セリフ19:「はい、お茶」
引き続きお読みいただき、誠にありがとうございます。
主人公・早瀬弘美はある日夫の声が大好きな声優赤山秋の声で再生できることに気づく。さらに最近では、好きなときに、好きな声が、好きなシチュエーションで聴こえ、BGMまで流せたりと、弘美は試行錯誤の中で色んなことができるようになってきた。
その能力を使って、疲れた日常をときに荒ぶりときに癒されながら乗り越えていく物語ーー
今回は久しぶりに…?
それでは、つづきをどうぞ!
水曜日の朝、弘美はニヤついていた。
15時からの赤山のラジオのことを思うと楽しみで仕方がない。あれから何通かラジオに投稿したが、読まれてはいない。もしかして読まれるかも!というドキドキは少し落ち着いた。それより、赤山の声が今日も聴けることが嬉しかった。
ご機嫌に鼻歌を歌いながら、家族の朝食を用意し、テーブルへ並べる。
ご飯をよそうため、お茶碗を取り出している弘美の背後に智成が立った。
弘美が、なに?と振り向くより先に智成は弘美の脇に手を入れ、弘美を持ち上げる。
え?え?ちょっと、お茶碗、危ない!
と弘美がいうと智成は弘美を下ろした。
弘美はお茶碗をとりあえずシンクの横に置く。
すると智成は正面から弘美の脇に手を入れてもう一度持ち上げた。
弘美は意味がわからず、こわいこわい!と足をばたつかせ思わず智成の首に手を回す。智成はさらに高く持ち上げ高い高いをした。弘美はどうしていいかわからず息子たちが普段笑うようにキャハハと笑ってみた。笑っていたらそのまま楽しくなった。
するとそれを見ていた優太と健人がぼくもぼくもー!と駆け寄ってきて、弘美は降ろされた。なんだったんだろう、と弘美は思うが、笑っている優太と健人が楽しそうで、どうでもよくなる。
弘美は中断した朝食の準備に戻る。また赤山のラジオを思い出してニヤつく。
なに気持ち悪い顔してんの?と優太と健人から解放された智成が弘美に話しかける。そしてコンロに置かれたやかんを持ち上げた。
「はい、お茶」
あ、と弘美は声を出す。
持ち上げたやかんが空っぽなのに気づいた智成からの、お茶沸かすの忘れただろ、という指摘であった。
空っぽのやかんを智成から受け取り、ごめん。と弘美が返すと、
はー。お茶くらい沸かしとけよと、言われた。
しくじったー…朝食の準備はできてるのにお茶沸かすの忘れた…。
弘美の心は沈む。
冷蔵庫から2Lペットボトルに入ったミネラルウォータを取り出し、テーブルの上にあるコップに水を注いでいく。
智成のコップに注ごうとしたそのとき、智成は弘美に、俺水やだと拒否の言葉を浴びせた。
やかんでお茶を沸かすのは少し時間がかかる。
弘美はやかんに水を入れ火にかけ、並行して小鍋にも水を入れる。小鍋で湯を沸かし、智成には緑茶を出すことにしたのだ。
ふーー。とため息にも気づかれないよう心の中で息を吐きながら弘美は思う。
忘れちゃった日は水でいいじゃん。
弘美に水かお茶かのこだわりはない。
しかし智成はお茶でないと嫌がるのだった。
自分で沸かしてほしいと弘美は思っているし、過去に言ったこともある。しかし、働いてないんだからお茶くらい沸かしてよと言われ、今の状態になった。智成は気が向いたら沸かす日がある程度だ。
弘美は小鍋を火にかけ、赤山の声を思い浮かべる。
バチバチバチバチッ
バケツの水をひっくり返したような雨だ。
この夏初めてのゲリラ豪雨。
高校の帰り道、傘もなく、カバンを抱えた俺と彼女は、走って坂道を下る。
バス停に着いた。彼女の家はここからバスに乗って10分ほどのところにある。
バスが来るまであと5分。
送ってくれてありがとっ!また明日!
