セリフ16:「初投稿」
引き続きお読みいただき、誠にありがとうございます。
主人公・早瀬弘美はある日夫の声が大好きな声優赤山秋の声で再生できることに気づく。さらに最近では、好きなときに、好きな声が、好きなシチュエーションで聴こえ、BGMまで流せたりと、色んなことができるようになっていることに気づいた。
その能力を使って、疲れた日常をときに荒ぶりときに癒されながら乗り越えていく物語ーー
では、つづきをどうぞ!
弘美は夫が少し元気になったあの日の出来事が嬉しかった。あの日夫は夜中まで残業し、帰ってきたとき私と息子たちは先に寝ていた。次の日の朝、夫から「ハンバーグうまかった…」とボソッと呟かれ「お粗末様でしたっ」と笑顔で返した。
弘美は赤山に感謝を伝えたくなり、赤山がパーソナリティーを務めるラジオに初めて投稿することにした。
◇ ◇
月曜14時。
声優赤山秋はラジオブースにいた。隣には放送作家のハセベさんが、ガラスで仕切られた向こうに見える副調整室にはディレクターのイソザキさんとタイムキーパーのウエムラさんがいる。赤山は、あーあーと声を出し、ンッと咳払いする。
声の調子は悪くないが、心が沈んでいた。
昨日のイベントを引きずっていたからだ。
楽しみにしていた芸人さんとのバラエティコーナーだったのに舞台上でやらかした。
せっかくゲストのカンダさんがボケてくれてたのに反応が遅くなって微妙な空気が流れた。
だんだんボケの当たりが強くなってきた気がして萎縮して、さらにツッコミが遅くなった。
あそこで凹んでる場合じゃなかった。
俺のツッコミが遅すぎて、そこはなんでそんな厳しいのん!?やろ!君がツッコんでくれへんと、俺だけただの厳しい人になってしまうやん!と最後は全部言わせてしまった。
俺がボケを真に受けてたから変な空気になってカンダさんの印象を悪くしてしまった……。
あとで楽屋に謝りに行ったとき、えーよえーよ!と言ってもらえたけど…自分のせいでカンダさんの印象が悪くなってしまったこと……はぁ、凹むな……
ふーー。切り替えろ。
今日は楽しいラジオの収録だ!
赤山はこのラジオに送られてくるリスナーからの手紙を楽しみにしていた。
山の達人みたいな人はいるし、みんなが頑張ってるエピソードを読めるのも好きだ。
ウエムラさんが合図を出してくれて、本番録音開始。
◇
(〜♪)
赤山秋の山小屋ラジオー!
皆さんこんにちは!赤山秋です!
このラジオは、みなさんの生活の途中にある憩いの山小屋を目指すラジオですっ!歩くのにちょっと疲れた人も、みんなでわいわいしたい人も、たまたま聴いてくれた人もウェルカムのラジオです!今日も一緒に30分楽しみましょ〜!
(〜赤山秋の山小屋ラジオ略して!やまラジ〜♪)
改めまして、こんにちは〜!さぁ!今週も始まりました!声優の赤山秋です!
今週はこのコーナーから参りましょう!
やまラジガイド〜!!
(〜♪)
このコーナーは名前に山がついているだけで全く山に詳しくない私赤山秋がリスナーさんから山の魅力を教えていただくコーナーですっ!
いやあのさ〜!みんなすごいのよ!もーさーみんなのプレゼンがすっごい魅力的!ありがとー! 去年ね、みんなのおかげで登れたから!御岳山!今年も引き続きよろしくお願いしますっ! では早速お便りご紹介していきましょう! やまラジネーム コウジさんからのお便りです……………
(〜赤山秋の山小屋ラジオ略して!やまラジ!ねっ!ちょっと休んでいかない? 〜♪)
づづいてはお馴染みのこのコーナー!
癒しのありがとう&おつかれさま〜!
