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容赦なくたたきつけるように開けられたドアに、地味な言い合いをしていた志摩と今坂も動きを止めた。
「……えーっと…どこから情報?」
一応聞いてみた俺は刃物のような視線にぐっ、と唇を結んだ。
(やぁ怖い。)
いつものうねった髪がメデューサに見えるんだけど。
殺気を撒き散らしながら保健室に入ってきたのは最近俺の保護者みたいになっちゃってる哲平であって。
当然といえば当然だが、毎度毎度思うのは何故そんなに駆けつけるのが早いのかと言う事だった。
「志摩情報!!」
「え、志摩?」
名前を呼ばれた志摩が大きく体を跳ねさせた。
俺は志摩に視線をやる。
「や、ほ、ほら!言っておかないと…だ、駄目かなぁって思って…」
「あー……はは、ありがた迷惑だけど、まぁありがとね」
(どっちにしても怒られるのはわかってたしなぁ。)
どうせ同室者なんだ、帰ったらばれてしまう事。しかも風呂上りなんてほぼパン一か全裸になっている事だってある。痣なんてすぐにばれてしまうのだ。
「なんだ、誰かと思ったら君か。さっきぶりだね、えーっと…三山君だったかな」
(さっきぶり…?)
ちわ、と軽く挨拶をする哲平はつかつかと俺の傍まで歩いてくると皺を盛大に眉間に刻んだ。
しっかりと刻まれた眉間の縦皺に怒りのボルテージがびんびんなのがよくわかる。
――ひょこ、ひょこ…。
「…?」
「はぁ…んで、大丈夫なのか?」
「あ、ああ、うん。脳震盪みたいになっちゃったんじゃないかねぇ、」
赤井君がキャッチしてくれたから死なずにすんだ、と笑えば飛んできた拳。
でもその拳は当たる寸前で止まった。
優しいよね、哲平。
「頭は大丈夫でもお腹は辛いんじゃない?」
「腹?」
「あー…別に俺から飛んだわけじゃなくてね、まぁ…蹴り落とされた感じ?佐藤都留容赦ねーんだもんさぁ」
腹を擦りながらへら、と笑ってみせる。赤井が苦々しい顔をしていた。
「はは、軽く言うよねぇ。数日は消えないだろうから湿布ちゃんと貼るんだよ」
「あ、はい。俺このまま寝ててもいいですかね?」
「そのつもりだよ、安静ね。もしほかに異常を感じたらすぐ言ってね」
「うす…あ、赤井君も志摩も戻れないんだけ?どっかにふけちゃいなよ、俺寝とくからさ」
な?、と促せば二人は渋々と出て行こうとしたが哲平は中々動かなかった。
「哲平ー」
「……………」
「哲平!」
「あ、え、あ。何だよ」
「反応遅っ!まあまた部屋戻ってから話するわ、あと…足、どうかした?」
ぼー、としている哲平に声をかけたが反応が薄い。
それに、俺に近づいてきている時に少し引き摺っているように見えた右足。
はてな、どうしたのだろうかと気になった俺は首をかしげた。
俺の問いに哲平は少し間を置いて首をふった。
「すっとんできたときにぐねったんだよ。お前のせいな」
「え、あーごめんね?」
「誠意が見えんわ、じゃあな。寝とけよ、襲われそうになったら逃げろよ」
「ふは、大丈夫だし」
今度はゆっくりとドアを閉めた哲平。
俺はそれに少し笑って、力を抜いてベッドに沈んだ。
「今坂先生ー、哲平にさっきぶりって言ってましたけど…なんすか?」
カーテン越しの影に俺は聞いた。
聞こえてきたのは含みのある笑いで、少しそれが耳障りに感じた。
「ん?ああ、昼前に保健室にきてね」
「へー…」
(…なんで…?)
胸の中のしこりのようなものが少し成長してしまったようで、俺は小さく咳払いをして取り出そうとした。
もちろん取れるわけがないけど。
(なんで…言ってくんないんだっての…。)
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先に空き教室に入った俺と赤井は後から入ってきた三山との微妙な空気に顔を顰めるしかできなかった。
三山を取り巻く空気が明らかな怒気で覆われているからだ。
「み、三山…ごめん、、俺が…」
「別に謝る事ねーし。あの馬鹿が勝手にやったんだろ?ああ、あとそこの馬鹿もな」
「誰が馬鹿だゴラッ」
不穏な空気に三山は赤井に軽く噛み付く。じろりといつもつり眼がちな眼が鋭く赤井を睨み付けるのを俺は冷や冷やしながら見ていた。
(三山もよく赤井に喧嘩を売れるなぁ…。)
地味に痛む胃付近を押さえながら俺は視線を落とす。
猫田がなぜ俺の所へきたのかわからない。だけどあんな形で猫田が怪我をしたのは俺のせいだ。
あ、と言う間に二人は距離をつめて睨みあいをはじめだした。
どうやら三山と赤井は以前から知り合いのようだ。
「お前が小豆に話ふっかけたんだろが」
「あ゛?てめぇのケツてめぇで拭かせただけだろが」
「お前のいうケツって誰のだよ、勝手に責任押し付けてんじゃねーぞ節穴野郎」
「テメェ…上等だ、喧嘩売ってんだろ」
(…っていやいやいやいや!!!なんか空気危なくないか!?)
ハッ、といまさら遅すぎるような気もするが。
俺は慌てて二人の間に割り込んで止めようとした。
「す、ストップストップ!!」
「あいつが何してんのか俺はしらねぇけどなぁ、連れまわすんなら責任持てよ、三階から落ちた?ふざけんな」
「っ……それは佐藤さ」
「佐藤?しらねーよ。傍にいて、そいつがいんのわかってて行かせたんだろお前は」
くしゃりと顔をゆがめた赤井に、珍しく感情あらわに怒っている三山。
おろおろとしか出来ない俺は頭を抱えた。
(どうしろっていうんだよ俺は三山の取り扱い方はしらないんだけど!!)
「み、三山!!あ、赤井だって必死に助けたんだ」
少し上にある三山の顔、きつい目で見下ろされると俺は縮みあがる。
でも俺は知っている。三山は猫田に甘いんだ。
三山は一瞬俺と目を合わせると少し、困ったような顔をした。
「…はぁ…悪い。八つ当たり、ごめん」
「別に…テメェの言ってるこたぁ間違ってねぇよ…悪かったな」
素直に謝られてバツが悪そうに、赤井は顔をそらしてぶっきらぼうに言った。
だけど久しぶりに見た高校生らしい喧嘩と仲直りの仕方でなんだか俺は嬉しくなった。
変だとは思うし不謹慎ではある。
だけど猫田の周りの奴等は本当に普通の奴等で、普通の俺にはそれが心地いいんだ。
「は、はは…はぁ…焦るよ。三山も赤いも顔怖いんだからさ…」
「明らか俺のがましだろ、こっちの方が顔は怖い」
「つかこの野郎と一緒にされんのは嫌」
「………仲悪いんだな、そんなに言い合いばっかりしてると猫田にいいつけるからな」
「「別に」」
ふん、と鼻をならして背を向け合う二人。
俺は数度瞬きを繰り返した後、湧き上がる笑いに身をまかせた。
「ふっ、く、はははは!!!!」
「小豆は頓着しないから、言っても一言二言で済まされるっての」
「あいつよくわかんねぇから変」
俺は益々可笑しくって、笑い転げる勢いで腹を抱えた。
だってさ、二人とも。
猫田をまるで未確認物体Xみたいな、わけのわからない生き物みたいな言い方するんだ。
猫田があんまりだけど、だけど俺はそれが可笑しかった。




