セリフ11:「……」
引き続きお読みいただき、誠にありがとうございます。
主人公・早瀬弘美はある日夫の声が大好きな声優赤山秋の声で再生できることに気づく。弘美は、聞いた言葉を、好きな声、好きなシチュエーション、で再生できる能力を身につけたのだ!
その能力を使って、疲れた日常をときに荒ぶりときに癒されながら乗り越えていく物語ーー
今回弘美が使う能力は…?
それでは、つづきをどうぞ!
水曜15時。
弘美にとって至福の時間だ。息子二人が大学芋を食べているうちに洗濯物を畳む。
こんにちは〜!さぁ!始まりました!声優の赤山秋です!今週も、いつものコーナーからスタートです!癒しのありがとう&おつかれさま〜!イェーイ!(〜♪)このコーナーは私赤山秋がリスナーのみなさんからのお便りに……
右耳に挿したイヤホンから聴こえてくる声は弘美の心を潤す。
弘美は赤山の存在を知ってから、毎週水曜この時間は何も予定を入れないことにした。
毎週聴いていると、赤山の色んな声が聴ける。ときにイケボ。ときにショタボ。ハイテンションな声のときもあれば、かわいらしいうさぎのような声、しっとりとしたお姉様のような声、快活なおじいちゃんの声。リスナーの相談に乗っているときの、ぐっと真剣さが伝わってくる声。さらには、リスナーからのふつおたに、わかるーっっ!!と言いながら大声で笑う声。というか笑いすぎて声を超えて息になっている。
……っはー!笑った〜!お便りたくさんあって紹介しきれなかった〜ごめんね〜!たくさん届いてるんだよ!みんな送ってくれてありがとう〜!またお便り紹介回とかやりたいなー!!ではっ!今週はこの辺で!来週も聴いてくださいねー!バイバーイ!!
楽しい時間は堪能しているだけであっという間に終わってしまう。至福の30分であった。
赤山さん今日もありがとうございました!!
弘美は心の中で赤山に感謝した。
30分間仲良く大学芋を食べていてくれた息子たちに近づき、自身も食べようとキッチンから持ってくる。4本持ってきたが、ほしいほしいーという声に応え1本ずつ渡す。息子たちの真ん中に座り、2本になった大学芋を食べながら思う。この甘さは大学芋だけの甘さだろうか。赤山さんのラジオを無事聴けて、息子二人は元気に隣にいて、美味しそうに一緒のものを食べている。弘美はこの時間をよく噛み締めて味わった。
20時。
夜ご飯を食べ終えお風呂の準備をしていると、夫が帰ってきた。
鞄をドンと玄関に置く音が聞こえた。
おかえりなさい!おつかれさまでした!と弘美は玄関に行き声をかける。ん。という返事が投げられ、智成はそのまま手を洗いに消えた。
ふーー。夫が帰ってくると緊張する。
弘美はピリついた空気の中キッチンに向かう。
今日の夕飯はパスタだ。このパスタはサユリの結婚式に出席した際いただいた、引き出物の中に入っていた。ピンク、黄色、緑、紫、白、色とりどりで可愛らしいハートのパスタを茹でる。
夫はその間にスーツの上着を脱ぎ、コップ。と言った。弘美は智成のコップをテーブルに持っていきお茶を注ぐ。
キッチンに戻った弘美は茹で上がったパスタをトマトソースと絡め、ハートパスタ、トマトソースの順に皿に盛り付ける。その上に粉チーズを少量かける。バジルの葉もあればな〜と思うが予算の関係でない。代わりに粉末のバジルとピンク色のハートパスタを上に飾る。
トマトソースとバジルの香りの中、弘美がお皿を持ってテーブルまで歩き、智成の前に置く間際、一言添える。
はいどうぞ!これサユリちゃんの結婚式でもらったハート型のパスタなんだ〜
智成は右手でフォークを持ちながら手を合わせたような合わせなかったような仕草をして、一口食べた後、フォークを皿に置き、テレビのリモコンを取り電源を入れた。もう一度フォークを取り、食べにくいなと呟きながら夕飯を口に運んでいた。
弘美は使った鍋を洗いながらサユリの結婚式の日のことを思い出していた。赤山さんの声で名前が聴けたあの日のことだ。
そもそも自分の能力は今どうなっているのか?弘美は考える。
最初は夫の声が赤山さんの声で聴こえた。
好きなシュチュエーションで再生できた。
息子たちの声は赤山さんとモリーくんの声で再生できる。
BGMを流すこともできる。
名前を呼んでもらうこともできる。
できることが増えた。今ならもしかしてできるかもしれない……
弘美はある仮説を試してみることにした。
弘美はスープをよそい、パスタを食べている智成の前に持っていく。はいっどうぞ、と言いながらテーブルに置く。
「……」
だよね、と弘美は思う。でも今日の実験はここからだ。
「…ありがとう!」
……!!聴こえた!!