(〜♪)
このコーナーは私赤山秋がリスナーのみなさんから寄せられたエピソードを紹介し、さらにリクエストいただいた声色で「ありがとう」「おつかれさま」をお届けするコーナーです!それではご紹介していきます、やまラジネーム 果報は寝て待ってられないさん…わかるっ!俺もソワソワしちゃう…からのエピソード…………
(〜赤山秋の山小屋ラジオ略して!やまラジ!こっちこっち!入っておいでよ 〜♪)
今週も楽しかったね〜!来週はゲスト来てくれるのかな?おぉ!ハナビシリョウさん!リョーさーん!!今度の朗読劇ご一緒できるんですよ!!もう稽古始まってて、その話なんかもできるかな?朗読劇は3月5日土曜日にやるのでぜひチェックしてください!チケット完売しちゃったけど配信チケットあるのでよろしくお願いしまーす!ではっ!今週はこの辺で!来週も聴いてねー!バイバーイ!!
◇
水曜15時。
あ〜楽しかった!弘美は右耳から流れる赤山のラジオを堪能した。ただ、いつもとは違い少しだけ寂しかった。やっぱり読んではもらえないよね。これまでとは違い、今日は初投稿したメールが読まれるかドキドキしながら聞いていたのだ。
残念ではあったが、弘美はこのラジオが好きだった。
弘美は、読まれなくて当たり前と思い、だったらむしろ気楽にと、また赤山に聞いてほしいことができたらメールを送ろうと思った。
◇ ◇
月曜16時。
収録が終わった。
赤山はまだラジオブースに座っている。今日紹介しきれなかったメールに目を通す。
あ〜これも読みたかったな〜。
あ〜!これは、お疲れさまだったね…!
ん?へ〜俺のラジオで聞いた言葉を旦那さんに伝えてくれたんだ〜旦那さん元気になってよかった!
会社に行きたくない気持ち、わかるかも……昨日あったイベントのこと考えると、ちょっと俺…今も、立ち直れてない……
中学のときもあったな、こういうこと。
文化祭の舞台で失敗して、なんか学校行くの怖くなって……次の日休んで、また次の日も休んで。
最初の一日目は本当に腹が痛かったんだけど、二日目はもう、行きたくなくて行かなかった。授業受けてる間はあんなに長く感じた時間が休んでるとあっという間で、朝はそのまま寝るからいいんだけど、起きたら夕方になってたりして。
なんか動けなくて電気もつけず、そのまま薄暗い部屋にいると、みんなはちゃんと学校行ってんのにって罪悪感が襲ってくるんだよな。
中学サボって三日目、生活が昼夜逆転しちゃって、CDを聞いたついでに普段聞かないラジオを聞いた。
そしたらなんかすげー面白そうに笑ってる大人が話してて、なんだこれって衝撃受けて、次の日も聞いて、自然に笑えてて、元気出て。その次の日から学校行けた。
学校戻ってからもさ、調子戻るまでなんだかんだかかって。夜はラジオ聴いて。しばらくしてやっと戻れたって感じだったな…。
ロミさんよく頑張ってる。
旦那さんよく頑張ってる。
凹んだときはさ、なにもやる気が出なくなるけど、
生活を完全に止めるとあとが大変なんだよね。
中学生のときの自分はあのラジオに助けられて戻れた。
だからラジオは俺の憧れなんだ。
あの時助けてくれたこと、少しでも恩返しがしたくて。このラジオ聞いてくれてる人が、少しでも元気になってくれたらなって。
…そうだ、凹んでる。生活を完全に止めたくなる。だけど、みんなからもらうお便りに励まされながら、俺は今日も歩ける。俺にとっても山小屋みたいなラジオなんだ、ここは。ちょっと休憩しながら、なるべくいつも通りの生活を。ゆっくりとしか歩けないけど。少しずつだよ、本当。
「初投稿」
赤山は文字を手でなぞりながら思わず口に出した。
…だったんだ。ロミさんまた送ってきてくれるかな。
ガチャ
ドアが開く。
先にラジオブースを出てたハセベさんが呼びにきてくれた。
やべっ!
すみませーん!メール読み込んじゃってて…
赤山は帰り支度を済ませ、ラジオ局をあとにし、次の現場へと向かった。
凹んだままの心を連れながら、赤山はいつも通りの生活を歩む。足取りは少しだけ軽くなっていた。
セリフ16:「初投稿」
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ラジオネーム聞くの好きです。
センスがバチっと光り輝いている方いらっしゃいますよね。かっこいい…!
いつもありがとうございます。
次回も読んでいただけると嬉しいです!