セリフ2:「俺を怒らせるのはお前だけだ」
前回から引き続きお読みいただき、誠にありがとうございます。
主人公・早瀬弘美がある能力を手に入れて、疲れた日常をときに荒ぶりときに癒されながら乗り越えていく物語ーー
「俺を怒らせるのはお前だけだ」それはどんな場面で弘美に投げかけられた言葉なのか…それではつづきを、どうぞ!
早瀬弘美はキッチンで洗い物をするためシンクの前に立っていた。冷たい水が温かく変わるまでの数秒間昨日のことを思い出していた。夫から赤山の声が聞こえたあの夢にも思える体験を。2、3回蛇口の下に手を通し水の温度を確かめる。冬になると手が荒れる。弘美はしみる手の甲に闘う同志のような感情を抱きながらスポンジに洗剤を垂らした。夫の智成が使った茶碗、長男の優太のコップ、次男の健人のスプーン。家族が暮らした証は水切りカゴをいっぱいにした。
智成が氷を取りに弘美の後ろを通った。
弘美はぞくりと冷や汗をかく。この時間が嫌いだ。氷を取りに来るその目的のほんのついでに夫は横目でキッチンの水切りカゴをじろり睨む。
「俺を怒らせるのはお前だけだ」
やはりきた。氷柱のような言葉はつづく。
「俺ならこんな風にはしない」
夫は水切りカゴを指差す。水切りカゴに積んだ食器の重ね方が気に入らないのだ。いつものことだ。
毎度指摘されるので、弘美は自分では気をつけているつもりだが、どうやら智成の理想には程遠いようだった。
弘美の手の甲がズキリ痛む。
弘美は目を閉じ深呼吸し、昨日のことを思い出す。そうだ、自分は最強の力を手に入れたのだ。夫の言葉をそのまま受け取る必要はない。心の中で呟く。
赤山さん…赤山さん…赤山さん……
きた!と弘美は目を見開いた。
「俺を怒らせるのはお前だけだ」
赤山さんの声だ!!
弘美の顔が自然にほころぶ。
その声の主赤山秋は弘美が大好きな声優だ。弘美は夫の言葉を好きなシチュエーションで、好きなように赤山さんの声で再生できる能力を手に入れていた。
弘美の頭の中に情景が浮かんでくる。
意地悪な継母に虐められ、毎日ひっそりと暮らすヒロイン。
意地悪な継母はヒロインに屋敷中のシーツをかき集めて洗濯を命じる。その量は膨大だ。何枚あるか分からないくらいに積み重なったシーツをヒロインは健気に洗う。もちろん素手で。
あかぎれで痛むヒロインの手。
そこに颯爽と伯爵があらわれた。
「俺を怒らせるのはお前だけだ」
意地悪な継母に言われるまま、ひたむきたに無茶をするヒロイン。本当は断ってほしい。自分を頼ってほしい。しかし、ヒロインはその願いを聞いてはくれない。自分を慮ってのことだと分かるから、伯爵はしょうがない奴だなと言わんばかりの顔でその言葉を絞り出した。ひとりで頑張ろうとするヒロインが心配でならない。
伯爵は優しくヒロインの手を包み込む。
そして、宝物を慈しむかのように触れるギリギリのところを撫でた。ヒロインの手の甲は薬でも塗られたかのようにじんわりと温かくなった。
伯爵が顔を近づけ囁く。
「俺ならこんな風にはしない」
ヒロインはあかぎれた手よりも真っ赤に咲いた顔を恥ずかしそうに両手で覆った。
よし!これだ!
あー幸せだ。
赤山様!最高でした!ありがとうございます!!
弘美は自分のざらざらとしてところどころ血が出ている手の甲をさすった。
弘美は夕方、ドラッグストアで子どもの薬を調剤してもらっている間、ゴム手袋を買った。
自分と共に毎日闘ってくれる同志にまずは自分が優しくしてやりたいと思ったのだ。夜の食器洗いは朝よりも少し温かくなることを願って。
セリフ2:「俺を怒らせるのはお前だけだ」
お読みいただきありがとうございます!
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次回 セリフ3:「ぼくのたんじょうびおそい!」
弘美の息子、優太と健人兄弟が登場します!
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