、これ以上謝らないで欲しいとは何度も言っている。
「それよりも良いのですか?私のもとに頻繁に訪れてますが、ちゃんと近衛騎士の仕事もして下さい」
「いえ、私は近衛騎士を辞めました」
え?は?近衛騎士を辞めた?
「近衛騎士を辞めて王領の警備兵に志願しました。それが受理されてこうして見回りに来ております」
王領の警備兵?それって閑職だよね?花形だった近衛騎士を辞めて就くような仕事じゃない。でも志願したってどういう意味なんだ?
「私は、あの日から生涯をかけて姫様に尽くしたいと決意しております。何でもいたします、何でも命令して下さい」
しょ、しょ、生涯を尽くす!?
「ちょっ、ちょっとマルク様!こっち、こっちへ」
ハーナが慌ててマルクを呼び立てる。マルクは何事かとハーナの方へと歩いていった。
そう言えばハーナとマルクは最近頻繁に2人で何か話をしている。
もしかしてマルクが足繁く私の家にやってくるのはハーナが目当てなのでは?
私にとって生まれて初めて女の勘が冴え渡る!
ハーナが誰かと良い関係になっている姿を今まで見た事がない、世話好きで性格も良いし顔も美人だ、男性が声をかけないのはおかしいと思っていたんだ。
そう!まさにこれは恋の予感だ!!
これでも私も女だ、人の色恋沙汰に興味がないわけではない。逆に興味がありすぎて2人が行った隣の部屋の扉に近づいて聞く耳を立ててしまうくらいだ。
「メリル様にあんな言い方をしたら勘違いされるでしょ!もう少し言葉を選んで下さい!!」
「い、いや、別にそういった意味はないのだが、その、申し訳ない」
私の女の勘はゴミカスだったようだ。
しばらくしてマルクとハーナが戻ってくる。こってり叱られたのかマルクは落ち込んでいる。
「ハーナ、せっかくなのでお茶を淹れてもらっても良い?今日は貴女の淹れたお茶が飲みたいわ」
「え?わ、私に命じてくれるのですか!?はい!すぐに淹れて参ります!」
ここに来て出来るだけ自分でやるようにしていたので久しぶりにハーナにお願いした、頼まれたハーナは嬉しそうに台所へ行く。
「マルク・・・ハーナが御免なさい。さっきの会話、聞こえました」
「な!?」
マルクが驚く、まさか私に聞かれていたと思わなかったようだ。
「いえ、生涯お仕えたいのは本心です。ただ言い方に気をつけろと非常に強く釘を刺されまして」
恥ずかしそうに頭を掻いている。
「初めてお会いした時、私は新米の近衛騎士でした。正直言ってあの事故は未熟者の私が姫様から目を離したのが原因だったとずっと後悔しております。だから私はずっと姫様の近衛騎士を志願し続けてました」
この傷は私自身のせいだと何度も言っているのに、相変わらずマルクはそれを受け入れてくれない。
「だいたい誰にも何も言わずに勝手にここに移り住んだと聞いて大混乱になったのですから!王領内だから安全とは言えせめて護衛の者に声をかけて下さい」
その件は何度もお叱りを受けている。廃棄となるのだから誰にも迷惑をかけたくないと思い、ハーナと2人で先走っててこの奥の院に移り住んでしまった。本当なら色々と整備した後で住まわせるつもりだったとお父様とお母様にも怒られた。でも初めて私を叱ってくれたので悪い気がしなかったのは内緒だ。
「マルク様、その件については皆様から大いにお叱りを受けています、それぐらいにして下さいませ」
「い、いえ、決してそのような責めるつもりでは」
タイミング悪くハーナに話を聞かれたようだ、慌ててマルクが否定する。
「ハーナもそんなに怒らないで」
「分かってます」
普段ハーナは温厚なのに私の事となると短気になるのは何でだろう?
