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吹替家族  作者: ハルユキ
15/32

セリフ15:「家族のためにいつもがんばってくれてありがとう」

引き続きお読みいただき、誠にありがとうございます。


主人公・早瀬弘美はある日夫の声が大好きな声優赤山秋の声で再生できることに気づく。さらに最近では、好きなときに、好きな声が、好きなシチュエーションで聴こえ、BGMまで流せたりと、色んなことができるようになっていることに気づいた。


その能力を使って、疲れた日常をときに荒ぶりときに癒されながら乗り越えていく物語ーー


…なにやら智成の様子が…?


それでは、つづきをどうぞ!

 月曜日、息子たちはまだ朝食を食べているところだ。廊下は薄暗い。弘美(ひろみ)智成(ともなり)は息子たちからは見えない位置に並んで立っていた。智成の口からため息のあとに言葉がつづく。




 朝起きてきた夫はいつも以上に不機嫌だった。眉間に皺がより、息子たちからの朝のあいさつにも、少し手を持ち上げる仕草だけで応え、足にしがみつこうとする健人(けんと)のことは、手で退()けていた。


 廊下で夫が会社の鞄を掴んだときそのピリッとした空気が見えたようで、怖くて背を向けた。


 息子たちに朝食を出す。


 夫には話しかけない方がいいかなとも思ったが、一応声をかけた。


 夫が何か喋ったような気がしたが聞こえなかったので近づく。


 薄暗い廊下には智成と弘美の二人が立っていた。

 智成はため息をつき言葉を吐き出す


 ふーーー。あー会社行きたくねー。


 ……


 沈黙が流れる。


 返す言葉を探していた弘美は、お仕事大変なの?と聞いた。


 んー。


 と智成から重たくどろりとした返事がくる。


 ……


 沈黙の中で弘美は考えた。

 いつも赤山さんは疲れてる人になんて声をかけているっけ?どう励ましてる?会社で頑張る人にどんなセリフを贈ってる?どう癒してる?……



 弘美は智成に近づき正面からぎゅっと抱きしめた。

 そして赤山が出す中でもとびきり優しく、包み込むような声で伝える。


 「家族のためにいつもがんばってくれてありがとう」


 智成はそのまま動かない。


 弘美は脳をフル回転して赤山のラジオ、CD、映像作品、歌詞……今まで自分が聴いてきた声を思い浮かべる。ありがとうとおつかれさまは弘美の中にたくさんのストックがあった。人を労る言葉と、それを伝える声色を数え切れないほど赤山に教えてもらった。


 弘美は智成を包む手をグーからパーにして背中に温かさが広がるように願う。


「智成ががんばってくれてること、本当に感謝してるよ。


 いつもありがとう。


 お仕事最近遅くまでかかるもんね。大変だって言ってたもんね。お疲れ様です。


 優太(ゆうた)健人(けんと)もいつもお仕事がんばってるパパかっこいいって言ってたよ。


 パパは家族のヒーローだよ。


 守ってくれてありがとう。


 好きだよ。


 大好き!


 今日は帰ってきたらゆっくり休んでね。」


 赤山さんを知ったころ、きっと私の中のありがとうとおつかれさまは枯れていた。そこに赤山さんが様々な作品や機会を通して温かい気持ちを(そそ)いでくれた。私を癒し、励まし、元気づけてくれた。それまでの私は、人に優しくする言葉をこんなに知らなかった。赤山さんに教えてもらった気持ちを、夫に渡せることが嬉しい。



 抱きしめていた智成から力が抜けた。くたっとして弘美の肩に頭を置く。弘美は驚く。こんなに弱さをさらけ出し、安心して身を委ねる智成を見るのは初めてだったからだ。


 本当にさ…大変なんだよ…


 智成がポツリポツリと本音をこぼす。


 後輩くんがさ…育ったと思ったら異動して、また違う新人くんの教育係で…


 自分の仕事進まなくて……


 うん。


 うん。


 相槌だって、間の取り方だって、赤山さんを真似してみる。真似だっていいんだ。素の自分は夫にこんなに優しくできないかもしれない。早く行きなよなんて言ってしまうかもしれない。

 私の吹替を赤山さんがしてくれているようだった。赤山さんの力を借りて伝える言葉、そこに込めた気持ちは本当だよ。智成が少しでも元気になればと願うよ。


 大事な人を大切にしたい。


 そのために今できることは、きっとこれだ。

 赤山さんがしてくれたように、私も夫の心に温かいものを注げたら。


 うん。


 本当にお疲れだろうし、今日休む?



 ……ううん。今日は行かなきゃいけない日だから。


 ……行きたくないけど行くよ。


 うん!今日一日が無事に終わるように応援してる。

 夜ご飯はハンバーグねっ!


 はーい。


 と、少し明るさを含んだ声が返ってきた。


 じゃあ用意するから、と夫は私の手からゆっくりと離れ、洗面化粧台へと向かった。


 今日の夜、好物のハンバーグを食べて夫の心は少しでも癒えるだろうか。久しぶりに夫に触れた温もりを手のひらに感じた。


 夫の背中を温めようとした手が自分にも温もりを与えてくれる。


弘美は、温かさを包み込むように手を軽く握った。目を閉じ心の中で赤山に感謝を伝える。


 赤山さん!おかげさまで、夫会社行く元気出ましたよ!ありがとうございます!!


 おつかれさま、と赤山の声が聴こえた。嬉しいことがあった我が子を見守るような穏やかな声だった。




セリフ15:「家族のためにいつもがんばってくれてありがとう」


お読みいただきありがとうございます!


続きが気になると思ってくださった方はブックマークや広告下の評価ボタン【⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎】を押してくださるとありがたいです!さらに感想を書いてくださると作者がとっても喜びます!力を分けてあげてもいいよという方ぜひ一言お願いします!


日々お疲れさまです!

お体大切になさってください。


いつもありがとうございます。

次回も読んでいただけると嬉しいです!

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― 新着の感想 ―
[良い点] ま、まあ……うん。 お仕事大変だったのはわかったよ、智成くん……。 けどなあ!(ちゃぶ台をべしっ) だからって弘美ちゃんに辛く当たっていいってことにはならんでしょーがっ! どんだけいい奥…
[良い点] 一度目は出勤の途中で流し読みで読んで、仕事頑張ろうという気持ちになりました。 二度目は今、職場でご飯の温めを待ちながら読んで、 > 赤山さんに教えてもらった気持ちを、夫に渡せることが嬉し…
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