羽ばたいた折り鶴
(一)
二月とあって、晴れていても底冷えのする日が続いていた。空気が澄んでいるせいか、太陽の光が眩しく感じられる午前だった。渡り廊下を挟んだ向かいの校舎に目を遣ると、建物と建物の間で光が乱反射しているような幻想的な世界を呈していた。
小川が一年二組での授業を終えて保健室の前まで来た時、その場に立っていた女の人から挨拶をされた。学校という場所は、普段教員や学校関係者以外の大人の姿を見ることは珍しく、物品を納入する業者などが出入りする以外は、世間から隔絶された世界である。社会全体からすれば限られた一部分なのだが、そこで一日の大半の時間を費やす子供達にとっては、社会の全てと言っても良い。だから、そこでの教師と生徒、或いは生徒同士の関わり合いは、彼らの生活そのものに良くも悪くも少なからず影響し、ひいては生き方をまで左右することもある。殆どの子供たちは、そこで気の合う仲間を見つけ、学業とは別に毎日そこへ通う楽しみや意義に結び付けている。ところが、社会性や協調性を身に着ける途上にある彼らにとって、正しい意思表示の方法が分からない場合も多い。未熟さ故に、時には傷ついたり傷つけたりしてしまうこともある。世の中や価値観の変化につれて子供の世界も日々変わっていて、大人の計り知れないところで、子供の世界も複雑さを増している。
挨拶をされた女の人には、見覚えがあった。年の頃は六十歳前後だと思われるその女性を、三学期に入って間もない頃から毎日のように校内、といっても大抵は保健室の辺りで見かけていた。その女性については学年の会議でも知らされていて、一年五組の野口潤という男子生徒の保護者だということだった。冬休み明けの一月初旬になって、その生徒が学校に来辛くなったということで、彼の祖母に当たる女性が毎日付き添って来ているらしい。しかしながら学校には来ても、野口君は教室に入ることは難しく、主に養護教諭やクラス担任、他にも空いている教員が対応しているのが現状だということだった。授業時間中に野口君が保健室で養護教諭や担任と過ごしている間、女性は空き教室などで時間を潰し、休み時間になると保健室の前の廊下辺りに居ることが多かった。そして大抵は、その傍らに野口君の姿があった。
挨拶を返して通り過ぎようとした時、
「小川先生!」
と、その女性に呼び止められた。それまでに話をしたことはなかったが、学年の会議で得た情報に加えて毎日のように顔を合わせていることによって、お互いに顔見知りのような関係性になっていた。小川が何だろうと思い立ち止まると、女性は「少しお時間をいただけませんか?。」と言う。野口君のクラスで授業をしているわけでもないので、予想していなかったことに少し慌てたが、丁度次は空き時間だったので了承した。保健室の隣にある予備の教室を覗いてみると誰もいなかったので、保護者をそこに招き入れた。女性の孫である野口君は、保健室で養護教諭と話をしているようだった。
使われていない教室は、寒々としているだけでなく埃っぽくて殺風景だった。隅の方に机とイスが五組ほど乱雑に置かれ、窓際の棚には図書室から持ち出されたらしい本が何冊かあったり、教員用の大きな三角定規なども目に入った。イスを一つ引っ張り出して来て、少し埃を払うと保護者の女性に勧め、もう一つのイスに自分も腰を下ろした。教員の分担は学年単位で対応することに決められていたので、関わっていないクラスの生徒のことだといっても、全く関係がないわけではない。
しかし、教員生活二年目の新米である自分に何故話を?という疑問と懸念が、先ほどからずっと小川の頭の隅にあった。第一、名前を知られていたことさえ意外だった。しかし、そんなことには全く触れず、女性は話を始めるのだった。一通り聞いた内容の要旨としては、彼女の息子夫婦はずっと共働きで、祖母である自分が、潤君が赤ちゃんの頃からずっと面倒を見てきた。愛情を注いで育ててきたつもりであるし、孫も自分の言いつけを守って、自分で言うのも何だがとても良い子に育ってくれた。ところが、中学生になって最初の頃は良かったのだが、次第に学校へ行くのを嫌がるようになってしまった。そして、とうとう冬休み明けには教室に入れなくなった。けれども、自分が付き添えば学校までは来るので、担任の先生にも相談して、毎日登校に付き添っている。以上のようなことを淡々と話すのだった。そのようなことは、会議などでも聞いてだいたい分かっていた。
