セリフ10「弘美は毎日幸せそうだね」
引き続きお読みいただき、誠にありがとうございます。
主人公・早瀬弘美はある日夫の声が大好きな声優赤山秋の声で再生できることに気づく。弘美は、聞いた言葉を、好きな声、好きなシチュエーション、で再生できる能力を身につけたのだ!
その能力を使って、疲れた日常をときに荒ぶりときに癒されながら乗り越えていく物語ーー
前回弘美は袱紗に用がありました。
なので今回のお話は……?
それでは、つづきをどうぞ!
土曜日の朝、弘美は家族四人で電車に乗っていた。智成の妹サユリの結婚式に出席するためだ。
車窓から見える景色を楽しむ息子たちを眺めながら弘美は今朝を思い返す。
弘美は朝から結婚式へ出席するための準備をしていた。祝儀袋を袱紗に包み忘れ物はないか確認する。持ち物の準備ができたところで身支度に取り掛かる。
着慣れないネイビードレスをハンガーから外しながら、弘美はサユリと自分たちの結婚式のことを思い出していた。ブーケトスの場面だ。
友人か小さなお子さまに取ってもらいたかったブーケはサユリが取った。
ブーケを取られた方前の方へ!と司会の方に促され出てきたサユリのスカートの短さに前方の列席者がざわついた。
あのときの空気が未だ忘れられない。
正直いうと弘美はサユリのことが苦手だった。
ネイビードレスを身に纏い、ストッキングを履く。足を締め付ける感覚が自分の心とリンクする。
これから私が出かけるところはサユリちゃんの結婚式。そこにいるのは夫と息子たち、夫のご親戚、顔も知らないお相手とその関係者の皆様……
いやいや、今日はおめでたい日!
自分たちの結婚式のことを思い出すたび、サユリがした小さな出来事がひっかかるのが嫌だった。小さなことを気にする自分はさらに心の小さいやつだと思うからだ。
今日はいっぱいお祝いする!
弘美はサユリのかわいいところを思い浮かべた。あの小さな出来事が、舞台で使われる紗幕のように舞台上にいる彼女の姿を隠している。
照明を工夫し、彼女の素敵なところにスポットを当てる。
まず外見がかわいいでしょ、子ども好きだし、お菓子作りも得意!ファッションが好きだし、好きなことを貫く強さもある。ときどき自信をなくして悩んだりしてたけど、そういうところも、きっと守ってあげたくなる感じでかわいいわ!
弘美は今日たくさんお祝いの気持ちを届けられるように気持ちを整える。真珠のイヤリング をつけたあと、元気を出すためにイヤホンをつけ赤山の歌を聴く。
あぁ、赤山さん…!
赤山の声を聴くと元気がもらえる。歌はそこにメロディーがつき歌詞が合わさる。耳から流れてくる音に弘美は勇気をもらう。
おめでたい日なのになんだか心が曇る。
自分が小さいやつだと思い知る。
人の幸せを願える人でありたいのに。
こんな日は平常運転が難しいのだ。沈みかける心を赤山の歌声が引っ張り上げてくれてようやく水面から顔が出る。立って歩く元気まで取り戻すのは難しそうだ。でも、せめてこのまま、波の上にぷかぷか浮いていられたなら。放っておけば勝手に沈んでいく心をなんとか水上で保っていられたなら。赤山の歌声から力を借りなんとか息をする。
洗面化粧台の前には智成がいた。
土曜日の朝早くから起きなければいけないのが怠かったのか不機嫌そうだ。
化粧をしようと思ったが弘美はその顔を見て避けた。鏡の前を使うタイミングが被ると余計に怒らせてしまいそうだったから、そこに用はなかったように振る舞った。
やることの順番を変更し、イヤホンを片方取り、息子たちの準備に取り掛かった。息子たちはじっとしているのが苦手だ。式の最中シーンとしている中で声を上げてしまわないか……披露宴の際、席に座らず歩き回るのではないか……弘美は今日起こるであろうことを想像し頭を抱える。今だって長男の優太は、このふくきたくない!と暴れている。
落ち込んだときは赤山さん…!
