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吹替家族  作者: ハルユキ
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セリフ3:「ぼくのたんじょうびおそい!」

前回から引き続きお読みいただき、誠にありがとうございます。


主人公・早瀬弘美がある能力を手に入れて、疲れた日常をときに荒ぶりときに癒されながら乗り越えていく物語ーー


それでは、どうぞ!

 長男優太(ゆうた)と次男健人(けんと)は二つ違いの兄弟である。

 優太は体格が大きい。とはいえ活動的な方ではなく、室内で遊ぶブロックやお絵かきが得意だ。ひとりで黙々と打ち込む集中力がある。

 健人は同じ組のお友だちと仲良くできる人懐っこさを持っている。幼稚園の先生に甘えるのも上手だ。身の回りのことをひとりでやろうという気概があり、頑張り屋さんだ。


 二人は仲が良いといえば良いし、悪いといえば悪かった。


 今は二人ともおやつを食べている。キャラクターをかたどったグミは二人を夢中にさせた。お互い何が出たかで盛り上がっている。


 弘美(ひろみ)はその隙にと、右耳にイヤホンをつけラジオを聴く。そして洗濯物を畳む。声優赤山秋(あかやましゅう)が一人喋りで展開したり、ゲストとコーナーを交えながらトークを繰り広げる30分の平和なラジオ。毎週水曜日15時のご褒美のような時間である。

 今日は共演作の多い事務所の後輩モリーくんがゲスト。後輩からのいじりに赤山さんは終始「おーまーえー!」「まてまてまてまて」「もういいってー!」とタジタジになりながらひーひー笑っている。

 弘美は二人のやりとりに声を抑えながら、お腹が痛くなるまで笑っている。顔は下に向けているが、もちろん広角は上がりっぱなしだ。

 今日のコーナーは赤山さんとモリーくんに人物の設定だけが与えられ、即興で鐘がなるまで二人で掛け合いの芝居をするというものだった。二人は先程までのトークとは声色をがらりと変えてきた。弘美の胸が公園にいる子どもみたいにはしゃいだ。


 しかしながら鐘がなる前に、弘美の左耳に争いの火種が聞こえてきた。


 ぼくのほうがすくなかった!ちがう!ちがわない!ゆうくんがたべたからでしょ!さいしょからなかった!けんくんのほうがおおきかった!もー!


 弘美は手元の洗濯物をくしゃっとし床に置いた。

優太と健人の間へ入り、二人の距離をあける。


 弘美は言い合いのわけを聞く。


 だってだってぼくもうたべちゃったもん!けんくんあるのにくれなかった!だってぼくまだたべてないもん!けんくんずるい!ずるくないー!ゆうくんがずるいー!けんくんおもちゃいっぱいもらってた!けんくんたんじょうびずるい!


 二人がそれぞれ好きに話すが、どうやら優太は今のおやつの問題から、1ヶ月前の健人の誕生日会のことまで考えが飛躍し、怒りが膨れ上がっているようだった。


 けんくんおかしいっぱいたべた!けんくんたんじょうびにおもちゃいっぱいもらってた!ぼくはもらってない!!


 そんなことはない。弘美は心の中で反論する。おやつはどちらにも一袋ずつ出した。誕生日プレゼントの数だって同じだ。


地団駄を踏んでいた優太は、怒りのまま健人に突進しようとしたので、とっさに弘美はお腹で受け止める。痛くてうんざりする。


「ぼくのたんじょうびおそい!」


 優太の誕生日は6月。健人の誕生日は12月。年度単位でみれば、どちらかと言うと誕生日が早いのは優太の方である。


 弘美は優太に、誕生日はみんな一年に一回だよ。と言ったが、優太には伝わらない。おやつの数同じだよ。プレゼントの数も同じだったよ。これも優太には伝わらない。


 弘美は優太と健人のギャーギャーと騒ぐケンカが苦手だ。耳が痛いし、とばっちりを受けることもある。二人が原因となったものを置き去りにしていかに自分の方が大きな声で喚くか、いかに自分に注目してもらうか、いかに同情を引くか、競い合っているようだった。そしてなにより、自分の大事な兄弟を自分で大事にできないことが、その子にとって辛いだろうなと感じていた。