話に耳を傾けていると、隣の保健室が急に騒がしくなった。と思う間もなく養護教諭が来て、体調の悪い生徒を診なければいけなくなったので、野口君をこちらの教室に連れて来ても良いか?と言う。既に始業のチャイムも鳴っていたので、対応することにした。すると、保護者の女性が
「私は用事を思い出したので席を外します。孫をお願いします。」
と言うと、返事をする暇もなく小走りに部屋から出て行ってしまった。
まもなく、カバンを抱えた野口君がうつむき加減に入ってきた。それまで遠目にしか見たことがなかったが、改めて間近で接すると、一年生の中でも小柄な方で、色白の見るからに大人しそうな生徒だった。
「野口君?」
顔を覗き込むように訊くと、
「はい。」
と、下を向いたまま、消え入りそうな声だけが返ってきた。小川はそこで自分も名乗ったが、彼は顔を上げようとはしないで、ただ
「はい。」
という言葉だけが微かに聞こえた。終始うつむきがちな彼を前にして、さて何をしようかと考えた。彼について、学年で対応することは会議で決められていたが、直接関わっていない小川は、具体的に何をするかについては聞いていなかった。取り敢えず話をしなければいけないだろうと思った。けれども、教室の中に初対面の教員と二人きりでは気詰まりだろう、などと考えながら殺風景な教室を見回すと、窓際に置かれた棚の中に大量の色紙があるのが目に入った。これが良い。
「野口君、折り紙しようか?」
と訊いてみた。中学生にもなると、男の子はあまり折り紙などを好んでしないかも知れないと思ったからだが、意に反して
「はい。」
と乗り気らしい答えが返ってきた。彼の方も、こんな場所で話したこともない教員と面と向かって対峙することに、不安を覚えていたのかも知れない。苦肉の策が上手くいきそうなのに気を良くして、
「どれでも好きな色を選んで。」
と言って、色紙を一揃い彼の前に用意した机の上に置いた。彼が色紙を選んでいる間に保健室を覗いてみると、ベッドに横になっている女子生徒の傍で養護教諭が何か話しかけているようだった。そこで、野口君の待つ部屋に戻って来て、
「何色にしたの?」
と尋ねると、彼は黙って一枚の色紙を示した。それは意外な色だった。それを見た時、小川は何故かわからない衝撃を受けた。全く予想もしない色だった。それは白だったのだ。「白?」もう少しで声に出てしまうところだった。赤や青、緑に黄色、それに金や銀まで色とりどりの色紙の中から、まさか白色を選ぶとは。毎日彼らと付き合っていればだいたいわかるが、全色揃った色紙の中から、いったい何人の男子生徒が白色を選ぶだろう。小川自身も、色紙の中に白色があることに改めて気づかされたほどだった。そして、少年が選んだ白い色紙を見た時、何も聞かなくても、彼が教室へ入り辛い気持ちが理解できたような気がした。思えば言葉遣いや態度にしても、全員ではないが彼の同級生は、と言うより殆どの中学生は、教員に対して友達のように振舞うことが多い。フランクとでも言えば良いのだろうか。教員の方もそれに慣れていて、行き過ぎた態度には注意することもあるが、そうでなければ良いとか悪いなどと改めて思うことはない。そんな同級生とは違って、彼は終始敬語で態度そのものからして丁寧である。一クラスに四十人の生徒が居れば、四十通りの個性があるわけなのだが、毎日顔を合わせている教員でも、突出した何人かについてはそれを認識することがあっても、全員の個性を毎日毎時間意識している訳ではない。個性の強弱はあるが、だいたいクラスの雰囲気の許容範囲内に収まっている。野口君にとっては、そんな級友の態度が違和感として感じられたのだろうか。そして、たとえ違っていたとしても、毎日一緒に行動している間に同調してしまうことだってあるのだろうに。彼の白はそんな生易しいものではないのかも知れない。