「そ、そういえば、お兄様じゃなくて王太子殿下の結婚が決まったというお話を聞いたけど、今は忙しいのでは?」
王宮が忙しい理由は知っている、一番上の兄のハダル兄様が隣国のお姫様を妃に迎えるのだ。
「ははは、私は近衛騎士ではないので蚊帳の外ですよ、周囲の人間は忙しくて目が回っているようですがね」
マルクは優秀な人間なのにこんな所にいるのは勿体ない気がする。
ハダル兄様の結婚の話は先日、第一王妃のレミリア様がここに来て色々と話していかれた。まずは私は王族から廃棄された身なので結婚式などに参加出来ない事、相手のお妃様に私の事をすぐに紹介出来ない事を謝られた。
私はそれは当然の事だと了承し、2人が上手くいく事を願っていると告げる、するとレミリア様が堰を切ったように愚痴りだした。国同士の政略結婚だと双方共に割り切っているのか2人とも事務的な感じがして辛いと愚痴り出してからは止まらなかった、もう少しお互い歩み寄ってもらうにはどうしたら良いかとか、私なんかに相談されても答えれる訳がない。
まあ、レミリア様があんなにお喋りな方とは知らなかった、今でも思い出すだけでクスッと笑えてしまう。
マルクはお茶を飲み終わると巡回の途中だったと言うのでそのまま仕事に戻るらしい。この王領の警備は平和で暇だ、これ以上の出世は見込めない仕事なのでいわゆる閑職と言われている。なので以前はおじいちゃん騎士が警備をしていたのを覚えている。
そして今回、私がここに住むようになってから警備が増強されたらしく、マルクら私の専属の近衛騎士だった人達がこぞって志願したのを後から知った。マルクのように元近衛騎士のみんなが私に会いに来てくれるので安心だし嬉しいのは本当だ、ただ優秀な彼等が私のせいでここにいるのに気が引けるし、彼等が訪れる度にハーナが不機嫌になるのも困ってしまう。
私が「お仕事頑張ってね」とマルクに声をかけると嬉しそうに頭を下げて仕事に戻っていった。こんな風に言えるようになったのはこの場所に移り住んだおかげだと思う、顔の傷のせいでいつも顔を隠していたし、人と会うこと自体避けてきたからだ。
「なに笑顔で手を振ってんだ?」
「うわぁ!?」
横から突然に声をかけられて大声を上げてしまった。
「お、お兄様!?驚かさないで下さい!!」
この国の第二王子で私の実兄のバレス兄様がいつの間にか私の横に立っており、明らかに不機嫌そうな顔をしている。
「・・・確かアイツはメリルの元近衛騎士の男だったな?」
「はい、仕事をサボって姫様のお茶を飲みに来る不届者です」
ハーナの顔が怖い、誇張してマルクの事を悪く言う。
本当に困った人達だ、怒りで今にもマルクの後を追って行きそうなお兄様と腕を掴み、強制的に家の中へ連れていく。
「今日はどうされたのですか?」
お茶を淹れながら尋ねる。お兄様は自分が持ち込んだフカフカのソファに寝転がる、実の兄妹だからなのか私の前では本当に遠慮がない。
「兄上の結婚が決まったから次は俺だと母上が意気込んでいてな、逃げてきた」
逃げて来ないでほしい。
「そんな、お母様だって頻繁にここに来るのだから逃げになってませんよ」
どうやらソッポを向いて私の苦言を聞く気が無さそうだ。
「お兄様は格好良くて男らしいのでどんな方がお相手でも大丈夫そうなのに」
つい小姑のような口調になってしまった、私自身が結婚を諦めているクセに何を偉そうに言っているんだか。
「・・・おい、今何と言った?」
怒らせてしまったか?
「どんな方がお相手でも」
「違う!その前だ」
何で身を乗り出しているんだ?
「お兄様は格好良くて男らしいので・・・」
すると口角が上がり再び寝っ転がってしまった。何があったのか私には全然理解が出来ないが怒っているわけでは無さそうだ。
「どうします?今日は泊まっていきますか?」
それによってはお兄様の分の夕食を作らないといけない。
「いや、泊まらないがメシは食う」
結局はお兄様の分の夕食を作らないといけないみたいだ。
「メリル!今日は服をたくさん持ってきたわよ!!」
突然玄関の方から大きな声が聞こえる、こうやって遠慮なく無作法に入ってくる人は限られている。
「げっ」
声を聞いてお兄様があからさまに嫌そうな顔をする。
「お母様、行儀が悪いですよ」
無作法に入って来たのは私の実の母親だ、この国の第二王妃がフラフラとこんな所に来ても良いのだろうか?
「いいのよ、将来は私もここに住むのだから」
お母様はそれを言い続けている、だけど全く生活能力の無いお母様がここに住めるとは思えないのだが?
「な、何よ、2人して変な目で見ないでよ!と言うか何でバレスがここにいるの!!」
お兄様も私と同じ事を考えているのかもしれない。
「母上よぉ、メリルとここに住むって事はせめて自分の事は出来るようにしないとダメじゃないのか?」
ああ、やっぱり同じ事を考えていてくれたようだ。少しだけ嬉しくなくってしまう。
「で、ででで出来るわよぉ!!ばばばばばば馬鹿にしないでくれる!?」
お母様は動揺を全く隠す事が出来ていない、すぐに顔に出てしまうので本当に分かりやすい。
ここで私は妙案が浮かんだ!私の一つの夢が叶うかもしれない。
「そうだ、それなら夕食を私と一緒に作ってみましょうよ!お母様と一緒にお料理するなんて夢のようだわ!!」
王宮に住んでいた時には絶対に叶わない夢だ、思わぬ提案だったのかお母様はさらに動揺する。
「え?で、ででで出来るかしら?」
「大丈夫ですよ!私でも出来る様になったのですから!お兄様は味見して下さい。ハーナ、お母様にエプロンを用意して!」
お母様の手を引いて台所へ連れて行く。初めて台所に足を踏み入れたのか不安そうに周囲をキョロキョロと見渡している。
