セリフ12:「好きです」
引き続きお読みいただき、誠にありがとうございます。
主人公・早瀬弘美はある日夫の声が大好きな声優赤山秋の声で再生できることに気づく。さらに最近では、好きなときに、好きな声が、好きなシチュエーションで聴こえ、BGMまで流せたりと、色んなことができるようになっていることに気づいた。
その能力を使って、疲れた日常をときに荒ぶりときに癒されながら乗り越えていく物語ーー
今回弘美は何か悩んでいて…?
それでは、つづきをどうぞ!
弘美は書店の中にある文具売り場にいた。便箋が何種類も置かれている棚の前で顎に手をかけ悩んでいる。声優赤山秋にファンレターを出すための便箋を探し求めていた。
うーん、これかなー?
弘美は、淡い青色をしていて清らかな印象の便箋を手に取る。白銀のエンボス加工で五線譜と音符が印刷されている。
弘美は配信で赤山のライブを観た感想を伝えようとドギマギしている。
弘美はこれまで一度もファンレターというものを書いたことがなかった。ここまで自分に影響を与えてくれる存在は今までいなかった。体の中から湧き出る感謝をどうしていいか分からなくなった。
そんなとき、赤山のブログでファンレターありがとう!という投稿があった。
温泉に沸き立つ湯気で視界が見えなくなっていたところへ爽やかな風が吹いた気がした。こうして弘美は赤山にファンレターを書くことを決めた。
初めてのことだから作法も分からない…
弘美は検索したWEBサイトを頼りに、まずは便箋を選びにきていた。
直近にあったイベントは配信ライブだ。
音楽ライブだったから、音符柄どうかな…
弘美は悩みに悩んで、手に取った便箋を購入した。
今日は雨が降っていた。フロントガラスにかかる水滴をワイパーが弾く。洗濯は休んだ。その時間でファンレターを書こうと思いついた。
しかし、家に着いて、こうしてテーブルに向かっていざ書き出そう思っても、なかなか文章が出てこない。気持ちはこんなにも溢れているのに、下書きの紙の上には、赤山秋様という文字しか生み出されていなかった。
配信ライブを観返そう!
弘美は心にささった場面を言語化するために、アーカイブをじっくりと観ては、好きな場面で止めてメモをする。
そうしているとあっという間に息子たちを迎える時間になっていた。まだ2曲目に差し掛かったところだった。
は〜〜。ファンレター書くのって緊張するな〜。
赤山さんにとってみたら何千何万と届く手紙の中の一つなのだろう。しかも私が届けるのはあの赤山さんだ。誤字脱字があったっていい。とブログには書いてくれていた。私が見たWEBサイトにはご法度だって書いてあった自分語りだって、近況報告してくれるのも嬉しいよって前にラジオでおっしゃっていた。
こんな優しい赤山さんに送る手紙に何をビクビクしているんだ…!
好きだからこそ、この気持ちを全部伝えたい。好きだからこそ、熱すぎて怖がられたくない。好きだからこそ、少しでも喜んでほしい。
ファンレターって難しいーー。
息子たちが寝て今日が終わる。いつもならここからイヤホンで赤山さんの作品を聴いたりするが、今日は違った。
布団からのそっと立ち上がって、スマホゲームをすでにやめ、静かに目を閉じている夫の横をそっと通る。電気を消していたリビングに一人戻り、ガスファンヒーターと小さめの電気をつけた。配信ライブのアーカイブを観られる期間は明日までなので、ファンレターは今日中に書き上げたかった。
何度観ても楽しいし元気が出るな。
両耳に挿したイヤホンから流れてくる赤山の歌声は弘美を自然と笑顔にさせる。
下書きにメモを取る。書いていると、赤山さんを知った経緯だとか、赤山のラジオ、演技、今回の配信ライブ以外のことも全部詰め込んで書きたくなる。
う〜まとまんない……。
ついには赤山の出演しているアニメやイベントの映像作品をデッキにセットし、ヘッドホンをテレビに繋ぎ明け方まで観ていた。
そうそうこのシーン!赤山さんの演技が光ってる!!