色紙を前にして何を折るべきかと考えた末に、
「鶴を折ってみようか?」
と、訊いてみた。夏休み前の学年の行事で、生徒全員で鶴を折ったことがあったのを思い出したのだ。その時、女子は全員が難なく折れたが、男子の何人かは苦戦を強いられていた。
「はい。」
と答えた野口君の表情は明るく、ちょっと得意そうにさえ見えたのだった。小川も青い色紙を一枚用意すると、早速二人で鶴を折り始めた。ただ、小川にはこの時間この場所に生徒と二人で居る目的が、折り紙で遊ぶことではないことはよく分かっていた。といって、幸か不幸かこれまでに授業以外の生活指導などをしなければならない場面に立たされたことがあまりなかった。しかも、ただでさえ小さくて消え入りそうなその魂を、傷つけるような言葉を不用意に発してはいけないと思うと、次々に頭に浮かぶ台詞も、それはダメこれもダメという風に、どんどん却下せざるをえなかった。小川が逡巡している間にも、野口君は鶴をそれは丁寧に折り進めていくのだった。その小さい指で紙の端と端、角と角をひとつひとつ丁寧に揃えて合わせては、しっかりと押さえていく。あまりに熱心なその様子に、話しかけることも憚られるような気がした。それに、さきほど衝撃を受けた色紙の白が、彼という少年の人となりや心の奥底、教室に入れない理由に至るまでの全てを、表しているような気がしてならなかったのだ。今更何を訊けば良いのか。そんなことを考えていると、改めて何を話せば良いのかわからなくなってきた。仕方なく「食べ物は何が好き?」だとか、「どんな遊びが好き?」などと、陳腐で意味のない質問ばかりが口をついて出てくるのだった。しかも、白い紙が次第に鶴の姿になっていく様に気を取られ、また自分の青い色紙が後れを取っているので、自分で質問しておきながら、答えを注意して聞いていなかった。その結果、ハンバーグが好きだと答えたことは覚えているが、遊びの方は忘れてしまった。
やがて、出来上がった白と青の二羽の鶴を机の上に並べてみた。どう見ても、白い鶴の方が形が整っていた。直線がはっきりしていて、曖昧な部分がひとつもない。赤や青の色紙に混じっていた時にはなかった存在感が、鶴の姿になった途端にとても清々しく、凛とした雰囲気を醸し出していた。
「上手に折れたね。折り紙は好き?」
と訊いてみると、
「はい。」
と答えた少年の顔は、少し上気しているように見えた。尚も彼は、机の上に置いた鶴を右から左から愛おしそうに眺めながら、横に居る小川には完璧と思われる翼の先を、丹念に手直しをするのだった。ひとしきり繰り返すと漸く自分の作業に納得がいったのか、その時初めて小川の顔を見上げると、はにかみながらも満足そうな笑顔を見せた。それは、先ほどカバンを抱えてこの部屋に入ってきた時の彼とは別人のようだった。小川は驚嘆した。これこそが本来の彼ではないのだろうかと。
丁度その時チャイムが鳴って、外が騒がしくなってきた。
「上手に折れた鶴、大事に持って帰ってね。」
小川が言うと、少年は広げていた翼を慎重に畳むと、カバンを開けて大事そうにしまい込むのだった。まもなく養護教諭が入ってきて、女子生徒が回復して教室に戻ったことを告げた後にお礼を言うと、野口君を伴って保健室へ戻って行った。と、思う間もなく野口君の保護者の女性が戻ってきて、
「先生、ありがとうございました。」
と、丁寧に頭を下げた。小川は、先刻の野口君の様子について、保護者に話しておくべきだと思った。それで、
「次は授業があるのですが、この休み時間に少しだけ話をさせてもらっても良いですか?」
と言うと、
「はい、よろしくお願いします。」
という答えが返ってきた。そこで、保健室に顔を出して、保護者と一緒に隣の教室に居る旨を養護教諭に伝え、埃っぽい部屋で再び二人で向き合うことになった。野口君が座っていたイスに座ってもらい、小川は自分も先ほどと同じイスに腰を下ろした。
「さっき、潤君と一緒に折り紙をしていたんですよ。潤君、鶴が上手に折れますね。」