「何をすれば良いの?どうすれば良いの?ねえ、ねえ」
私がお母様より上に立つ日が来るとは思いもしなかった、まずは似合わないエプロンを着てもらう。
「ぶっふぁっ!似合わねえ!!わははは」
冷やかしに来たお兄様が腹を抱えて笑っている。
「後で覚えてろ・・・」
小さな声でお母様が呟く、取り敢えず聞かなかった事にしておこう・・・お兄様、ご愁傷様です。
「お野菜の皮を剥くのでそれを切って下さい」
「き、切るの!?」
慣れた手つきで野菜の皮を剥いて手本を見せる、普通に野菜を乱切りしただけなのに驚いている。そして包丁をお母様に渡してやってもらう。
「怖い怖い怖い怖い怖い怖い」
お兄様がお母様の震える手つきを見て本気で怯えている、確かに危なくて見てられない。
「えっと、刃と手が近すぎです。少し離れたところに手を置いて、指をこんな風に丸めると安全です」
お母様は思ったより飲み込みが早い?アドバイスをするとその通りにやって野菜を次々と切っていく。
「じゃあ、次はお肉とお野菜を炒めましょう」
「火を使うの!?」
かまどに薪をくべて火を強くするとお母様は焦り出す。
「気をつけろ!家を燃やされるぞ!!」
「うっさい!燃やさないわ!!」
お兄様の野次にお母様は王妃らしくない返しをする。この2人は仲が良いのか悪いのか分からない。気を取り直してフライパンに油を引いてお肉に火を通す。
「いい感じです、とても上手ですよ」
「そ、そう?」
褒めるとお母様はより一生懸命にお肉を炒める、あらかた火が通ったのを確認し、今度は先程の野菜を入れて更に炒めて鍋の中に入れる。ウチの庭で採れた自慢の香草を入れ、ワインを入れてじっくりと煮込んでいく。
「あ、ワインが飲みたい」
お兄様は勝手に貯蔵庫からワインを持ち出して飲み始めてしまった、私の家なのにやりたい放題だ。
さらにボイルしたトマトを加えてさらに煮込み、調味料で味を整えたらお肉の赤ワイン煮込みの完成だ。
生まれて初めて料理をしたというお母様は出来栄えに感動に打ち震えている。盛り付けをして食卓に料理を並べる、酔っ払って寝ていたお兄様もすぐに良い匂いで目を覚ます。
「まじかよ」
「うふふふ、こんなもんよ」
美味しそうな出来栄えにお兄様は驚きを隠さず、お母様はそれを自慢げに見下ろす。そして一口食べるとホロホロの柔らかい肉が口の中でとろけていく、さすがに王宮の料理長直伝の簡単美味料理だ。
「どう?どう?どう?どう?どう?」
「・・・ぐ、美味いよ」
楽しそうなお母様に対してお兄様は悔しそうに感想を述べる、これが2人のコミュニケーションの仕方なんだろう。
「そう言えば3人で食事を取るのは初めてかもしれませんね」
珍しい光景に思わず呟いてしまった、王族は行事などが無ければ食事を一緒にする事はないし、まして私は顔の傷が原因で部屋に閉じこもっていたからいつも1人で食べていた。
「・・・そうね、貴女は部屋から出てこなかったものね」
お母様から言われてしまった。
「本当にあの頃はどうすれば良かったか分からなかったわ、慰めてもダメ、突き放してもダメ、何が正解か分からなくて苦しかった・・・」
お母様が当時の事を思い出して本音を口にする、途中で自分で言っている事が不味いと思ったのかすぐに発言を撤回する。
「・・・あの時は本当にご迷惑をおかけしました、弁明の余地もありません。未だに自分に自信を持つ事は出来ませんが、顔を隠さずに生きていく事に希望は持ててます」
きっと素直に笑えていると思う。私との過去の話になると涙ぐむお母様だが、以前よりは心配させていないと思う。
「まあ、いいんじゃねえか?たまには揃って食べるのも」
ぶっきらぼうにお兄様が言う、自分で言って恥ずかしかったのだろう顔をそむけて照れている。
「・・・そうね、今度はお父様も一緒しましょう」
「「え!?」」
兄妹で全く同じ反応をしてしまった。この国の王であるお父様とこんな場所で食事をするのはさすがに嫌だ、お兄様は純粋に嫌そうな顔をしているけど。
「ぷっ、ふはは、そんな反応をしたらお父様が可哀想でしょ!!あははは」
我慢出来ずにお母様が笑い出す、釣られて私達まで大笑いしてしまう。
食事中に大笑いをするのはマナー違反だけど、ここならそれも許されるだろう。賑やかな食事は外が暗くなるまで続いていった。
もうすぐハダル兄様の婚約者である隣国のお姫様がやって来るという。王太子であるハダル兄様の結婚だけあって街はお祭り騒ぎらしい、だけど奥の院は相変わらず世間の喧騒から隔離されているので静けさは変わらない。王領の警備兵であるマルク達が家に寄った時に話を聞く程度でしか外の情報を得ることが出来なかった。
そんな時にウチに待望の人物が遊びに来てくれた、私の妹で第三王女のリテだ。年が近くて比べられる事が多く、私達の間にわだかまりがあったが、今ではそれが解消されて非常に良好な関係を築けていると思う。
「いらっしゃい、リテ!」
「久しぶり、なかなか来れなくてゴメンね」
かなり砕けた口調で家の中に入ってくる。
「かなり忙しそうね」
お茶を淹れながら尋ねる、するとリテはソファに腰掛けて大きく伸びをする。
「大変なのはハダル兄様だけよ、私は何もせずにつっ立っているだけよ」
こんなダラシのないリテの姿はなかなか見られない、この貴重な姿が見れるのは私だけの特権だ。
「あら?リテ?随分とはしたないわねぇ」
唐突に声をかけられ、慌ててリテが背筋を伸ばす。振り返ると一番上の姉で公爵家に嫁がれたレインお姉様がニヤニヤして立っていた。
「メリル様・・・レイン殿下がいらっしゃいました」