と雨に濡れながら言う彼女は笑顔で。
夏服の白いセーラー服が雨で濡れてて。
…!!
あの、さ、よかったら俺ん家来ない?
気づいたら、そう言葉が出ていた。
え?えと、いきなり行ってもいいの?
と彼女は戸惑いながら言う。付き合ってまだ1ヶ月。
お互いの家に行ったことがなかった。
うん。今家に誰もいないと思うし。
え!?誰もいなかったらご挨拶できないしダメ…
彼女が全部言い終わる前に俺は彼女の手を握り半ば強引に自分の家の方へ引っ張る。
大丈夫だから。
ほんとに?
と彼女は首を傾げた。
ゲリラ豪雨は続いている。雷も鳴りだし、ずぶ濡れの彼女は怖がってそこからは何も言わず、ぎゅっとかたく繋がれた手を頼りに走った。
俺の家に着く。
鍵を開けて、入ってと促す。誰もいないのに、彼女はおじゃましまーすと声をかけ、少しおどおどした様子で一歩踏み出す。
玄関に鍵をかけるとなんだか急に、彼女と二人きりだと実感した。
彼女の髪から、スカートから、雫が落ちている。
見惚れていたら、彼女と目が合った。どうしたらいい?と言いたげなその俺を頼ってくる上目遣いに鼓動が速くなる。
ごめん!ちょっと待ってて!と言って急いでタオルを取ってくる。
はい、これ使って。あと、風呂入る?
え!?えと…
彼女はタオルで髪を拭いながら、雨に濡れてずぶ濡れになった自分の姿をまじまじと確認する。
じゃあ、お言葉に甘えて…あの、さっとシャワーを…
うん。こっち。
と自分も濡れた顔をタオルで拭きながら彼女を風呂場へ案内する。
シャンプーはこれ、リンスはこれ、ボディーソープはこれ使って。俺のだから、ちょっとスースーするかも。ごめん。
ううん、ありがと…。じゃあ、入るね。
うん。…………あ!俺がここにいたら入れないよね、ごめん!!あ!タオルはこれ!ドライヤーはあれ使って!
慌ててドアを閉めるとき、ふっと見えた彼女は困ったように笑っていた。
心臓の音が自分でわかる。
俺は階段を上り左の部屋に入ったあと右の部屋に入り、服を持って降りる。
コンコンと脱衣所のドアをノックし、シャワーの音が聞こえることと、ノックへの反応がないことを確認し、入るよーと言ってドアを開けた。
風呂場のドアは半透明で表面がざらざらしており中の様子はほとんど見えない。しかし出来るだけシャワーの音が鳴るそちらを見ないように床を向きながら話しかける。
あの、ここに服置いておくね。姉貴のだから、合うかわかんないけど。
シャワーの音が止む。
ガチャっと風呂場のドアがほんの少しだけ開き、隙間から彼女の顔が見える。心臓がもたない。俺は反射的に、風呂場を見ないように顔を反対側へ向けた。彼女の声が聞こえてくる。
え?なぁに?
聞こえなかったんだとわかり、俺はもう一度同じことを言う。すると彼女は、勝手にお姉さんの使えないよと言った。
え。じゃあ、俺の着る?
うん。…お願い。
と言って彼女はドアを閉め、またシャワーの音が聞こえてきた。俺は制服を脱ぎ脱衣所のカゴに入れ自分用に持ってきた服を急いで着た。
そのまま駆け足で階段を上り左の部屋に姉の服を戻し、右の部屋で自分の服を一式用意する。
脱衣所に服を置いたあと俺はキッチンに向かった。
ドライヤーの音が鳴り止み、彼女が俺を探す声がする。
あ、こっち!
