セリフ17:「笑える」
引き続きお読みいただき、誠にありがとうございます。
主人公・早瀬弘美はある日夫の声が大好きな声優赤山秋の声で再生できることに気づく。さらに最近では、好きなときに、好きな声が、好きなシチュエーションで聴こえ、BGMまで流せたりと、色んなことができるようになっていることに気づいた。
その能力を使って、疲れた日常をときに荒ぶりときに癒されながら乗り越えていく物語ーー
なにやら音楽が聞こえてきます…
では、つづきをどうぞ!
(〜♪)
弘美は赤山のアルバムが流れる車内で鼻歌を歌う。
幼稚園へ息子たちを迎えにいくところだ。
弘美は昨日、加入している動画配信サービスで過去のライブ映像を観た。今かかっているアルバムを引っさげて行われたライブツアーのファイナルだった。
歌っている赤山さんは、多彩な表現で魅せてくれる。
弘美はライブを思い返す。
目線ひとつとっても痺れるような歌のときの、低いトーンの声。柔らかなライトに照らされ、にっこりと微笑みながら歌う優しいトーンの声。歌の間のMCだって面白くって仕方がない。
赤山さんはたくさん笑ってくれる。誕生日間近のライブだったこともあり、サプライズで後輩のモリーくんがお祝いに駆けつけていた。
そこでなぜかミニゲームが始まって、赤山さんが照れたり、ムキになったり、爆笑したりして、会場は盛り上がっていた。
スマホで観ていた弘美は、口元に手を当てニヤけながら、ときに太ももを叩きながら、声を出して笑った。
う〜!赤山さんかわいい…!
弘美は赤山の笑い方の種類の多さに目が釘付けになった。大口を開けて、顔が正面から見えなくなるくらい体を逸らして笑う赤山。照れて恥ずかしそうに、腕で顔を横一文字に隠す赤山。足をばたつかせて首を左右へ振りながら、ヒーヒーと笑う赤山。汗をかきながらライトに照らされて、目を輝かせながら嬉しそうに笑う赤山。
はぁ、思い出すだけで幸せ…!
歌を聴き、ニヤけながら弘美は思った。
14時20分。弘美は幼稚園に着いた。
ひまわり組に優太、すみれ組に健人を迎えにいく。
まず、健人を迎えにすみれ組の前に行く。
するとひまわり組から待ちきれない、というように優太が飛び出してきた。
そのまま抱きついてきたのでおかえりと声をかける。健人は、あー!と言いながらカバンを用意する。
優太に抱きつかれた状態でひまわり組をチラリと見るとクラスの入り口からリエ先生がひょこっと顔を出していた。優太が私に抱かれていることに気づき、安堵した表情を浮かべたリエ先生がこちらに駆け寄ってきてくれる。
リエ先生は優太の今日の様子を教えてくれたあと、ゆうくんばいばーいと手を振ってクラスへ戻っていった。
優太は上靴のままだった。
抱きついたままの優太とペンギンのように歩きながら、ひまわり組に到着する。
くつはいて。にもつとっておいで。と靴箱から優太の靴を取り出し、しゃがみながら声をかける。
弘美がすみれ組に戻ると、健人はまだ荷物を用意していた。
折り紙の手裏剣を大事そうに眺め、カバンのサイドポケットにしまっている。
タッタッタッタッ
弘美の後ろを優太が小走りで通って行った。
え?っと気づいたときにはもう正門のところにいた。
弘美はちょっと待ってと追いかける。
門の外はすぐに駐車場だ。車が出入りして危ない。
タッタッタッ
後ろからも音がする。
優太を追いかける弘美を、健人が追いかけてきていた。
弘美は振り返り、そして足元に気づく。
あー、あのー!上靴履いてるよ!くつ!はいてきて!
上靴を指差しながら言ってみたものの意味がない。
ですよねーと思いつつ前を向き優太を見る。
優太は門を自力で開け、自分たちの車の横にいた。
ソワソワと車の周りを歩く姿は見るからに危なっかしく、弘美はハラハラしながら優太を捕まえた。
ゆーた。あぶないです。もん、ひとりででないよ。ママといっしょにでるよ。としゃがんだ弘美が優太に言う。
優太と手を繋ぎ、健人を迎えに行こうと正門の方を向いた弘美が、おっと、と口に出す。健人は上靴のまま弘美のすぐ後ろにいた。
んーーと、じゃあ、靴取ってくるから待ってて!
弘美はそう言うと、とりあえず優太と健人を車に乗せ、健人の上靴を脱がせたのち、急いですみれ組の靴箱まで戻ろうとした。
するとそこに、優太と同じひまわり組のルナがかけ寄ってきて、くつ持ってきたよ!と健人の靴を弘美に差し出した。
なんってありがたいんだ…!
と弘美は思った。
ルナちゃんはよく優太に話しかけてきてくれて、健人のことも知っている。たまに優太と小競り合いになったりしてるけど、面倒見のいい子だ。
ルナちゃん!ありがとうっ!
と弘美が感謝の気持ちいっぱいに伝えると、ルナはエヘヘ〜だって、けんくんうわぐつでかえっちゃうから〜と手を後ろにまわし、体を揺らして、照れながら笑っていた。
はい!うわぐつかして!ルナすみれ組に持ってってあげる!