ハーナの報告が遅れてやってくる。たとえ姉でも勝手に入って来ないで欲しい。
「レ、レレレインお姉様!?何で!?」
「うふふふ、気の強い妹の腑抜けた姿を初めて見ちゃった」
レインお姉様は嬉しそうにリテの横に座る、一方のリテは顔を真っ赤にしてアワアワしている。
「レインお姉様、久しぶりです」
レインお姉様の分のお茶も追加で淹れる。
「ふむふむ、ちゃんとお化粧はしているようね、良い良い」
私の顔を見て口元が緩む。上機嫌で机の上にあるお菓子をつまみ食いをする、とても公爵夫人がするような行動とは思えない。
「レインお姉様の方がはしたないじゃないですか!」
「ふふん、良いのよ!私はいつも気を張っているんだから、ここでは気を抜く事にしてるの」
さっきまでリテにはしたないと言っておきながら自分は良いらしい。
「貴女もさっきのはしたない姿を貫いていれば良かったのよ、中途半端に意地を張るから」
「ぐぬぬぬぬ」
レインお姉様の方が一枚上手のようだ。
「それで、ハダルはどうなの?」
「はえ?」
レインお姉様がリテの方へ身体を寄せる、実は私も気になっていたのでリテの反対側に座ってリテへ身体を寄せる。
「私はもう王家から出たから情報がまだ入ってこないのよ!貴女がここに向かったと聞いてわざわざ追いかけて来たんだから」
「私も気になります!隣の国のお姫様なんでしょ?どんな人?美人?優しい?」
姉2人に詰め寄られて末っ子妹のリテがタジタジになる、珍しい光景なので面白くなってしまう。
「・・・誰にも言わないでよ?」
「「勿論!」」
姉妹の距離がこんなに近くなるとは思わなかった。
「名前はフォリア様、ハダル兄様の二つ下。顔はまあまあ美人な方かな」
リテらしい上から目線の辛口人物評が始まる。
「ちょっとしか話してないけど間違いなく猫を被っているわね。私に対して優しい態度で近づいてきたけど、かなり警戒してた。この小姑がっ!早く出て行けって心の中で思っていそう」
「なるほどね。でもその気持ちは分かるわ、マジで小姑は邪魔なのよね、鬱陶しい」
2人とも暴走しまくる。
「ハダル兄様とはおそらく距離を測っている状態ね、兄様は優秀だけど警戒心が強いから攻め方を探っているみたい」
恋愛強者っぽく言うのでリテが格好良く見える。
「あの、それではフォリア様はハダル兄様の事を嫌っている様子ではないの?」
私が一番知りたかった事を聞いてみる。
「え?」
リテが固まる。
「そ、そんなの分かるわけないじゃない!相手がどう考えていて好きか嫌いかなんて」
恋愛強者っぽいリテでも相手の内心は分からないようだ、レインお姉様も頷いて賛同している。
「でも政略結婚で感情を押し殺した殺伐とした結婚になったら大変よ、ハダルは鈍感だからそうなる可能性がありそう」
既に結婚しているレインお姉様の言葉は説得力がある、確かに第一王妃のレミリア様もその事を一番危惧していた。
「結局どうなるかはハダル次第だから頑張れとしか言えないけどね、私は実際にフォリア様と会える日を楽しみにしておくわ」
「嫌われないようにね」
リテの忠告にレインお姉様は苦笑いするしかないようだ。
「ふふふ、お茶が冷めてしまいましたね。淹れ直してきますね」
「お腹も空いたわ、何か食べさせてよ」
リテが遠慮無く言ってくれるのが嬉しかったりする。
「じゃあパンケーキでも焼くね」
「「え!?」」
2人の顔が近い。
「作れるの!?」
私のレパートリーは日々進化しているのだ!自信を持って頷く。
「大好き!!」
リテに抱きしめられる、妹からこんなに好かれるなんて、私は今日ここで死んでも良い。
「なるほど、それでリテ姉さんが上機嫌だったわけだ」
先日の事が嬉しくて、遊びに来た弟の第三王子のサムに話すと納得した様子で頷いた。あの後パンケーキをレインお姉様とリテで食べたのだけど、本当に嬉しそうに食べていたのが印象的だった。
「実はパーティードレスを着るために甘い物を控えさせられていたんだよ、リテ姉さんはすぐに太るから」
サムがニヤニヤとしている、サムとリテは血のつながった姉弟なのでお互いに遠慮のない関係だ。
「それであんなに喜んでいたのね。でも大丈夫かしら?これでドレスが着れなくなった時は申し訳ないわ」
私のせいで今までの努力が無駄になってしまったら申し訳ない。
「ははは、そんな一回食べたくらいなら大丈夫だよ、逆に機嫌が良くなったから周囲の人達はホッとしたんじゃない?」
リテに焼いてあげたものと同じパンケーキをサムにも出してあげる、すると嬉しそうに目を輝かせる。
「ふふふ、僕も甘い物に目がないんだよね。うん!これは美味しい!」
あっという間に平らげてしまった、サムがこんなに甘い物が好きなのは知らなかった。
「俺にも同じ物をくれるか」
ん?またお兄様が勝手に上がり込んできたのか?
「ぶっほぉっ!」
サムが驚いて突然お茶を噴き出す。何事かと思って振り返ると、ここにいてはいけない人物が立っていた。
「ハ、ハダル兄様!?」
思わず大声を上げてしまった、この国の第一王子で王太子であるハダル兄様が私の家にやって来たのだ。
それにしても喋り方が常に丁寧で温厚なハダル兄様が自分の事を「俺」と呼ぶのを初めて聞いた。
「少し休ませてもらうぞ」
かなり疲れているのかハダル兄様が持ち込んだ自分専用の安楽椅子に深く腰掛け、いきなりリラックスモードに入ってしまった。
「機嫌が悪いのかな?」
「何だか疲れているみたい」
コソコソとサムと密談しつつ新しくパンケーキを焼く、シロップを多めにかけて甘くしてあげた。
「・・・甘い・・・全身に染み渡るようだ・・・美味い」
泣きながら食べている!?これはこれで嬉しいけど何があったんだ?