 弘美は二人を別の部屋に離れさせ距離を確保する。健人はおやつを再開した。興奮している優太に落ち着いたらおいでねと声をかける。優太は泣きながらもう落ち着いたと言って、弘美にパンチをしてくる。痛いから叩かないでね。と言う弘美。その弘美の腕を優太はぎゅっと掴む。弘美はもう一方の手で優太の背中を撫でながら、ゆーっくり落ち着けばいいよ。と温泉に入ったときに漏れる声のようにたっぷり息を吐きながら伝え、隣に座る。


 右耳の音が戻ってくる。赤山さんのラジオがもうそろそろ終わろうとしていた。では、来週も聴いてくださいね〜

「「バイバーイ!!」」

 赤山さんとモリーくんの息のあった締めの挨拶は弘美の疲れた気持ちを癒してくれる。


 優太が落ち着くまでの間、弘美はある試みをする。先程の即興芝居は二人が幼稚園児の設定だった。


 あの声…あの声…

 今目の前で繰り広げられた光景が、赤山さんとモリーくんの声で再生される。



 だってだってぼくもうたべちゃったもん!けんくんあるのにくれなかった!だってぼくまだたべてないもん!けんくんずるい!ずるくないー!ゆうくんがずるいー!けんくんおもちゃいっぱいもらってた!けんくんたんじょうびずるい!



 え??かっわい!!優太が赤山さんの声で!健人はモリーくんの声で言い争ってるーーー!わーわー!できた!夫の声だけじゃない!赤山さんの声だけじゃない!好きなシチュエーションで好きな声で再生できる!弘美の能力は向上していた。もっと聴きたい!!



 けんくんおかしいっぱいたべた!けんくんたんじょうびにおもちゃいっぱいもらってた!ぼくはもらってない!!



 きゃーー!いくらでもできるぞ!これ最高だぞ!赤山さんのショタボだーーー!しゅうくんだー!



「ぼくのたんじょうびおそい!」



ぐはっ!ありだ!!これはありだーーー!

赤山の幼い少年声が弘美の体に響く。きっと「おそい!」のところは赤山はぎゅっと目をつむって力を入れて演じていることだろう。


 わーわー、かわいい、かわいいぞ。なんだかこれならずっと聴いていられるぞ。

 自分がさっきまでうんざりしていたことが、こんなに変わるなんて。早く終わってくれとしか思えなかったことなのに、いつまでも続いてくれとさえ思う。


 ふと、隣にいる優太に視線を落とす。そうだよね、優太は尊いよね。隣の部屋にいる健人を見やる。健人は尊いよね。


 落ち着いた優太が弘美にもう大丈夫と立ち上がり合図を出す。優太と弘美は手を繋ぎながら健人のもとに戻る。優太はママと言う、と手を引っ張る。優太と弘美が声を合わせてごめんね、と言う。優太の声は小さい。健人はいいよと答えた。

 優太は弘美の手をパッと離し健人の隣に座る。健人はいっこあげる、とグミを一つ優太に差し出した。優太は健人の指に掴まれたグミを健人の指ごとパクッと食べた。

 健人はうぇーベタベター!と手をふる。弘美は二人の間に入りお手拭きシートで健人の手を拭いた。弘美はそのまま二人の頭を両手で抱きしめ、存在を確かめるように、優太、健人の頭に自分の頬をこすりつけた。そのあと二人の頭の匂いを嗅ぎ大袈裟なほど鼻で吸い込む音を出した。優太と健人は弘美の手から抜け出し、顔を見合わせた三人はケタケタと笑った。




セリフ3:「ぼくのたんじょうびおそい!」

お読みいただきありがとうございます!


家族のことを見守りたいなと思ってくださった方や続きが気になると思ってくださった方はブックマークや

広告下の評価ボタン【⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎】を押してくださるとありがたいです!さらに感想を書いてくださると作者がとっても喜びます!力を分けてあげてもいいよという方ぜひ一言お願いします!


次回 セリフ4:「やだ」


どんな場面で弘美に投げかけられた言葉なのか…!


つづきも読んでいただけたら嬉しいです!寒い日が続きますので、どうぞご自愛くださいませ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 何だこれ安らぐ……。 最初は声優さんの声で癒されてめでたしめでたしかと思ってましたが、そこからお母さんの愛情が二人にたっぷり注がれる描写で、図らずも目頭が熱くなりました。 優しい物語を…
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