表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
吹替家族  作者: ハルユキ
9/32

セリフ9:「〜♪」

引き続きお読みいただき、誠にありがとうございます。


主人公・早瀬弘美はある日夫の声が大好きな声優赤山秋の声で再生できることに気づく。弘美は、聞いた言葉を、好きな声、好きなシチュエーション、で再生できる能力を身につけたのだ!

その能力を使って、疲れた日常をときに荒ぶりときに癒されながら乗り越えていく物語ーー


今回弘美は何をしているのでしょう…?


それでは、つづきをどうぞ!

 弘美(ひろみ)は脚立に登っていた。

 押し入れとクローゼットががくっついたような形状をしている、高さ230cm、奥行き100cm程度の収納部屋にいた。

 弘美はそこを自分の部屋と称している。

 下段には家族共用のものが入っており、今は扇風機や思い出の品を入れたコンテナが鎮座している。中段には服。押し入れの天袋部分に当たる上段に弘美は冠婚葬祭セットと、本、CD、映像作品などを置いていた。というか、積んでいた。


 弘美は冠婚葬祭セットの中の袱紗(ふくさ)に用があった。

 脚立に乗ったまま箱の蓋を開けようとしてグラッとバランスを崩し、叫びながらとっさに手を伸ばす。


 わーー!!


 トン…!

 ガラガラガラ……カシャ、カシャン!



 ヒィーーーー!!!

 弘美は思わず叫んだ。


 ギョッと目を見開き、口は横に目一杯引き伸ばしながら今の出来事を振り返る。


 やってしまった……


 手を置いた場所が悪かった。

 自分は無事だが

 積んでいた赤山のCDの山が崩れ3枚ほど落ちた。


 赤山(あかやま)さん〜ごめんなさい……!


 弘美はCD に向かって謝りながら拾い集める。

 謝罪虚しく、雪崩が起こり、弘美の頭に雑誌が2冊バサバサッと落ちてきた。


 っく〜〜っっ


 右手で当たったところを触る


 こういうところ…あるんだよな…


 弘美は自分が情けなくて、床に両手をつけ、うなだれていた。

 散らばった雑誌を横目に、立ち直れなくて天を仰ぐ。視界に入るのは青空ではなく、淡いクリーム色の天井である。あそこが崩れたのか、という場所が確認でき、と同時にまた1冊落ちてきた。今度は手でキャッチする。


 ふー。セーフ。


 ふと、手元の雑誌を見ると、息子たちが好きなアニメのキャラクターが表紙を飾っていた。赤山も主要キャストを務めるあのアニメだ。


 あのアニメはドタバタ日常ものである。主人公はいつもなにかヘマをやらかし、赤山演じる周りの友達がそれに巻き込まれる。表紙を飾っているのは映画化したためだ。映画ではそのヘマが壮大な冒険への入り口となっていた。赤山が声を担当するキャラクターは主人公のヘマに巻き込まれ一緒に大変な目に遭いながらも、いつもそれすら楽しみ、そんな小っせーこと気にすんなっ!と豪快に笑い飛ばしてくれる役だった。


 あの映画の劇伴好きだったな〜


 弘美は映画のクライマックスで流れる音楽を思い出していた。主人公のテーマソングとしていつも流れるコミカルなBGMにアレンジが加えられ勇しさが増していた。テレビで観るアニメも良いが、映画館で観るのもまた良い。


 〜〜〜♪


 頭の中で音楽が鳴る。


 しばらく鳴らしっぱなしにしていると、ある曲にたどり着いた。


 主人公がヘマをするときにいつも流れるユーモラスなあの曲だ。


 「〜♪」


 まるでピアノの上を走っているかのように音階が激しくうねり、ご機嫌なホイッスルや小気味良いパーカッションの音が弘美の頭を駆け巡る。やっ!えいやっ!という愉快な掛け声は、実は主人公はじめ赤山演じるキャラクターたちの声だというのをこの雑誌のインタビューで知った。


 弘美は先程の自分のヘマに合わせそのBGMを流してみた。


 ふふっ


 思わず笑みが溢れる。


 自分のヘマが途端に、アニメのワンシーンに思えてきて面白かった。

 失敗でしかなかったことが、ほんの少し許されたような気がした。苦痛を感じ(がん)として動かなかった強張(こわば)った心を丸くもぎとりそれでジャグリングし出すような遊び心を感じる。


 弘美の足に力が戻ってきた。

 雑誌を拾いながら立ち、そして決心した。


 よし!片付けよう!


 赤山さんすみませんでした!


 弘美は落ちて少し傷がついてしまったパッケージを撫でながら謝る。


 時間が一気にできるわけではないので少しずつだが整理整頓をする。部屋を片付けながら物が多くなったなと思う。


 赤山を知るまでは、この部屋はがらんとしていて殺風景だった。特にこの上部の棚はスカスカだった。それは弘美が30代に入り、自分の人生を片付けた結果だった。


 祖父が亡くなったとき、実家には祖父の遺した大量の品々が残存(ざんぞん)しており、それらの整理を手伝った。


 自分がもし今日この世からいなくなってしまったとしても、できるだけ誰にも迷惑をかけないようにしよう。

 自分がいなくなったとき片付けてくれるのはきっと、病院に通い続けている息子二人と、夫なのだから。

 そのときの弘美はそう思い、捨てられるものは全て捨てた。卒業アルバムを捨てようとした際、母親に日常会話の延長で話すと、えー高かったのに〜取っておいてよ〜と言われた。しまった、話してはいけない相手だった。と思ったがもう遅い。仕方がないので卒業アルバムは母が亡くなってから処分しようと本棚の片隅に残存している。


 あのときの自分はいついなくなってもよかった。


 それが今ではこれだ。


 積まれたCDや雑誌を縦に直しながら弘美は思う。


 絶対死ねないな。


 まだ聴いてないCDがたくさんある。買ったまま読めていない雑誌がある。人に見せるには恥ずかしいパッケージのものも大量にある。


 弘美は今日の楽しみを発掘した。まだ聴いてなかった赤山のCDを一つ手に取り、棚の中段に除ける。


 誰に見られてもいい部屋も良いが、誰にも見られたくない部屋も良いな、と弘美の心は宝探しの最中かのようにウキウキしていた。


セリフ9:「〜♪」


お読みいただきありがとうございます!



積んじゃうよね〜と思ってくださった方や続きが気になると思ってくださった方はブックマークや広告下の評価ボタン【⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎】を押してくださるとありがたいです!さらに感想を書いてくださると作者がとっても喜びます!力を分けてあげてもいいよという方ぜひ一言お願いします!


『吹替家族』から『吹替家族』〜好きな人の声が聞こえる!生き抜くための最強能力身につけました!〜

にタイトル変更しております。


次回も読んでいただけたら嬉しいです!

いつも本当にありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] いついなくなってもよかった、そう思っていた弘美さんに、絶対死ねないなと思わせる赤山さん。 良い仕事とは、人の人生をそれと知らずに変えるもの。 何かで読んだ言葉を思い出しました! [一言] …
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