「お疲れのようでしたので甘くしました、紅茶は砂糖を入れずに飲んで下さいね、砂糖の食べ過ぎは身体に良くないので」
「ふふふ、私の身体を気遣ってくれるか。メリルは優しいな」
ようやくいつものハダル兄様に戻ってくれて安心する。
「大丈夫なのですか?ここにいても」
さすがにサムも心配そうだ。
「・・・大丈夫じゃない、気晴らしに散歩すると言って抜けてきた。だからゆっくりは出来ない」
思い出したのかハダル兄様は沈んでいく。
「せ、せめてここにいる間だけでもゆっくりしていって下さいね」
「本当にメリルは優しいな」
こんな涙もろいハダル兄様は初めて見た。
「ふう、メリルやリテ、姉上とは普通に話せるのにな。なかなか難しいものだ」
大きく息を吐いて呟く。
「フォリア様の事ですか?」
興味津々で尋ねる。
「ああ、上手く会話が続かないんだよな、というか全てが上手くいかない・・・自分と同じ地位の女性ってのは初めてだからかな?今まで周囲が気を遣ってくれたからそれに慣れてしまったようだ」
そうか、ハダル兄様はこの国の王太子だから同等の地位の女性は初めてなんだ。
「ならレインお姉様と接するようにすれば良いのでは?」
思い付きで言うとハダル兄様に睨まれる。
「アレはライオンのような女だ、あんなのは他にいない」
ここにレインお姉様がいないと思って滅茶苦茶言っている、2人は実の姉弟なので本当に遠慮がない。
「そうなのですか?とてもレインお姉様は優しい方だと思いますが」
「ええ、僕もそう思いますよ」
サムや私には本当に優しい姉だ、するとハダル兄様は高速で首を横に振って否定する。
「お前達は歳が離れた可愛い弟と妹だからだよ!私には本当に容赦ないぞ!!」
大袈裟に身振り手振りでレインお姉様の武勇伝が話されていく。
「・・・あら?」
ふと外に誰かの気配を感じる。
「どうしました?」
「いえ、外に誰かいた気が・・・」
サムが私の代わりに外の様子を見に行ってくれた、しかしすぐに戻ってきた。
「誰もいなかったですよ」
「気のせいかな?」
確かにいたような気がするけど。
「王領だから侵入者はいないと思うが、心配なら巡回を増やそうか」
ハダル兄様が私に対して本当に過保護だ。
「ハダル兄様、少しだけ待って下さい」
サムが慌ててハダル兄様を止める、やはり過保護すぎると思ってくれたようだ。
でも何やら耳元でコソコソと話をしている。
「何だと!?メリル目当てに男共が!?」
「しーーーーー!!」
ん?何か変な話をしてないか?
「許さんぞ、そいつらをクビにしろ!」
「それがメリル姉様のお気に入りの元近衛兵達でして」
「クソッ!なんてこった!!」
「手を出したらすぐに処断しましょう」
少しだけ話が聞こえるが何やら物騒な話をしている気がする。
少しだけ不安を覚えつつも、ハダル兄様の婚儀はつつがなく終えた。
盛大な結婚式が開かれたと聞いており、私は参加しなかったが、廃棄されている身分なのにお祝いの言葉を贈ることが許されて嬉しかった。
そして平穏な日常が戻ったと思ったが、私の慌ただしさは変わらなかった。暇があればみんなが会いに来てくれるから、いつものようにおもてなしをしつつ話し相手をする。
「誰かに見られているのですか?」
丁度よくマルクが私の顔を見に来てくれたので相談をしてみる事にした。
「ハーナも感じたよね?」
この家には私とハーナの2人しかいないので少しだけ不安になっていた。
「はい、確か一昨日ですか?王太子殿下がいらっしゃった時だと思います、外に誰かいたような気配がしたんです」
日にちまで覚えてるなんてハーナはさすがだ。
「王領なので王族は自由に出入りは出来ますが、それ以外の者は許可が必要なはず。その履歴を確認しておきましょう、後は見回り巡回を強化いたしましょう。いや、どうせなら常駐にした方が・・・」
「常駐!?まさかそれに乗じて一緒に住もうと言う邪な事を企ているの!?」
ハーナがぶっ飛んでいる、あまりの剣幕にマルクは必死になって否定する。
「違いますよ、交代で屋敷の前で常に見張っているのです。城の門兵と同じ事をここでやるんです」
常に誰かが見張っているの?