と言うと、女性は笑いながら
「そうですか?小学校の低学年の頃は折り紙もよく一緒にしましたけど、最近はしないので分からないですが…。」
と言うのだった。
「お家でも折り紙をしていたんですね。道理で上手でしたよ。野口君が折った鶴を持って帰ったので、見てあげてください。」
と言うと、
「私が丁寧に育てすぎたのかも知れません。」
と、突然意外な言葉が返ってきた。どういう意味なのかと言葉の続きを待っていると、堰を切ったように女性は言葉を続けた。それによると、共働きの息子夫婦に代わってずっと孫である潤君の面倒を見てきたが、その方法が古かったことが、今の彼の問題に関係しているような気がすると言うのだった。つまり、他の生徒達の殆どは、両親が彼らの時代の育て方で育てているのに対して、自分の育て方は一時代古いやり方だったという。特に、良いことは良い悪いことは悪いという部分に関しては、しっかり教え込んだつもりだが、今の世の中は悪い事に対してもそんなに厳しくない。他所のお子さんを悪く言いたくはないのですがと前置きして、孫の話を聞いていると、級友の多くは先生に対しても敬語を使わないし、それだけでなくおばあちゃんから駄目だと言われているようなことも平気でしている。小学生の頃にもそんな子はいたが少数だったし、注意すれば改めてくれる友達ばかりだった。でも、中学生になり複数の小学校からいろいろな子が集まり、毎日様々なことが起こるので、孫としては混乱している状態なのだと言う。
次の授業のことを気にしてくれているらしく、しきりに腕時計に目を遣りながらも、保護者の女性は一気にまくしたてるように話すのだった。聞いている間にも、どういうわけか白い折り紙が、小川の脳裏に浮かんでは消え、浮かんでは消えてていった。先ほどの野口君と過ごした時間がなければ、もうひとつピンとこなかったかも知れない。或いは、思いの深さまでは理解し得なかったかも知れない。しかし、彼が白い色紙を選んだ事実と、祖母である保護者の話は完全に合致しているように思えてならなかった。そのあまり言葉に窮していると、
「先生、もう時間が…。」
そう言われて時計を見ると、十分の休み時間は終わりに近づいていた。
「急に呼び止めてすみませんでした。孫の担任の先生から、学年単位で対応するので、一年生担当の先生なら誰に相談しても良いと言われていました。でも、男性は元より、女性の先生にもなかなか声をかけづらかったのですが、小川先生は時々お見掛けして、話を聞いていただけそうな気がしていたのです。けれども、先ほどは他の生徒さんの悪口になってしまいそうで躊躇しました。でも、思い切ってお話できて良かったです。」
慌ただしさの中で保護者の女性はそう言うと、言葉を返す暇も与えず足早にその場から去って行った。「先生には話を聞いていただけそうな気がしていた」という言葉が、小川の頭の片隅に残っていた。あれはどういう意味なのだろうか?まだ教員生活二年目で、日々悪戦苦闘している自分が、保護者にはどのように見えているのだろう。不慣れ故に必死になっている様子が、誠実な姿に映ったのだろうか?そして、例えば何か力になってくれそうだという印象を与えたのだとしたら、その期待に自分は応えなければならないが、今日はあの対応で良かったのだろうかという思いが、次々に脳裏に浮かんでくるのだった。
その日の放課後、小川は野口君のクラス担任であるベテランの女性教員に、保護者から聞いた話を詳細に報告した。担任も、彼がおばあちゃん子であることは以前から承知していたようなので、腑に落ちる話のようだった。そして、自分が野口君自身と話をするのは初めてだったので、あまり話らしい話はできなかったと伝えた。ただ、二人で折り紙をしたのだが、彼が様々な色紙の中から白を選んだことは意外だったと言った小川に対して、これと言って担任の反応はなかった。それで、白の色紙に関して自分が持った印象などをそれ以上は告げず、野口君が鶴を丁寧にしかも上手に折ったという事実を話すのみにした。色紙に関する思いはあくまでも個人の印象で、ベテラン教員が着目するような重大な要点ではないのだろうと考えたからだ。