ルナちゃん…!ありがとう!
ありがたい助っ人に弘美はもう一度感謝を述べ、健人の靴と上靴を交換する。健人の上靴を持ったルナちゃんは颯爽と園内に駆けていった。
弘美はありがとね〜と言いながら手を振った。
ルナも振り返って手を振った。
よし!帰ろう!
弘美が運転席のドアを開けると、ママおしっこーと後部座席にいる健人が言った。
…えー……
弘美は、家に帰ってからじゃダメなのか?このまま帰ってしまった方が早い!と運転席に座ろうとしたが
もれちゃう!もれちゃう!
と健人が騒いだ。
その横では優太がおそいー!はやくー!と暴れている。
おしっこなら優太を車に置いて行けるか?と健人を降ろし車のドアを一度閉めたが、車の外にも聞こえる声で優太がはーやーくーと叫んでいる。…置いていけない。優太おいで!と車から優太を降ろす。
もれちゃうと叫ぶ健人をおんぶしながら、左手で優太と手を繋ぎ弘美は走る。
すみれ組に着き担任のチカ先生に事情を話すと、さっとトイレへ連れて行ってくれた。
事情を話している間に手を離してしまったのだろう、優太がいない。
周りを見てもいない。
ゆーたーと叫んでもいない。
ルナちゃんがこっちいないよーと言いながらひまわり組から出てきた。
正門の外を見ると優太がいた。
危ない!
弘美は走って走って優太を捕まえる。
右手でガッチリと優太の手を握りながらすみれ組へ戻る。
…………
はーーーー。
弘美は疲れ切り下を向く。
もーさー。
ただの幼稚園のお迎えがさーー。
なんでこんなに大変なのよ。
もーー、
こんなん。
…………
「笑える」
弘美はぼそっと呟いた。
その直後上を向き
あははははっ
と弘美は大声で笑った。
あのライブで観た赤山のように
大口を開けて、顔が正面から見えなくなるくらい体を逸らして笑う。
そう、空元気だよこんなんは。
虚勢でもやせ我慢でもなんでもいいんだ。
ただ、赤山さんのように笑ってみたくなったんだ。
はははははっ!
笑う拍子にギュッと閉じた目を、はーっと息を吐きながら開く。広がるのは、ウソのような晴天。雲ひとつない青空が、どこまでも続いていた。
すみれ組の入り口をみると、健人がトイレから戻ってきたところだった。
〜♪
弘美の頭の中でBGMが流れる。
ドタバタが続く、コミカルなリズム。
弘美は先程の自分たちをリプレイしてみる。
健人をおんぶして優太と走る姿は借り物競走でもしているかのようだった。
あのバタバタしてる感じ…
最高でしょ…!
弘美は思い出しながら笑う。
はははははっ
優太と健人はえーなになにーと足にくっついて、顔を擦り寄せ、目を輝かせながら弘美の顔を見る。
弘美はヒーヒーと笑う。ひまわり組から、なんだなんだ?と寄ってきたルナちゃんに、ごめんね、せっかく上靴持ってってくれたのにと、かろうじて伝える。ルナちゃんは、え〜?へへっいーよーと顔を傾けながら笑った。
ついにはチカ先生も笑いながら、お母さん大変でしたねと労ってくれた。
ひー。笑いすぎて涙が出てくる。
弘美は左目の端に溜まった涙を右の人差し指で拭う。
なんか、そのまま泣いてしまいそうだった。
崩れ落ちて泣いてもよかった。
でも弘美は笑うことを選択した。
笑っていると赤山の笑顔が浮かぶ。
赤山の笑っている声が聴こえる。
最強だ。
バタンッ
運転席のドアを閉める
はいっ!帰りますよ!
と弘美が勢いよく言う。後部座席には優太と健人が座っている。弘美は軽自動車のエンジンをかけた。
(〜♪)
赤山の曲が流れ始める。
ぼくこれやだ!
やだ!
と健人と優太が騒ぐ。
ママ、このおうた大好きなんだ〜
と言ってもヤダヤダと返ってくる。
弘美は二人が好きなアニメの曲をかけ、後ろの席に呼びかける。
はーい!しゅっぱーつ?
しんこー!!
と息子たちの声が飛び、弘美は右手をグーにして掲げた。
息子たちの歌声が車内に響く。
うたわないでよー。
ゆうくんもー。
言い合いが聞こえる。
弘美はそれすらも笑う。
わらわないで!
と健人から注意を受けた。
はーい、ごめんね。
いいよ。
というやりとりのあと、やっぱりお互いを牽制し合ってる息子たちがかわいくて、心の中で笑った。
(〜〜♪)
聞こえてくるかわいらしい音楽に身を委ね体を揺らす。
ゆれないで!
と健人から注意を受け、弘美は吹き出した。
もーダメだ〜面白いっ!
と弘美が笑う。
優太も笑う。
結局、健人も笑い出し、三人の笑い声が車内を満たした。
セリフ17:「笑える」
お疲れさまです!
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笑顔って、笑い声って、最強だったりしますよね。
皆さんの今日に、笑顔の花が咲きますように。
いつもありがとうございます。
次回も読んでいただけると嬉しいです!