「そんな大変な事を私のためにやらないで、寝不足で倒れてしまうわ!絶対にダメよ!」
私が思いっきり反対するが2人は変な顔をしている。
「あ、あの交代制ですのでちゃんと眠る事が出来ますよ」
「それでもダメよ!夜は寝ないとダメ!!」
私が断固拒否すると2人は口元がなぜか緩んでいる。
「本当にお優しい方だ・・・分かりました、夜の巡回を増やしましょう。どうかそれはお許していただけませんか?」
何か勘違いしているようだ。私のために大変な思いをして欲しくないだけなんだが、そのように言われたら断る事が出来ずに認めるしかなかった。
そんなある日、とうとう事件が起きてしまった。
ガチャ
不意に扉を開ける音がする、最初はハーナが買い出しから帰ってきたのかと思った。だがハーナなら大きな声で「ただいま帰りました」と言ってくれるはず。
気になって見に行くと見た事のない美しい女性が厳しい表情で立っていた。着ているモノや装飾品からしてもかなり高貴な人物だと思われる。
「・・・あの」
「いい加減に決着をつけようと思うの」
明らかな敵意を持った目をしている。
「あの、何の事でしょう?」
「とぼけるな!お前がハダル様に匿われている愛人なんだろ!」
あ、愛人!?ハダル兄様の?
何か勘違いしているんじゃないのか!?
「あの人が・・・あんな笑顔を私に対して一度も見せてくれない。何を話しかけても、何をしても、私には作ったような笑顔しか見せてくれないのに!」
女性が涙声になる、全然意味が分からないし状況が把握出来ない。
「貴様ら!何をしている!!」
外でマルクの声が聞こえる、声をあげようとするが女性の後ろには見た事のない騎士らしき人がおり、外にも数人の人影が見える。
「私は決着をつけに来たと言ったわよね?あの人がどちらを選ぶか知りたいの。そろそろ来るはず、それで私の覚悟が決まるわ」
そろそろ来る?
「フォリア!何をやっている!!」
外から怒声が聞こえる、ハダル兄様が鬼のような形相でやって来る。こんなに怒っている姿は初めて見た。
「やっぱりこの人の方を選ぶのですね・・・王太子だから側妃を置くのは仕方が無いとは言え早すぎる、しかも家族ぐるみで匿って私を蔑ろにして!」
女性が今にも泣きそうな顔をしている。
「フォリア・・・あっ!もしかしてハダル兄様の!?」
どこかで聞き覚えのある名前だと思った、ハダル兄様の奥様だ。私が素っ頓狂な声を上げたので女性は驚いて私の顔を凝視する。
「え?ハダル・・・兄様?」
私とハダル兄様を交互に見返して呆然としている。
「だから何度も誤解だと言っているだろ、メリルは私の妹だ、色々と事情があって表に出せないんだ」
ハダル兄様が大きく溜息を吐く。
「メリル様!ご無事で!!」
外からハーナを先頭にマルクを含む私の元護衛騎士達、なぜか実兄のバレス兄様まで屋敷に雪崩れ込んできた。広いリビングのはずなのに人が多すぎてぎゅうぎゅう詰めになってしまった。
「はじめまして、フォリア様。妹のメリルと申します。元は第二王女でしたが、とある理由で王族から廃棄されてます、それ故に今まで挨拶をする事が叶いませんでした」
余計な人間は部屋から出てもらい、改めてフォリア様に挨拶をする。
「・・・もう1人妹がいたのを知らなかったとは言え・・・本当に申し訳ありませんでした」
フォリア様はバツが悪そうに頭を下げる、そしてなぜかハダル兄様まで私に頭を下げてきた。
「ふう、折を見て実兄の俺から紹介しようと思ったが、まさか自分の従騎士を引き連れて乗り込むとは」
バレス兄様が呆れた様子でフォリア様を見る。するとフォリア様は恥ずかしそうに小さくなってしまった、この様子を見るとそこまで非常識な人ではなさそうだ。
「で、でも何でこのような場所に王女が追いやられているの?この扱いはあまりに酷すぎる、どんな罪を犯したか知りませんが廃棄なんてやり過ぎではないの?」
私の事を思ってか今度はハダル兄様達を責めるような口調になる、ここまで来るとフォリア様はもう善人にしか見えない。
「えっと・・・そうですね、知ってもらった方が良いですね。その説明は私からします、少しだけお待ち下さい」
そう言うと私はハーナを呼んで自室に向かう。
「化粧をとって」
「え!?それはちょっと」
私の提案にハーナは嫌がる。
「いいの、ちゃんと私を見てもらわないとダメな気がする、きっとフォリア様が家族になるために必要な事だと思う」
私の意思が固いのを察すると、ハーナは渋々と化粧をとってくれた。化粧で目立たないようにしていたが改めて見ると生々しい大きな傷跡が私の顔に残っている。そして押し入れから懐かしいモノを取り出した。
「お待たせしました」
「「「なっ!?」」」
ここにいる全員を驚かせてしまった。なぜなら今はつけなくなったが、王宮で暮らしていた頃につけていた仮面をつけて部屋に入ったのだ。
「これが以前までの私の姿です、私は常に顔を隠して生きてきました、なんでそんな事をしていたかと言うと・・・」
仮面を外すとフォリア様は絶句する。そのはずだろう、さっきまでは化粧で上手く隠れていたけど私の顔には消える事のない大きな傷があるからだ。
「これは幼い頃に私自身の過失でつけた自業自得の傷です、私はこの傷のせいで自信を失い、周囲を巻き込んで全てを不幸にしてしまいました」
「そんな・・・」