不登校という言葉が初めて使われたのは、昭和43年のことらしい。それ以前にも長期欠席をする生徒はあったと思うが、言葉をあてがう必要があるほどは多くなかったのだろう。その後大きな問題として扱われてきているが、時代の変化に伴い社会が複雑になるにつれ難しさが増している。そこで、解決方法も工夫されるようになってきているようだ。その年の一年生の中には、野口君以外にも登校できない生徒が何人かいた。原因はそれぞれで、たいていは生徒自身にあったが、家庭に問題がある場合もあった。それぞれの担任が、家庭訪問などをしては骨を折っていたが、なかなか好転しないケースが多かった。それでも、中学生とは言ってもまだまだ子供の部分があって、そのポイントに作用するべきアプローチの方法によっては、予想もしなかった形で改善されることもないことはなかった。
その日からからまもなく、学校全体が卒業式から年度末、さらに新年度初めの一連の仕事に忙殺される日々が続くのだった。それは季節感や毎日の天気、気温などに彩られた毎年恒例の行事だった。楽しかったことも苦しかったことも、一年単位で過ぎて行き、また新しい一年が始まるのだ。そんな忙しさもあって、あの日以来、小川が野口君とその保護者を見かけたのは三度しかなかった。一度目は、あの日の次の週に保健室の前で会った。保護者の女性から先週のお礼を言われ、まだ何か言いたそうな様子も見せていたが、養護教諭に促され、野口君と二人で保健室へ入って行った。野口君は言葉を発することこそなかったが、この日は顔を上げてまっすぐに小川の方を見ただけでなく、にっこりと微笑んでみせたのだった。話を交わしたのはその時だけで、二度目と三度目は遠くから二人の姿を認めただけであった。小川にしてみれば、保護者から直接声を掛けられたことを思えば、もっと何かできることはないかと考えてみたが、学年内での自分の立場というものを考慮する必要もあったし、ベテランの担任が尽力している様子が伝わってくることに安堵する気持ちもあった。何より該当クラスで授業をしているわけでもないことが理由で、伝わってくる情報も少なかった。かと言って、日々の仕事に追われ、自ら情報を求めて行動できるほどの技量も自信もなかった。
年度末に向けて学年単位の会議も幾度となく開かれ、あれ以後も暫くは野口君の名前を時々耳にすることはあった。しかし、時々漏れ伝わってくる話によると、どうも良い方向に事態が動いているようだった。ある日の会議終了後、クラス担任の教員と野口君について二言三言話したことがあった。その時のクラス担任の口ぶりから、そんな気配が感じられたのだった。日々のバタバタに紛れて、小川や他の教員達の意識から、野口君のことは次第に遠ざかって行った。
そして、年度末の全体会議で、久しぶりに野口君の名前が出た。クラス担任が野口君の現状を報告したのだ。それによると、彼は未だ教室に入ることはできないが、毎日休むことなく保護者と共に登校しているということだった。
(二)
やがて新年度が始まり、新一年生の入学式も無事終えた。一年生だった生徒は二年生になった。毎年のことだが、何百人との別れがあれば何百人との出会いがある。去って行く者を見送る寂しさがないわけではないが、それよりも自分達が持ち得ない可能性を持っている若者の将来を、思い遣ることに眩しさを覚えることの印象が強かった。一年生の担当だった教員の中には、他校へ異動になった者もいた。また、数人は持ち上がりとなったが、何人かは三年生の、そして小川を始め何人かが新一年生の担当になった。小川にとっては、一年目に二年生を持ち、その後二年続けて一年生を見ることになる。石の上にも三年というから、前年と比べて少しは慣れてきたのかと顧みてみるが、あまり自信はなかった。それでも一年目のことを思い出してみると、少しは落ち着いて生徒の顔も見られるようになったような気もするのだった。
