セリフ7:「ちょっと離れて」
引き続きお読みいただき、誠にありがとうございます。
主人公・早瀬弘美はある日夫の声が大好きな声優赤山秋の声で再生できることに気づく。弘美は、聞いた言葉を、好きな声、好きなシチュエーション、で再生できる能力を身につけたのだ!
その能力を使って、疲れた日常をときに荒ぶりときに癒されながら乗り越えていく物語ーー
前回の話は、目を通される読者さまも大変だったかと存じます。お読みいただきありがとうございました。
今回の話はどんな香りがするでしょうか…?
それでは、つづきをどうぞ!
日曜日の昼下がり。お昼ご飯を済ませた早瀬家にゆったりとした時間が流れる。
息子たちとテレビゲームを楽しむ。基本的に息子二人が操作し、難しいところは父親の智成か母親の弘美が操作を代わる。コントローラーを智成に渡した長男優太は辞書ほどの厚さがある攻略本を見ながら、タイプの研究をしていた。部屋にはグレープフルーツとイランイランなど数種類の香りがミックスされたアロマオイルの香りが漂っている。平和である。
ボスを倒した智成がコントローラーを優太に返す。リザルトが表示されて息子たちが歓声を上げる。
おつかれーと弘美が智成に声をかける。ん?余裕だよと手を振りながら智成は答え、弘美の隣に座った。
ふいに弘美は智成の腕に手を回し肩にもたれかかった。
「ちょっと離れて」
弘美の手をするりと抜け、立ち上がりながら智成は別の部屋へ移動した。ドアは開けっ放しなのでそのまま見ていると、夫は布団の上に寝転びスマホゲームをし始めた。小さな音が漏れてくる。
目の前でテレビゲームに興奮する息子二人の背中を見ながら、わずかに触れた感触が残る自分の左側の虚しさを忘れようとした。
そのぽっかり空いた穴を赤山の声が埋める。
主人公は真面目な中学生男子。学ランのボタンを上まで全部留めている。
近所に住んでいる高校生の姉ちゃんは困った人だった。よく自分に絡んでくる。
小さい頃から知っているが、学年が上がるにつれてスカートが短くなっていっている気がする。そんなところに気づいてしまう自分が嫌だった。自分はなるべく平穏に生きたい。眼鏡の真ん中をくいっと上げた。
姉ちゃんって呼んでと昔から言われているので、今も呼び方は姉ちゃんだ。姉ちゃんには弟がいない。弟に憧れがあり、自分は昔から彼女の弟として、ときにパシリとして平穏とは程遠い日々を送ってきた。
おっはよー!パタパタと道を走ってくる音が聞こえても自分は振り返らない。平穏に生きるのが目標だからだ。
がばっと後ろから抱きつかれた。飛び乗られたと表現した方が正しいか?ズレた眼鏡の位置を直しながら上半身だけおんぶ状態になっている姉ちゃんの足をズズズ…と引きずりながらそのまま歩く。姉ちゃんの背の方が高い。
しばらくそのまま歩いたが、赤信号で止まると周りの目が気になった。
そろそろ首に回した腕をほどいてほしい。自分の顔を姉ちゃんの方に向ける。姉ちゃ…と言いかけて止まる。姉ちゃんの唇が目に飛び込んできた。強制的に姉ちゃんの腕を外す。姉ちゃんは、わっと声を上げたがやっと自分の力だけで地面に立つ。自分の心臓がうるさい気がする。
んー?と姉ちゃんは首を傾ける。姉ちゃんが正面から近づいてくる。なになにと、自分は目を閉じた。頭に姉ちゃんの手が当たる。恐る恐る目を開けた。背高くなった?ぱぁっとひまわりが咲いたような笑顔を自分に向ける姉ちゃん。言われて気づいたが確かに自分の身長は姉ちゃんにあと少しのところまで迫っていた。
おっきくなってー!と姉ちゃんは髪をわしゃわしゃしてくる。不機嫌そうな顔を見せると姉ちゃんが耳元に近づいてきて囁いた。かっこよくなったね、と。
揺れる姉ちゃんの髪からシャンプーの匂いが不意に香った。
慌てて言う。
「ちょっと離れて」
きっと自分の顔は真夏の日光を浴びすぎたかのように赤くなっているだろう。冬真っ只中の今する顔じゃない。腕であっつくなった顔と耳を隠す。
自分の身長は夏には姉ちゃんに届くだろうか。もし越していたら姉ちゃんはまたあのひまわりみたいな笑顔を向けてくれるだろうか。
隣で、やりすぎた?という顔を見せる姉ちゃん。腕を下げ、気にしてない素振りをして、青信号を渡る。
たかだか身長くらいで関係に変化は生じないとは思うが、姉ちゃんの身長を越したら、名前を呼んでみようかな。その未来に自分の平穏は待っているのか、多少の疑問を抱きながら、いつも通りの道を二人で歩いた。
あ〜、なんだか甘酸っぱかったな〜!!照れちゃうのかわいいな〜こっちまで幸せな気分になるな〜
弘美はデレデレした顔を体育座りで隠す。
かわって!と言ってきた健人のコントローラーを受け取り、抑えきれないこの高揚感とともにゲーム世界を暴れ回った。
セリフ7:「ちょっと離れて」
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次回 セリフ8:「x」
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