今週のラジオの急に鼻歌入れてくるところとかすっごくかわいかった!
配信ライブのセトリは選曲から赤山さんの今届けたい心境を受け取った気がする。失敗しても包み込んでくれるような、毎日を応援してくれているような優しい曲が並んでいた。特に最後の3曲は私の好きな並びで神がかってた!!
昼間は書きたいことが頭の中でまとまらず文字にできなかったが、夜中は書きたいことがとめどなく溢れ、膨大な文字になってしまい困る。
弘美はうーんうーんと口を閉じ顔を傾けながらあーでもないこーでもないと文章を整える。
ファンレターは一回しか送っちゃダメってことないんだし、ここから配信ライブの感想を多めに抜粋して、残りは少しだけ書いて、また今度送るときに伝えよう。
午前5時ようやく文章がまとまってきた。色々書いたが、結局伝えたいことは、赤山から受け取ったパフォーマンスへの感想と日々の感謝とこれからも応援しているという気持ちだ。
えと、赤山さんの声が
「好きです」っと。
声優さんだからこの言葉は何度も言われているだろう。でも、届けたかった。自分の素直な気持ちだ。
やっと下書きで文章がまとまり、あとは清書の段階に入る。何回も何回も文字を間違え、その度に便箋を新しく変える。自分はたくさんミスをするだろうと最初から何枚も買っておいてよかった…!過去の自分に感謝しながらなんとか書き上げた。赤山さんの作品を聴いていて夜中まで起きていることは多々あるが、徹夜は大学生のとき以来ではないか。と弘美は思う。
清書できたファンレターを鞄にしまう。明日郵便局へ出しに行こう。あ、今日か。と、じんとする目を感じながらぼんやり思う。と同時に少しだけ記憶が飛んだ。
何やってんの?智成が不機嫌そうに、そして怪訝そうに弘美に対して言葉をかける。
久しぶりに夫の目を見た気がする。
弘美はファンレターが完成した安堵感でほんの10分ほど眠ってしまっていた。その間に智成は起きたのである。いつもと違う様子の弘美。テーブルに腕を置きそこに被さるように寝ていた。腕の隙間から書いては消したような走り書きのようなものが見える。
「好きです」
…!!
……夜中にこそっと俺の横を通ったのは気づいていた。あのとき俺はまだ目を閉じていただけで眠ってはいなかったから。でもすぐ眠たくなって特に気にも留めなかった。
弘美は昔から手紙を書くのが好きだった、ような気がする。付き合っているときは「好きです」などと書かれたメッセージカードを記念日の際などにもらっていた。それがいつからだったろう。なくなったのは。俺の手元にも弘美の書いた手紙は残っていない。あの手紙たちはどこへやっただろうか。
「好きです」しか見えないことに腹が立つ。肩を揺する。何やってんの?と声をかけて弘美を起こす。
弘美と久しぶりに目があった気がした。怯えたような目をしている。
あ、えーと。手紙書いてて。
ふーん。と言いながら横目で内容を見る。
赤山さん?声が好き?演技が好き?歌が好き?
へー。
どうやら浮気とかではないらしい。ファンレターとかそういう類か?えー、こいつファンレターとか書いちゃってんの?気持ちわりーな。
はははっ、と言いながら弘美はその紙を鞄の中に入れた。俺に見られたくないってことだ。今ほっと安心したような顔をしてるってことは俺に見られたと思ってないってことだ。はー。相変わらず詰めが甘いな。
弘美は危なかったーと思っていた。
この紙を見られたら何を言われるかわからない!!気づかれる前に気づいてよかったー!!
弘美はパタパタと洗面化粧台にかけていき顔を洗った。蛇口から出る水は痛いくらい冷たかった。
セリフ12:「好きです」
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