月日は流れ、この年も卒業式が迫っていた。式に関する教員の役割分担も決まり、少しずつその準備に取り掛かっていた。会場準備の係となった小川は、会場となる体育館を部活の生徒がまだ使っているので、事前にするべきことはあまりなかった。明日から部活を休みにするという日の放課後、同じ係の教員と共に体育館の下見をした。式で必要な物がどこにあるかなどを確認するためだ。毎年の行事とは言え、さまざまな係に分かれて大勢で取り組むので、全体を把握するのはなかなかだ。ところが幸か不幸か、式そのものは多少の不備があったとしても、どさくさに紛れて終わってしまうのも事実だった。しかも、時の流れが失敗を消し去ってくれる。
久々に体育館の中に入ってみると、バレーボール部とバスケットボール部がそれぞれのコートの辺りで練習をしていた。邪魔にならないように気を付けながら、バスケットのゴールの後ろを通って舞台の方へと歩いて行った。舞台の端にある戸棚を開けると、演台を覆う為の白い布がしまってあった。二人でそれを広げて簡単な確認をした。その他、必要な物が揃っているかなども、ひととおり確かめておいた。
用事を終えさっきと同じようにバスケットのゴールの後ろを通って出口に向かおうとした時、
「小川先生!。」
と、一人の生徒がボールを持ったまま、声をかけて近づいてきた。何だろうと思いその生徒の顔を見たが、色白で背の高いその男子生徒に見覚えはなかった。戸惑っていると、
「先生と一緒に鶴を折ったこと、憶えています。」
生徒は満面の笑顔で言った。そしてそれだけを言うと、呆気に取られている小川の返事を待たず、男子生徒は仲間の元へ戻って行った。怪訝に思いながら体操服の背中に書かれた名前に目を遣ると、「野口」という文字が。その名前に心当たりはなかった。三年生はもう部活には出ていないし、一年生にしては背が高いので二年生だろう。二年生の野口君…、と思いを巡らせていてハッと気が付いた。野口君?あの野口君なのか?その時急に、小さくて色白で小学生のような男の子の、うつむき加減の姿が思い出された。クラスに馴染めず元気がなかった野口君。まさかあの野口君と、今目の前で溌溂と動き回っている彼が同じ人だとは信じ難かった。すると、一緒に居た教員が、
「野口君、人が変わったように成長しましたよね。」
と言った。
「野口君って、あの…。」
話しながらコートに目を向けると、野口君は他の生徒と一緒になって真剣にボールを追っていた。
「一年生の時には不登校になりそうだったのに。今は成績も良いし、部活でも活躍しているみたいですよ。」
「そうなんですか。すごい成長ですね。」
「本当ですね。」
子供は大人の予期しないようなことをしがちで、大抵は大人にとって都合の悪い場合が多い。子供のしでかした事に慌ててしまうのは、大人の方が自分の辿ってきた過程を忘れがちであるせいなのだろうか。でも、子供は時には大人が想像もし得ないような発想で、生活に潤いをもたらしてくれる。教員と言う仕事はブラックと言われるように、肉体的のみならず精神的にも重労働だ。社会の変化とともに、モンスターペアレントなどというものも出現して、益々負荷をかけている面もある。ある外国人が、教師に持つイメージとして「patient」という単語を挙げていた。つまり、我慢強いという意味で、ネガティブな意味合いにとれる。確かに子供相手の仕事では、我慢を強いられるシーンは少なからずある。何故こんなことに耐えなければならないのか、と思うようなこともある。しかし、「嫌なことが十個あっても、良いことが一つあれば仕事を続けられる。」と、いつだったか同僚の教員から、そんな言葉を聞いたことがあった。どんな仕事の場合も当てはまるのかも知れないが、そんな風に考えられる仕事なら続けていけるだろうし、また続ける意義があるのだろう。
お役に立つことができなかったことを、後ろめたく思う気持ちがないわけではなかった小川にとって、この日訪れたこの上ない素晴らしい出来事は、少なくともこの先十年は楽しく仕事をしていけそうな気持ちにさせてくれるものであった。
出口まで来た時に、もう一度バスケットのコートを振り返ってみると、こちらを向いて笑顔を見せている野口君の姿があった。