赤山さんの声だ!!
毎週聴いている赤山さんのラジオの常設コーナー『癒しのありがとう&おつかれさま』だ!!
『癒しのありがとう&おつかれさま』このコーナーはリスナーの方から寄せられたお便りに書かれたエピソードを紹介し、さらにそのリスナーさんのリクエストに応じた声色で「ありがとう」「おつかれさま」を言う、というコーナーである。
弘美はついに智成の無言から赤山さんの声を生み出すことに成功した。赤山のありがとうとおつかれさまは何回も何パターンも聴いた。ラジオでもCDでも映像作品でも赤山はよくありがとうとおつかれさまを言ってくれていた。そのおかげで、この二言は弘美の中にたくさんのストックができていた。
もう一度試す。
おやつに食べた大学芋、置いておくね、と弘美は智成に声をかける。
「……」
「ありがとう〜っ!」
わーーー!ショタボだ〜〜!!え?そういう感じ??色んな声が聴こえちゃうの!?最高っ!!
なに?という渋い顔をする智成。しまった!と思う弘美。きっと自然にニヤついていたに違いない。
お風呂入ってくるね〜と息子たちを誘いお風呂に逃げる。息子たちの体を洗い三人でバシャバシャと湯につかる。まず優太をお風呂から出そうと呼び出しボタンを押すも智成は来なかった。今日は仕事疲れたのかなと思い、自分が出て息子たちの体を拭いた。二人に下着を着させ、髪を乾かすのを嫌がってリビングに走り去る次男の健人をまだ自分は体にタオルを巻いた状態で追いかける。スマホゲームをしながらリビングに寝転んでいた智成に健人が乗ろうとすると、智成は、頭痛いんだよねと躱した。そうなんだ、お疲れさま。頭痛いの嫌だね。お風呂入って寝たら?と弘美は促す。ん。そうするわ。と智成はのそのそとした足取りで風呂場へ向かう。
弘美は、息子たちの髪を乾かし、自分の着替えを済ませ、嫌がる優太に薬を飲むよう説得し、飲ませ、三人で歯磨きをし、息子たちの仕上げ磨きをし、自分の髪を乾かした。そこで智成がリビングへ戻ってきた。ドライヤー。と言われ、ごめん使ってた、はい。と渡す。こっちで髪乾かすなよ。と言われ、弘美はもう一度謝った。
よし!寝る準備できた!
弘美は一言声を発した。
智成は先に布団に入りスマホゲームをしていた。
「……」
「おつかれさまっっ!!」
赤山の声が聴こえた。
あー癒される〜。自分の言ったことを無言で返されるのは結構辛い。そして寂しい。やる気のなくなるその瞬間を弘美は赤山の声で補うことができるようになった。しかも声色はそのときの気分によって自由自在だ。力一杯のおつかれさまをもらって布団に入る。
今日一日
「「おつかれさまでした!!」」
弘美は心の中で赤山の声とユニゾンした。
最強の力だ〜!!!弘美は嬉しさを噛み締めるように布団の中でつむった目をより強くぎゅーーっとつむる。パッと目を開けると血行が良くなったのか顔がじんわりあったかくなった。こうして弘美は、笑顔で一日を終えた。
セリフ11:「……」
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