イヤホンから流れ続ける赤山の声とメロディーに合わせ鼻歌を歌う。
大変だという思いを、少しでも楽しく変えたかった。
そこに智成が現れ言った。
「弘美は毎日幸せそうだね」
弘美は鼻歌をやめた。智成の言葉から、お前はいいよね、俺はいつもこんなに大変なのにさ。というニュアンスを受け取ったからだ。
平常運転が難しいのだ。電車に乗りながら思う。自分が享受している当たり前は誰かの頑張りで成り立っているのだと思う。誰かの普通は、それがその人の精一杯の姿かもしれないと思う。
当たり前を当たり前に思うことも
普通を普通と思うことも
自分だってしてしまっているのだろう
弘美はぼんやりと考える。きっとお互い様だ。
電車が目的の駅に着く。結婚式場はこの駅から直結だ。案内看板が指し示す連絡通路を通り会場に着く。
煌びやかな世界に迷い込んだ感じが否めない。はしゃぐ息子たちを見失わないようにするのが大変だった。
ご親戚の方々に挨拶を済まし、キッズルームへと向かう。少しだけおもちゃが置いてあり、他に使っている人もいなかったので、弘美は今まで呼吸を我慢していたかのようにふーと大きな息を吐く。
しばらくすると挙式が行われるチャペルに案内された。そしてすぐに弘美の予想は当たった。しんとしたチャペルで優太と健人が声を発し始めたのである。弘美の判断は早かった。弘美は二人を連れチャペルから出た。
夫はサユリちゃんの式をゆっくり見たいだろうし、これが一番いい方法だ…!
チャペルの外で息子たちはやることもなく駄々をこねる。弘美は履いていたヒールを脱いで二人を順番におんぶして遊んだ。
そこにサユリが現れた。ウエディングプランナーさんらしき人が近くについている。
かわいい顔にプリンセスラインのウエディングドレスがよく似合っている。純白のドレスの上にウエディングベールが薄い幕をつくり神秘的な雰囲気を高めてくれる。ふと紗幕の中のサユリを想起した。幕でよく見えなかったサユリは今こんなにも美しく自分の前に現れている。
すっごく綺麗!ご結婚おめでとう!!
弘美は満面の笑みで心からの言葉を贈る。今日自分が伝えたかったこと全部をその言葉に込めた。サユリはありがとうと顔を傾け嬉しそうに笑った。
これからサユリちゃんを思い出すときはこのウエディングベールがなびく姿を思い浮かべよう。幸せそうに笑ってくれたこの笑顔を思い出そう。
そうすることで、嫌だった出来事ばかり思い出してしまう自分も許せる気がした。そのひとの嫌だったところよりも素敵なところを思い浮かべる方が好きだ。
サユリはチャペルに入っていった。弘美たちは参列者から見えないよう式場のスタッフに案内される方へ隠れた。
ふふふっ
弘美は笑った。なんだかかくれんぼみたいだと思った。嫌なことばかり思い出す日々、着飾っても意味のなくなる日々、頑張っててもそれが当たり前の日々。そんな日々の中でいいところや、楽しかったこと、きれいなことを探し出す。見つけ出せたときの私はきっと笑っている。
「弘美は毎日幸せそうだね」
赤山さんの声が聴こえた。
隠れているものを見つけ出して喜んでいる私を優しく見ていてくれるような、そんなあったかい声だった。
……!!
えぇ!!!?今!名前呼んでくださいました!!!??
弘美は興奮を抑えきれずニヤけ出し息子二人を抱きしめた。きゃはきゃは笑う息子たちの頭を撫で、一人ずつ持ち上げくるくる回す。チャペルの中では幸せな挙式が執り行われていることだろう。回ってふらつき、もう勘弁というようにベンチに腰掛け上を見上げる。今日晴れてよかったと、もっとーとせがむ息子たちに両手を引っ張られながら弘美は思った。
セリフ10:「弘美は毎日幸せそうだね」
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