と彼女をキッチンに招く。
自分の服を彼女が着ているという事実に目を奪われる。
お風呂先にありがとう、あの、濡れた服入れたいからビニール袋あるかな?と聞く彼女に、あっ俺洗濯しとくよと言ったら彼女は首をぶんぶん振った。その様子がかわいくて吹き出す。
これでいい?とビニール袋を渡すと、彼女はありがとうと言い、そさくさと服を入れた。
ここ座って、と椅子に座るよう促す。彼女はソワソワしながら大人しく座る。俺はそこに、淹れたものを持ってくる。
「はい、お茶」
コトンとマグカップを差し出す。ほのかに湯気が立つお茶を見て彼女は、わ〜!ありがとう!と手を胸の前で組む。そのまま両手を合わせ、いただきます!と言って一口飲んだ。
おいしい〜。ほうじ茶だ!この芳ばしい香り大好き〜!
彼女の顔が安らぎに包まれ、俺もホッとする。
姉貴がさ、今は一人暮らししてるんだけど、お茶の専門店でバイトしてて、色々送ってくれるんだ。ほうじ茶は体をあっためる効果があるらしいし、いいかなって。他にも色々あるから迷ったんだ。体を温めるなら、ウーロン茶とか…ハーブティーだと、ルイボスティーとかカモミールとか…
へー!すごーい!
あ、やべ、そういえば、クラスの奴に、この話ししてちょっとからかわれたんだった、と咄嗟に頭の中でそのときのことが蘇る。
いや、すごくないよ、なんでもない。
手を振り答えた。
へ?もっと聞きたいよ。
彼女が身を乗り出して言う。
なんで?
と恐る恐る聞いてみる。
お茶の話してるとき目がキラキラしててかわいかったから!
かわいいと言う彼女の言葉に、あーーー。やっぱりお茶の話なんてするんじゃなかったと、俺は心の中で後悔する。
彼女はマグカップを両手で持ち、お茶をもう一口飲む。そして、マグカップに口をつけたまま上目遣いでこちらを見つめた。
俺は一連の動作に見惚れる。
彼女は顔を下げ、マグカップに隠れ、小さな声を発した。
こうやって、自分の知識を使って人を喜ばせようとしてくれるところ、すっごくかっこいい。
マグカップを静かにテーブルに置き彼女は恥ずかしそうに笑った。
俺はかっこいいと言われた嬉しさと衝撃で何故か彼女に近づいた。彼女からは自分と同じシャンプーを使ったとは思えないような甘い香りがした。
家に誘ったのは彼女を守りたかったからだ。
バス停で、また明日!と笑った彼女の制服は透けていた。その状態で誰が乗ってるかわからないバスになんて乗ってほしくなかった。
俺は、乾ききらず、まだ少しだけ濡れている彼女の髪を撫で、彼女の耳が赤くなっていることに気づく。
耳、赤いよ?
というと彼女は手で耳を隠し、潤んだ瞳でこちらを見た。耳だけじゃなくて顔も真っ赤だ。俺は彼女の上目遣いに胸が高鳴る。初めてのキスはどんな味がするんだろう……
ボコボコボコッ
小鍋の湯が沸騰した。
っあー!!!これあれだ!良いところで親が帰ってくるやつだー!!!くーーーっ!!
弘美は、ニヤけながら顔を歪ませる。
お湯を少し冷ましつつ、楽しい気持ちで緑茶を淹れた。
「はい、お茶」
と智成に差し出すと、氷入れてと言われる。氷を入れて出し直す。
弘美はありがとうっ!と赤山の明るい声を聴き満足してやかんの火の番をするためキッチンに戻った。
……なんか、こいついつもと違わないか?
と智成が思う。
前は、もっと俺に、何か言うことないの?という顔を見せてた気がするんだけど……
俺が何も言わなくてもさっとどっか行って、気にしてない感じ。
智成はニヤつく弘美のことを考えながら、緑茶を飲む。
淹れたての緑茶は、落ち着く香りがして、甘味もあるのに、しっかりと苦かった。
セリフ19:「はい、お茶」
お読みいただきありがとうございます!
良いところで…!と思ってくださった方や続きが気になると思ってくださった方はブックマークや広告下の評価ボタン【⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎】を押してくださるとありがたいです!さらに感想を書いてくださると作者がとっても喜びます!力を分けてあげてもいいよという方ぜひ一言お願いします!
いつもありがとうございます。
次回も読んでいただけると嬉しいです!