フォリア様は悲しそうに私を見る、この時点で思いやりのある人だと想像出来る。
「この傷のせいで私はずっと心を閉ざしてました。王族として公務に参加する事も出来ず、何も出来ずに隠れているだけの自分が本当に嫌いでした。なので私は自ら望んで王族としての地位を廃棄してもらい、ここで静かに暮らす事を選んだのです」
感受性豊かなんだろう、フォリア様は目に一杯の涙を溜めている。
「その事に後悔はありませんし不幸とは思っていません。ここに移り住んでからはこの仮面をつけた事は一度もありませんし、ここで暮らしていく事で私でも色々と出来る事に気づきました。それに仮面を外したらハダル兄様もそう、レインお姉様もそう、実の兄のバレス兄様も妹のリテも弟のサムも、それに父や母とも普通にお話が出来るようになったんです。ハダル兄様がここに足を運んでくれるのは私を想っての事なのでどうか嫌わないで欲しいのです」
私が頭を下げるとフォリア様が慌てて私の顔を上げさせる。
「全ては私の勘違いからよ、ハダル様とちゃんと話が出来ず、先走ってしまった私が愚かなのです」
フォリア様は想像以上に優しい人だった、この人がハダル兄様のお相手で本当に良かったと思う。
「・・・バレス兄様、私達は外に出ましょう」
「は?」
お兄様と腕を組んで一緒に部屋から出る。
「私はフォリア様とハダル兄様が上手くいって欲しいと心から願っております。ここなら誰の邪魔もなくゆっくりとお話し出来ると思います、今からでもお2人で沢山お話をなさって下さい」
そう言って部屋の扉を閉める。部屋の外では私達の会話が気になったようで、みんな壁に耳をくっつけており驚いてしまった。
「・・・済まなかったなメリル」
「ありがとうメリル」
驚いた事に国王であるお父様と第一王妃のレミリア様までいた。レミリア様は私を優しく抱きしめてお礼を言ってくる、そこになぜかいるレインお姉様まで加わり二重で抱きしめられてしまった。
「フォリアが突然怒鳴って飛び出した時は驚いてしまったぞ」
お父様が安堵の息を漏らす。
「結局はハダルの思いやりが足りなかっただけでしょ?他国から1人でやって来て寂しい想いをしているのは分かるだろ、本当に鈍感なんだから」
レインお姉様が怒りのままにハダル兄様をダメ出ししまくる。
「誰かさんそっくりね」
レミリア様がお父様を睨む、するとお父様がバツが悪そうに小さくなってしまった。
「フォリア様の従騎士長オルディスと申します。メリル様、先程の無礼、本当に申し訳ありませんでした。いかなる処罰を受ける覚悟です」
フォリア様の従騎士と名乗る人達が私に跪いて謝罪してきた。
「やめて下さい。皆さんはフォリア様の為を想っての行動です、何も起こらなかったので罪は生まれませんよ、だから謝らないで下さい」
私が彼らを不問にするとハーナやマルク達は不満そうな顔をしている、さらには当事者である彼等まで処罰が無いのが不服そうだ、それでも私は穏便に済ましたい。そして隊長のオルディスに近づいて小声で尋ねてみる。
「私を監視していたのは貴方達ですよね?」
一瞬驚いた表情をするがすぐに小さく頷いてくれた。良かった!これで例の視線の件も解決だ。
「はぁ、何かどっと疲れたわ。メリル、パンケーキをまた焼いてよ」
レインお姉様が大きく息を吐いて玄関ホールの椅子に座り込む。
「そうですね、せっかくなので皆さんの分のお茶も淹れましょうか。ハーナ、手伝って」
「はい!」
ハーナの嬉しそうに返事をする、一緒に台所へと向かう。
周囲にパンケーキの甘い香りが漂う。ハーナに買い出しに行ってもらって良かった、こんなに大勢のお客様がやって来るとは思いもしなかった。
「・・・え?これをメリルが作った・・・の?」
「ふふん!なかなかのもんでしょ」
レミリア様が私が焼いたパンケーキを見て驚いている、そしてなぜかレインお姉様が自慢する。
「うふふふ、最近は色々とレパートリーが増えて来たんですよ」
レミリア様がこんなに喜んでくれるとは思いもしなかった。
「甘いのは苦手なんだよな」
お兄様は文句を言いながら口に運ぶ、苦手なら食べなければ良いのに。
「皆さんの分もあるのでどうぞ」
フォリア様の従騎士の人達とマルク達にもパンケーキを出す。オルディスには物凄く恐縮されるが、沢山作ったので残されると勿体ないので食べて欲しいと言うとさらに感謝されてしまった。
「ははは、嬉しそうだなメリル」
お父様が私を見て笑っている。
「うふふ、そうですね。来てくれた人をもてなす癖がついてしまったようですね、みんなが喜んでくれるのでそれを見るとやっぱり嬉しいです」
素直な気持ちを口にすると笑顔で頷いてくれた。
「・・・ちなみに私達の分はあるのか?」
ここでリビングのドアが開きハダル兄様が顔をひょっこり出す、するとドアの前に人が沢山集まっており、お父様とレミリア様、レインお姉様までいて驚いている。
「その・・匂いが・・・こっちの部屋まで漂ってくるの」
恥ずかしそうな顔でフォリア様も顔を出す。
「うふふ、すぐに用意します、少々お待ち下さいね」
2人の様子から何らかの進展があったのだろう、さっきまでの距離感が無くなった気がする。
「それで・・・何でフォリア様がここに入り浸っているのですか?」
リテが紅茶を飲みながらソファに腰掛けるフォリア様を睨む。
「いいでしょ?心休まる場所が私にはここしか無いんだから」
「ぐうっ、ようやく本性を現したな」
平然な顔で言ってのけるフォリア様にリテが悔しそうな顔をしている。
「ところで今日はパンケーキはないの?」
期待のこもった顔で私を見てくる。
「今の時間帯に食べると夕食が食べれなくなるので作りませんよ」
「「ええ!?」」
リテとフォリア様の揃った悲鳴がする。この2人、実は似ている気がする。
「ふふふ、それでハダル兄様とは上手く行っているのですか?」
改めて尋ねるとフォリア様は含み笑いをしつつもソファに深く体重をかける。
「まあ、お互いに腹を割って話すことは出来たわ、私が尋ねたらちゃんと真摯に応えてくれると約束したわ。まあ、全てに不満が無くなった訳じゃないけどね。例えば一緒に食事する機会を増やすとか、向こうからも歩み寄って欲しいわ」
「分かる!ハダル兄様は受身なところがあるから難しいでしょ?女性からモテる男の悪い所よね〜、自分が気遣われて当然って考えてそう」
リテがすぐに同意する。完璧だと思っていたハダル兄様も、この2人にかかればダメダメらしい。
「フォリア妃殿下、そろそろお時間です」
良い時間になったのでフォリア様の従騎士の隊長オルディスが迎えにやって来た、私と目が合うと嬉しそうに笑顔で会釈してくる。最初は怖い人かと思ったが本当はとても優しい人のようだ、容姿が美しすぎてその笑顔を直視出来ないのが難点だ。
「リテ殿下もそろそろお時間です」
マルクもリテを迎えに来たようだ。
「フォリア様、今度は是非ハダル兄様と一緒に来てください。ここならゆっくり時間が過ごせると思います、それに私にもお二人の幸せをお裾分けして下さいね」
今度は夫婦で一緒に来て欲しい事を伝えるとフォリア様は私の顔をジッと見て何かを考えている。
「私は思うんだけど、貴女も幸せになる権利はあるのよ?」
思わぬ事を言われてドキッとする、確かにハダル兄様とフォリア様を見ていて羨ましく思うこともあるけど、自分には遠い世界の事と思っていた。
「そうですね・・・でもやっぱり私のような顔に傷のある醜い女性では難しい気がしますけど」
「「メリル様は醜くなどない!」」
マルクとオルディスが同時に私の言葉を否定する。
「メリル様は心の美しい素晴らしい女性です、どうか自分を卑下なさらないで下さい、周りがその儚げな美しさに気づかない目の曇った愚かな男ばかりなのです」
オルディスが私の手を取る、いきなりの事でドキドキしてしまう。
「き、ききき貴様!馴々しく手を取るなど!」
マルクが激昂して詰め寄る、しかしオルディスは涼しげな顔でそれを流す。
「ふっ、美しい花を前に愛でる事をしない愚か者が何を言うかな?」
「な、何だと!許さんぞ!今の言葉を撤回しろ!メリル様の美しさは私が誰よりも知っている!」
う、美しい!?なななな何を言っているんだ!?と言うか何でこの2人は喧嘩を始めているんだ!?
「ちょっ、メリル!?」
「大丈夫!?耳まで真っ赤よ!!」
フォリア様とリテが心配そうに寄ってくる。困った、顔が茹でたように熱い。
「・・・何をされているのです?」
ここでハーナが騒ぎを聞きつけてやって来た、その声は怒りで満ち溢れている。あまりの迫力にフォリア様とリテの顔が引き攣っている。
「い、いや、聞いてくれハーナ殿、この好色男がメリル様を誘惑して」
マルクは怒るハーナに慌てて言い訳をする、オルディスはそれを見て勝ち誇った顔をする。
「ふっ、その風体でウブなど失笑ものだな」
「何だと!?」
ハーナを前にしても再び喧嘩を始める。
「2人とも出禁です」
「「えっ!?」」
ハーナの無常な判決に喧嘩をしていた2人の声が揃う。
「出禁です!!」
「「・・・はい」」
一番強いのはハーナだったようだ。
それにしても他人の話なら興味津々に聞けるのだが、私自身に対してには免疫がなくて全然ダメなのが良く分かった。まだ顔が火照って熱い。
こうしてフォリア様という新たなお客様を加え、私の慌ただしい日々が再び始まった。
明日も同じようにお客様がやってきて同じように慌ただしい1日が始まるのだろう。そして最近はここに来てくれた人達が私のおもてなしで喜んでくれると見ると、私も嬉しくなってしまう。
昔は明日なんて来ないで欲しいと思っていた、何も出来ない自分が苦しくて仕方がなかった。そんな私が今では明日が来るのが楽しみになってしまう、それはきっと私がここで新しい自分を見つけられたからだと思う。
だから最近は忙しいのは悪くないと思えるようになったのは、私なりの小さな成長なんだと胸を誇れるようになった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
前作から時間が空いてしまいましたが、何とか投稿する事が出来てホッとしてます。
前作で説明が足りない部分の補足も兼ねた続編を書かせていただきました。登場人物も同一の完全続編としてどのように書こうか悩みましたが、前作を読んでもらう事を推奨した上で、この小説のみでも楽しんでもらえるように書いたつもりです。
基本的に波風立たない平坦な物語です、登場人物全員が幸せになって欲しいと思って書きました。その想いが伝われば幸いです。
一応は完結ですが続きが書けるような終わり方で締めました、要望があればまた続きを書くかも・・・
それでは重ね重ね読んでいただきありがとうございました。